唐松岳、不帰嶮、白馬岳、雪倉岳、朝日岳(八方尾根→蓮華温泉)、忘れ得ぬ最悪の自損事故【北アルプス、富山、長野、新潟】


- GPS
- 52:33
- 距離
- 43.6km
- 登り
- 3,840m
- 下り
- 4,223m
コースタイム
○第1日(7月14日)
八方ゴンドラ 7:40 =<ゴンドラ、リフト>= 八方池山荘 8:19/23 − 第2ケルン 8:44 − 八方ケルン 8:48
− 第3ケルン 8:55 − 扇雪渓 9:29 − 丸山ケルン 9:53 − 唐松小屋 10:29/昼食/11:24 − 唐松岳 11:37/43
− 三峰? 12:06 − 二峰南峰 12:18/22 − 鞍部 12:33 − 不帰嶮 12:51/55 − 休憩 13:05/16 − 鞍部 13:26
− 一峰 13:46/49 − 不帰キレット 14:12/29 − 天狗の頭 15:49 − 「あと300m」 16:04 − 天狗山荘 16:09(泊)
○第2日(7月15日)
天狗山荘 朝食1/5:16 − 鑓温泉分岐 5:37 − 白馬鑓ヶ岳 5:55/58 − 杓子岳分岐 6:37 − 杓子岳 6:52/55
− 杓子岳分岐 7:03 − 大雪渓分岐 7:44 − 清水岳分岐 7:49 − 白馬山荘 7:56/朝食2/8:48 − 白馬岳 9:03/06
− 三国境 9:33 − 鉱山道分岐 9:58 − 鉢ヶ岳東面の最初の大雪渓 10:12 − 雪倉岳避難小屋 11:02/昼/41
− 雪倉岳 12:18/21 − ガレの上 12:57/13:08 − 渡渉 13:16 − 赤男山取り付き 13:35 − ツバメ岩 13:46
− ミズバショウの湿地 13:57 − 小桜ヶ原 14:03 − 水平道分岐 14:22 − 朝日岳 15:36/45 − 朝日小屋 16:17(泊)
○第3日(7月16日)
朝日小屋 朝食1/3:49 − 水谷コル 3:54 − 朝日岳 4:36/57 − 吹上分岐 4:57 − 吹上コル 5:17/22
− 雪渓滑落 6:00/14 − 花園三角点 7:06 − 白高地沢橋 8:07/20 − ひょうたん池 8:27 − 瀬戸川橋 9:10
− 散策道との合流 9:51 − アヤメ平 10:04/10 − 散策道分岐 10:32 − キャンプ場 10:37
− 蓮華温泉 10:48/温泉・昼食/12:48 − バス停 12:52
●行動時間
○第1日 7:46
○第2日 11:01
○第3日 7:03(温泉休憩除く)
天候 | 14日 朝:曇、昼:小雨、夕方:晴れ、ただし終日ずっと強い風 15日 朝:雨、強風、昼:大雨、強風、午後:晴れ、風あり 16日 快晴 |
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過去天気図(気象庁) | 2012年07月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車 バス
ケーブルカー(ロープウェイ/リフト)
(自宅=新大阪=八方) − 唐松、不帰嶮、白馬鑓、杓子、白馬、雪倉、朝日 − (蓮華温泉=平岩=富山=実家=自宅) ●アクセス ○八方尾根BT(行き) ・今回は、アルピコ ツアーバス便「さわやか信州号」を利用。新大阪22:10発、八方尾根6:40着 ・今日のバスは利用状況に合わせ白馬方面だけで5台。そのため受付に時間を要し出発は37分遅れ。到着も同じ。おかげで慌てた ・バス以外にも、自家用車でもアクセス可能。駐車場あり ○八方池山荘 ・ゴンドラとリフトを乗り継いで到着する。徒歩でも来ることは可能だが、殆ど林道とゲレンデ歩き ○蓮華温泉 ・JR大糸線平岩駅からの糸魚川バスの便を利用するか、自動車で入るか。数十台規模の駐車スペースあり ・ここの山小屋は、自動車で到達可能な地点にありながらも山小屋の雰囲気を持っている ・加えて天然の温泉があるのがよい ○参考:小滝、中俣 ・本来はこちらへ下降予定であった ・JR大糸線の小滝駅から林道を行くと、途中にある電化の発電所までしか車は入らない。それより一時間以上歩くと中俣の登山口がある |
コース状況/ 危険箇所等 |
●コース状況 ○八方〜唐松岳 ・前半はハイキングコースでもあるため、ケルンなど目標物がしっかりしている ・それ以降も、指示物は少ないものの、よく踏まれたコースであるので道筋は明瞭 ・雪渓は残るものの、登れないレベルではない ・濃霧下では、山荘からの向きに自信を持てなかった ○唐松岳〜不帰嶮〜天狗山荘 ・不帰嶮は、今回がいわゆる逆行。長い鎖場が多いので、混雑時には渋滞するかもしれない ・(今回の順路で言うと)「二峰南峰」から「二峰と一峰の鞍部」までの間には、素人目には垂直に感じられるほどの岩場を長い鎖で乗り越える場所が2箇所、そのほかにも数箇所の鎖場 ・今回のような逆行では、長い鎖場はいずれも下降となる ・今回は強風かつ雨の中であったため、足場確保にはひじょうに神経を使った ○天狗山荘〜白馬岳 ・今回の縦走路では、人通りの多い部分。しかし、分岐標示は少ないと感じた(ひょっとするとあったのかもしれないが、ガスと雨でよくわからなかった。それでわからないくらいでは、わかりやすい指示物があったとは言えないであろう、という意味で) ・鑓温泉への分岐や杓子岳への分岐には、指示物なし。村営頂上山荘は大雪渓コースとの分岐付近にあったのであろうが、気づくことはできなかった ・とはいえ、行き交う人が多いのでコースを間違う心配はなかろう ○白馬岳〜雪倉岳〜朝日小屋 ・雪渓多し、アイゼン必須 ・三国境を過ぎると事実上の一本道 ・途中には“朝日岳←→白馬岳”と書かれた富山県設置の標示がぽつんぽつんと見られるが、それ以外の標示はない。雪倉岳山頂には立派な山名標示あり ・鉢ヶ岳東面には、大きな雪渓が残っていた。今回時点では、その周辺だけで3箇所5回の雪渓越え。しかも距離が長かった ・雪倉岳避難小屋は小さな小屋。ちょうどタイミングの合った6名で手一杯の印象だった ・赤男山西面は、ミズバショウも咲く湿原があるなど、隠れた花園 ○朝日小屋〜蓮華温泉 ・途中は意想外に雪渓が多かった。しかも登降を伴う急斜面の雪渓もあり。アイゼンを忘れた身にとっては、つらいコースであった。当然、アイゼン必携!さもなくば当方のように滑落することもあるかも知れない ・蓮華温泉近傍の二度の沢筋越えのために、標高差300mの登降がある。最後がこれだけの標高差のある“登り”で終わる“下降路”もなかろう ・木道等の整備はなされている方だが、カモシカ道や、瀬戸川から蓮華温泉の間の登りなどは、殆どが地肌の急坂 ・今年は、越道峠の林道が土砂崩れにより塞がっているため、朝日小屋から人里への最短ルート ●買う、食べる ・今回は新大阪駅にあるコンビニを利用 ・八方は街の入り口にコンビニがあるがゴンドラに行く場合には遠回りとなる ●日帰り温泉 ・蓮華温泉は、山中の温泉宿としては立派な設備。天然の硫黄泉 ・今回は入り口側であった八方も温泉であるし、この一帯は天然温泉には事欠かない |
写真
感想
白馬岳には申し訳ないが、主目的は朝日岳。次が不帰嶮。天気予報では初日に“一時雨”とある三連休に、両狙いの縦走を計画。
大阪エリアからのさわやか信州号は、大盛況。偶然のキャンセルで隣席も空き、好条件のスタート。
しかし、出発が37分遅延した辺りから様子が怪しくなり…
●八方〜唐松岳頂上山荘
リフト乗車中から雨。雨具は出したくないが、リュック用だけは早々にセット。
リフトからはニッコウキスゲやクガイソウが咲いているのがよく見えた。今日のようなガスの日は、景色を楽しめないので花をしっかり見たいものだ。
第三ケルンを過ぎ、いよいよ登山者の領域へ。さして厳しくはないものの、雪渓も混じる斜面を登っていく。やがて、ガスの中に唐松岳頂上山荘
●唐松岳頂上山荘〜唐松岳〜不帰嶮〜天狗山荘
ガスの中を唐松岳へ。唐松岳頂上山荘の前へ出て右手へと続く尾根道を進む。緩斜面を登るうちに山頂。山頂で遭遇した方にシャッターを押してもらいつつ足取りを伺うと、不帰嶮を越えてきたとのこと。誰とも遭遇しなかったし、風が強くて怖かったとのこと。
いつにも増して緊張感を高めて踏み込む。
岩斜面を下降し、三峰と思われる辺りから雨。引き返そうかとも思うが、天気予報の“一時雨”を心の拠り所に進む。標示のある二峰南峰を過ぎ、二峰北峰かと思われる尖峰からの下降で長い鎖場。普段は可能な限り鎖を頼らず、自分で足場確保をしながら昇降するのだが、ここはそもそも無理。加えての強風と雨。先のパトロールの方の言葉が頭をよぎる。手元が滑っても、足下を誤ってもおしまいだというのは本当だと感じた。
岩峰と岩峰の分かれ目と思われる鞍部を渡り、しばらく進むと「不帰嶮」の標示。目の前にはオーバーハング気味の絶壁。不帰嶮とは、もとは点の地名と言うことか。
絶壁の直下をトラバースしながら進むと、西からの風雨を凌ぐによい岩陰。ここで小休止。
時間を見る。唐松だけからは、およそ1時間15分経過。まだ半分くらいなのかと思うと、やれやれである。
岩陰を出ると、再び風雨にさらされる。今度は風音も増しているように感じられる。そして再び絶壁。しかも今度は自分より下。どうやって下へ行くのかと思えば、ややトラバースして、絶壁も斜めに降りれば絶壁ではないとでも言わんばかりに、強引に鎖で下降。両手が鎖に行きかけるほど手がかりの少ない斜面を一気に下ると難路はほぼ終了。
これまでの峰とは面相が異なる一峰を穏やかに越え、不帰キレット(注、不詳だが地図に従い“不帰嶮〜天狗の大下り”の鞍部を指すものとして記載)に到着。
天気は今頃になって回復。
天狗の大下りを越え、ゆったりとした「天狗の頭」近辺をのんびりと進み、今日の宿天狗山荘へ。天候のためか、泊まりは少なく、4畳を一人で使える割り当てであった。
自慢の天狗鍋もよろしく、山荘の時間は気持ちよく過ぎていった。
●天狗山荘〜白馬鑓〜杓子〜白馬山荘
今回の縦走路では、もっとも行き交う人が多そうな区間。
朝は、ガスと暗さで、いきなり雪渓越えで始まるルートが心配だったが、たまたま“同行の志”が現れ、ご一緒させていただくことに。昨晩会話した中身から、彼は鑓温泉から上がってきたので、しばらくは来た道を戻る状態。白馬岳まではご一緒できそうだ。
雪渓を越えた辺りから、雨が本格的に。こちらは眼鏡なので、視界を遮られがちに。同行者がいて本当によかった。
白馬鑓ヶ岳へはそれほどの登り感はなかったが、杓子岳への下降途中、尾根を行く頂上直接ルートを発見できず、西面の巻き道へ。ずっと進むが、なかなか杓子岳への登路が発見できない。すれ違う方に聞くが、“まだない”とう返事。しかしこちらの同行氏はGPSマップをお持ちなので、まだ先だと信じて進む。次にすれ違った方からは、ちょっと手前に分岐らしいものがあった由を伺うことができた。慎重に進むと、標示はないようだが、それらしき踏み跡の別れを発見。
杓子岳の頂上を往復するが、当然見晴も何もない。
分岐に戻り、いよいよ白馬岳を目指す。杓子岳から白馬岳への取り付きまでに随分と下降。そこからじっくりと登り返して四つ角標示に遭遇。大雪渓からのルートはここに出てくるようだ。その対面は旭岳や清水岳へのルート。こちらもいつかは行きたいルート。
そこからしばらくで、再度清水岳方面への分岐を見送り、白馬山荘に到着。
同行氏は、こんな天候だからこそ、休まず行かないと冷えてしまうと言うが、こちらは装備の悪さもあっていったん体制を整えたいと伝え、ここでお別れ。
とにかく寒い。それはそうだ。ずぶ濡れである。出発時に高を括りくくり、雨具は上だけ着用だったので。
フル装備で再出発しようと思うと、雨は降り止み気味。今日の天気予報に“雨”の文字がなかったことも思い出す。結局、上だけに再度改め出発。
このとき、15年以上愛用していた長袖シャツの左袖ボタンがはじけ飛んだ。
なんとなく、前途にいやな予感がよぎった。
余談だが、山荘について出発するまでここを村営山荘だと信じていた。というのも途中で村営山荘を発見できなかったからだ。荒天の怖さは、身体影響だけではないのだと認識させられた。
●白馬山荘〜白馬岳〜雪倉岳〜朝日岳〜朝日小屋
出発直後には、すでに雨が再度降り始める。視界も利かない。よろよろ登るとあっという間に白馬岳頂上。あっさり着きすぎて、感動も薄い。
何よりも前途を急ぐ。三国境への急なやせ尾根を下り、いよいよ朝日岳への県境尾根へと踏み込む。いよいよ後戻りはしづらくなる。ガスの中を淡々と下り、最低鞍部からやや登り返すと鉢ヶ岳の東斜面にさしかかる。
きのうの経験から、東面は風が弱まるであろうと期待していた。しかし今日は、風は弱まったものの雨は止まない。
そこで、行き先を案じて立ち止まる二人連れに遭遇。どうやら先ほどすれ違った人からこの先は雪渓が多いと聞かされ逡巡していたそうだ。こちらも悩む。なんせ、アイゼンは忘れてきてしまった。
そんな中で最初の雪渓。長い。渡るだけだが、滑落はイコール命に関わると言うことくらいはよくわかるので、慎重には慎重を期する。
ようやく越えたらまた次の雪渓。しかも雨は最高の降りに。時間雨量30mmはあろうかという激しい降り。昨日今日では最も激しい。しかも踏み跡もよくわからない。いよいよこれは観念せよということか、と思ったが、先の二人連れが越えていくのを見て、せめて避難小屋までは頑張ろうと気を持ち直す。
3つの雪渓をのべ5回横断し、ようやく避難小屋に。外の暴風が嘘のように静かだが、中の方々は一様に暗い顔。震えながら昼食。先ほどのお二人は、避難小屋でテント泊にするとのこと。
こちらは道具もないので、朝日小屋を目指すよりない。外の雨音が止んだのを確かめて出発。
外は、とうとう降り止み。徐々に雲も晴れつつあるようだが、風は激しい。
立派な山頂標額のある雪倉岳の頂上では風に負け、早々に退却。ここまで5つのピークはすべて視界ゼロ。山名同定が一番の興味だけに、この縦走は気分的にもしんどいものになってきた。
雪倉岳からの下りで、ようやく視界が開け始める。朝日岳がそれとなく姿を現す。
振り返ると、過ぎてきた雪倉岳も次第に姿を見せ始める。
ようやく天気予報通りになってきた。
湿地が多く、隠れた花園と呼んでも良さそうな赤男山の山麓を巻くように進み、いよいよ朝日岳に取り付く。じめじめした木の根帯をよじ登り、長い長い山頂部の平らな頭をじっくりと進むと立派な標示と広場が現れる。富山県東部の朝日町付近からは、周囲を制するように堂々と構える秀峰。奥深くないはずなのに、遠い山。ついにそこにたどり着いた。十分な視界とは言えないが、そこは明日に期待して、一旦山小屋へ。
朝日小屋は、食事に気を遣っていると言うだけあって、おいしい食事が食べられた。小屋の名物であろう、“おかみさん”も元気いっぱいで、この小屋のボランタリィを感じさせてくれた。
●朝日小屋〜蓮華温泉:人生最悪の自損ミス
夜中、なかなか寝付けない。少々熱があるようにも感じる.気象との兼ね合いで考えるならば、熱い系ではないので、風邪の可能性を感じる。そのためか、右膝にも痛みがある。
山行きで膝を痛めたことはないので、少し心配。そんなこともあって、当初の小滝への予定を変更し、蓮華温泉に降りることに。
再登頂の朝日岳は360°の眺望。日の出直後の太陽が雨飾山の左手から登ってくるところも見える。
日本海には能登半島や佐渡島も見えている。富山市内の実家も見えるようだ。ということは実家からも朝日岳が見えると言うことだが…。
昨日苦労してやってきた、白馬岳から雪倉岳を経るルートも目で追うことができる。白馬の肩には、さんざんだった杓子岳も見えている。
今回の山行きで初めて眺望を堪能し、下りへ。吹上のコルが最後の悩みどころ。膝とも相談し、下り距離の短い、蓮華温泉へ行くことに腹を決める。
いきなり、長い雪渓を何度も超える。下りもある。
うんざりするほどに雪渓を越えた頃、途中から先の見えなくなる雪渓に。つまりは途中からは急坂になっていると言うことだ。これまでならば、これほどに斜度があれば、階段なりの道整備をしていただいているところだが、ここには何の措置もされていない。ということは、脇の土が顔を出している辺りをたどるのが妥当なのであろうと、そちらを目指す。急斜面が見え始めるが、下までは100m近くはあるであろうか。ただし登山ルートは急斜面の始まりから10mも下った辺りで左手に逸れていく。そちらへたどり着く意味でも、左手への並行移動が妥当と考え、雪面をそろりと移動する。
そのとき、右足が氷でスリップ、滑り落ち始める。止まらない。当然に止まらない。
あっという間に地面に激突。全身たたきつけられながら、さらに地面を転がりかろうじてもう一度雪渓に飛び込む直前でようやく止まる。雪面を約10m、泥の上を約5m転がった勘定だ。
少しふらふらするものの、何とか立てそうだ。リュックもそのまま背負っているようだ。
とりあえず、全身に激痛はないので、骨折はなさそうだ。ただ、眼鏡が飛んだので何が何だかよく見えない。眼鏡なしの視力は0.01クラスなので殆ど手探り。転がった初期で眼鏡は飛んだと思い、必死に転がった跡を戻るがわからない。
着地地面の上端に正規コースがあるので一旦そこに戻り、リュックから予備眼鏡を取り出す。それを掛けて再度転がった辺りを見ると、まずは地図と手帳を発見。続いて、欠けたレンズを発見、やがて、片側のレンズが失われた眼鏡を発見。続いてカメラ。本来頑丈なはずの一眼レフのレンズが明らかに歪んでいる。本体も連写状態のまま何の操作も受け付けない。壊れている。
そこで気づいたが、自分の着ている長袖シャツはボロボロだ。泥だらけになっているだけではない。穴だらけだしボタンもはじけ飛んでいる。慌てて身体のむき出し部分にタオルを当てると、左腕から出血があるようだ。擦り傷であるが範囲がかなり広い。
幸い、正規コースには都合よく流水があった。そこで洗うなどしながら血の収まりを待つが、容易ではない。泥だらけだし化膿の不安もよぎる。
そこに、後続が続々と到着。朝日岳頂上で見かけた顔ぶれも。最初の女性から気遣いを頂いた。消毒薬などをお借りする。血は収まらないまでも、汚れをぬぐうことはできた。
こういったときには、不安への処方が何よりである。
振り返ると、瞬間的によくぞ地面の見える側へコントロールできたと思った。もしも雪渓の下まで行っていたら、こんな程度では済むはずもなく、死もあったのではなかろうか。
カメラも全損だが、あばらの数本分の代償かもしれないし、眼鏡も失明の代償かもしれない.そう考えると、高々擦り傷で収まったのは奇跡としか言いようがないような気がしてきた。
そこからの下降は、印象が薄い。
蓮華温泉手前での約300mの下降上昇も、それ自体が苦痛でも何でもないように思え、蓮華温泉にたどり着いたときには、ただただ生きて自力で到着できたことに安堵を感じた。
入浴すると、いろいろわかり始める。もちろん擦り傷も痛いが、よくよく見ると,擦り傷も左腕だけではない。打撲の跡も含め、右足、右手、左肩、さらには顔面と多数ある。降りてくるのに右足が痛かったのも当然だった。
帰りのバスでは、途中で助けていただいた女性から声を掛けられた。東京まで帰る彼女は大きくは差のない年代。フル装備の単独行。剱で負傷したこともあると言うから、随分山に通っているようだ。
“山の先輩”のおかげで予後不良にならずにすみそうである。
最後にもう一度お礼を言わなければと思っていたのに、ついぞ言いそびれてしまった。そのまま糸魚川駅で反対向きの列車の乗客となってしまった。
帰宅してみると、部屋の片隅には詰め忘れられたアイゼンが申し訳なさそうに転がっていた。
山はほんとうに怖い、と改めて思った。
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