ひとりのバアチャン(著者)がピッカリコニカ(カメラ)で撮り続けた写真集です。『ありがとう徳山村』に重複して掲載の写真もありますけども、その写真を撮った時のエピソードが添えられている写真もあります。ああ、この魚をくわえているオジサンは、アマゴ獲りの名人だったのか、とか。他に。
自転車に乗ってるオッサンが実は村長さんだったり。
今時、珍しいカメラに向かってピースをする小学生がいたり。
ツルハシを担いだバアチャンがいたり。
干し柿をぶら下げた窓から顔を出して笑顔の老夫婦がいたり。
かと思えば。
満開の桜の木が重機でなぎ倒されたり。
廃屋となった家が焼かれる場面とか。
廃村に向けてのショッキングな写真も多々あります。
ほんと、徳山村の日常の何気ない風景なんです。目を見張るような、とんでもなく美しい大自然の風景写真があるわけでもないし、常人が行けないようなところで命懸けで撮った写真が載ってるわけでもありません。ですが、著者の写真からは魂が宿っているのではないかという迫力を感じます。ダムの湖底に消えゆくふるさと徳山村を撮り続けた著者のバイテリティには畏敬の念が湧き起こります。
あとがきには、出版当時の40年前からダム建設の話があったけども、時代が変わって水をそんなに必要としなくなっても、やっぱり、ダムは造るというようなことが書いてあり。必要なくてもダムを造ってしまう。関東のどこかでも、長期にわたる建設反対運動の末に、数十年間なくても特に困らなかったダムを造ってのけたのは記憶に新しい。計画があるから造りますとか、もうそんなのは、たくさんですわ。そんなカビ臭い計画なんか、計画を立てたヒトにとっちゃ、もうどうでもいいことなんでしょ。