長い下り道を登山口まで下り切ると、言いようのない達成感とほっとした気持ちで心が満たされるものだ。
昭和の時代とは言え、山峡の集落の登山口までバスが一日何便もあるものではなく、何時間も待つことがしばしばあった。そういう時、近くの渓流でのんびりと足を冷やして解放感に浸ってみたり、木陰に身を横たえて流れゆく雲を眺めるのもいいものだが、帰心矢のごとしとばかり、麓の町に向かって歩き出すこともしばしばあった。こんな時は、心の片隅のどこかで、便乗させてくれる車を期待したものだ。
学生時代に加賀白山の岩間道を下山したことが、2度あった。
最初は、福井県の鳩が湯から三の峰、別山、白山本峰を越えて縦走した時だ。その時は、麓の岩間ヒュッテに午前9時に下りおりて、2時間かけて近くの噴泉塔をめぐった後、ヒュッテ前の露天風呂にのんびりとつかって、昼寝をするという、ぜいたくをした。おまけに、新岩間温泉に向かって歩いていくと、ヒュッテで知り合った小松市のお坊さんの排気量360�佞旅駝閏屮好丱襪�追いついて、鶴来まで便乗させてもらったのだから、誠に良い思いをしたものだ。
2度目の時は、秋。月明かりの道を岩間ヒュッテまで下り、一泊した。この時も途中から車に便乗してバスの始発駅の白山下まで送ってもらったのだった。
3月の氷ノ山スキー登山の時も思い出深い。戸倉峠近くの国道29号に降り立ったのは、午後5時。辺りは暮れなずみ、刻々と底冷えしてくるのが感じられる。もう通過する車両もわずかだったが、そこは、なんといっても一級国道である。鳥取方面から峠のトンネルを抜けてダンプが一台やってきた。荷台は幸いのことに空だったので、風が冷たいなどとぜいたくを言っておれないとばかりに全員どやどやと乗り込んで、姫路行きのバスをつかまえるのに都合のよさそうなところまで運んでもらった。
そうかというと、こちらの都合で、必死に車を探したこともある。10月下旬、薬師岳から笠が岳まで縦走して槍見温泉まで下山した時だ。午後2時半、槍見温泉に膝をがくがくいわせながら降り立つと、もう午後3時54分の高山行きのバスしかなかった。この時は、登山のパートナーが実家のある関東に出たがって、安房峠を越えて新島々までヒッチハイクした。槍見温泉から栃尾に、栃尾から平湯に、平湯から新島々へと、実に3度にわたってヒッチハイクを繰り返して松本に出た。
後年、ゴールデンウィークに越後駒が岳から中ノ岳を経て十字峡に下りた時は、熊撃ちが趣味だというおじさんの車に便乗させてもらった。こういう時は、相手の話に興味津々、車内での会話も大いに盛り上がるというものだ。
しかし、駅まで歩きとおした長い下山路も、時にはすがすがしい思い出となる。
4月初旬の南アルプス早月尾根を甲斐駒が岳から地蔵岳へ縦走したことがあった。その時は、入山から5日目に鳳凰小屋から桜の花咲き乱れる穴山駅まで歩きとおした。途中、人里の匂いのする宇波円井の集落で出会った訛りの強い老婆の「おまんら“伊那の国”から来たのか」とのつぶやきに、雪の稜線を伝って“甲斐の国”までやって来たのだという感慨がワーッと胸に湧き起ってきた。生活を感じさせる下山路は、また忘れがたい思い出を残すものだ。
（参考）
「白山〜初めての単独行〜」
https://www.yamareco.com/modules/diary/356744-detail-170083
「秋の白山行 〜合掌造り集落から念仏尾根〜」
https://www.yamareco.com/modules/diary/356744-detail-184703
「氷ノ山スキー山行の思い出」
https://www.yamareco.com/modules/diary/356744-detail-237307
「晩秋の薬師岳から笠が岳へ 〜昭和の貧乏学生のケチケチ山旅の巻〜」
https://www.yamareco.com/modules/diary/356744-detail-203822
「越後の山は雪深い 〜荒沢岳惨敗、越後駒ヶ岳・中ノ岳に〜」
https://www.yamareco.com/modules/diary/356744-detail-192757
「甲斐駒が岳 〜早春の早川尾根をたどりオベリスクへ〜」
https://www.yamareco.com/modules/diary/356744-detail-185767
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