写真1: 河川事務所の扇状地と河岸段丘と堆積地の地図。
写真2: 〃 現在の川の地図。
写真3: 美山町史の河川地図。
( 大池周辺が丸い閉じた水路で描かれています。
通常の扇状地のイメージでは、堆積した土砂はなだらかに濃尾平野につながっていくところですが、南側にもう一つ山があるため、東が分水点となり、さらに西側も少し高くなっているために、この地の低い所が、泥沼状の大池となったようです。)
・ 水域だけで市や町の境界が決定されるならば、相戸岳の南北の稜線を境にして東側…柿野川から北山にかけては、洞戸側(現在は関市)になっていてもおかしくない気がしますが、名古屋藩等の区分けが影響していたのでしょうか。
( クラソ明神の「略奪地形」の稜線の様に、尾根の崩落で流域が変わり区域境界が移動するケースもあります。)
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国土交通省中部地方整備局 木曽川下流河川事務所の小冊子
木曽川文庫「kisso」Vol.61 2007 WINTER : 山県市
" https://www.cbr.mlit.go.jp/kisokaryu/KISSO/pdf/kisso-VOL61.pdf "
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