小太郎山〜北岳〜塩見岳〜豊口山☆賑わいの名峰と静寂の縦走路


- GPS
- 20:27
- 距離
- 35.7km
- 登り
- 3,674m
- 下り
- 3,408m
コースタイム
- 山行
- 8:48
- 休憩
- 1:47
- 合計
- 10:35
- 山行
- 7:54
- 休憩
- 1:57
- 合計
- 9:51
天候 | 一日目;晴れのち曇り 二日目;晴れ |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2021年07月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車 バス
下山は鳥倉登山口 14時25分発の伊那バスにて伊那大島へ |
コース状況/ 危険箇所等 |
豊口山へのルートはバリエーション・ルートではあるが尾根上にはピンク・テープと薄い踏み跡あり |
写真
感想
22日から始まる四連休、なんとも残念というか腹立たしいことに連休二日目の金曜日の夕方15時から17時半までweb上でのカンファレンスがある。単に参加するだけならWiFiが通じてさえいればどこでもいいのだろうが、私がプレゼンする必要がありPCが必要だ。このカンファレンスのせいで遠出の機会が潰れてしまうのも癪なので、仕事が終了後に出かけて翌朝には登山口に立つことが出来るところを探す。
京都駅を18時過ぎのひかりに乗ると静岡で身延線の特急に乗り継ぐことが出来て、甲府駅に22時に到着する。甲府からは早朝の山梨交通の登山バスで広河原に6時半過ぎに到着することが出来る。
木曜日と金曜日の天気は予報では安定して晴れ予報であるが、週末の予報はまさに猫の目のごとくコロコロと変わリ、その度に一喜一憂させられる。直前になって南アルプス方面は概ね晴れの予報となったので、いざ甲府のホテルを予約しようとすると、何と「楽天」でも「じゃらん」でも駅前のホテルが全くあがってこない。連休ともなると甲府でもホテルが埋まってしまうものか。何時間かしてから再検索するとキャンセルが出たのだろう、甲府のすぐ駅前のホテルを予約することが出来た。
北岳へのルートは躊躇なく白根御池を経るコースを選択する。というのも北岳のその北にある小太郎山に寄り道するためだ。北岳へよりもむしろこの小太郎山に魅力を感じるといっても過言ではない。問題は下山のコースだ。北岳からは農鳥岳を経て白根南嶺に向かうか、あるいは塩見岳を経て三伏峠から伊那谷に下るか、迷うことになる。
出発する時点では農鳥小屋でテント泊をしてから白根南嶺を南下するつもりだったのだが、リュックにはテントを詰め込む。しかし、新幹線の中でsimonmasakiさんの塩見岳への山行を拝見して気持ちが塩見岳へと一気に傾くことになる。この選択は実に正しかったことを後で知る。小太郎山に寄るならば・・・ではあるが。
【1日目】
バスの出発時刻は4時35分ではあったが、もう少し早いものと勘違いして早朝4時過ぎに駅前のロータリーに向かう。乗り場はすぐにわかった、というのも既に30人ほどが列をなしていたからだ。徐々に東の方角から空が明るくなっていくが、甲府の上空はどんよりとした曇天に覆われているようだ。
6時20分過ぎになってバスが3台到着する。その時には既は40人ほどに増えていたが、バス2台に分乗して出発する。車掌はまるでガイドさながらに様々なことを説明される。車掌によると連休初日にはのべ16台のバスが登山口に向かったそうだ。それに比べるとこの日の登山客はかなり少なくなったようだ。
バスが西に向かうと正面に鳳凰三山、甲斐駒ヶ岳、農鳥岳がすっきりとその姿を見せている。八ヶ岳方面はすっかり雲の覆われているが、どうやら南アルプスの北部は山の上は晴れているようだ。
芦安の市営駐車場を過ぎて、いよいよ山の中に入っていくと上空はみるみるうちに青空が広がるようになった。車掌によると木曜日も金曜日も朝のうちは晴れていたが午後は夕立に見舞われたらしい。
広河原に到着すると、?川にかかるつり橋を渡っていざ出発である。つり橋を渡って樹林の中に飛び込むと早速にも濃厚な針葉樹と苔の香りが清々しい朝の空気の中に濃厚に漂っている。関西の山とは全く異なる山の香りに南アルプスに来たという実感を感じる。
先を行く登山者達は少し前に芦安駐車場からのバスで到着した人達だ。何組かのパーティーを追い越すが、気がつくと前後の登山者達はほぼ同じスピードで登っているように思われた。快速の先頭集団のように思われる。樹林の中は涼しい空気に満ちており、暑さによる消耗がないのが嬉しい。
白根御池に到着すると青空が広がっているが、大樺沢の方から雲があがって来たかと思うと瞬く間に北岳のバットレスを覆ってゆく。ここは冷たい清水をふんだんに汲めるのを期待してきたのだが、空のボトルを満タンにする。
草すべりに入ると早速にも高山植物が色々と咲いている。しかし高山植物の写真を撮るには多くのはいちいちリュックを下ろさなければならないので、必然的に写真を撮る機会は少なくなる。
白根御池からそれまでと同じペースで登っているつもりであったが、妙に消耗するような気がする。白根御池で水を補給し、1.5kgほど重量が増えたせいかもしれない。この急登での1.5kgほどの重量負荷の増加はかなり大きい。
急登を登り終えて、北岳から北に伸びる稜線に乗ったところが小太郎尾根となる。緩やかに伸びている砂礫とハイマツの尾根はその先は雲の中へと入ってゆく。この分でいくと眺望は期待出来ないだろう。小太郎山への往復を諦めようかという考えが一瞬、脳裏をよぎる。
尾根を眺めながら一息ついていると、「朝一のバスで下から登って来たにしては速いですね」と声をかけて下さった方がおられる。「いえいえ、周りの人達も同じですから」とお答えする。男性は丁度、今しがた小太郎山を往復して来られたらしい。「何と!丁度、これから行こうとしているところです。如何でした?」「良かった〜!」男性が行かれた時にはまだ天気も晴れていたようだ。
「静かで誰とも遭わないし・・・でも、山頂のすぐ手前にテントを張るのにほどよい場所があって、丁度、そこにテントを張っておられる方がいましたよ」とのこと。滅多に訪れるがいない筈の山ではあるが、こうして話しかけてこられた方がおられるというのは偶然以上のものがあるのだろう。これはこの山に行くしかない。男性とお別れすると向こうから来られる単独行の方がいる。どうやらそのテン泊されておられた方なのだろう。
分岐の下の岩場にリュックをデポすると幅の広い尾根を辿って雲の中へと下降してゆく。森林限界を越えたこのような快適な稜線はどこにでもある訳ではない。それまでの多くの人が往来する登山道とはうって変わり、全く人の気配の感じられない静寂の尾根はまさに別天地の感がある。尾根が吸い込まれてゆく雲の下には異世界が待っているのかもしれない。
尾根の高度がわずかに下がるとハイマツとシャクナゲの中を歩くようになる。シャクナゲは所々で瀟洒な花を咲かせている。前夜に降った雨のせいだろう。シャクナゲの葉はしとどに濡れている。
ハイマツの枝を漕ぐとドライ・ジンに似た匂いが立ちのぼるように思われる。ジンはネズの実で香りをつけた蒸留酒だが、ネズとハイマツの匂は似ているのだろうかと考える。ふとジンとベルガモットを使ったカクテルの名称を思い出すことが出来ないことに気がつく。
やがて鞍部に下るにつれ視界が晴れて樹林帯が広がるピークが姿を現す。残念ながらその山頂部は雲に覆われている。樹林帯を通過すると、先ほどまでの雲が取れてピーク直下の岩場が日差しを浴びて輝き始めた。知らなければ小太郎山かと思うところだが、残念ながらここは前小太郎山である。
ピークに立つと金属製の小さなプレートがある。肝心の小太郎山は雲の中であり、尾根には灌木の中から所々に岩場が突き出している。小太郎山に向かって小さな吊尾根を辿ると、ここでも山頂が近くにつれて雲がとれてゆく。山頂には真新しい太い木製の標柱が立っていた。標柱の下に刻まれた文字のせいで山梨百名山の一つであることを知る。
山頂の四方には雲が晴れているのだが、残念ながら周囲の山々が雲の中だ。晴れていれば360度、絶景の展望台となるのであろう。それはまたの機会の楽しみとしよう。
山頂を後にすると雲が背後の稜線を次々と呑み込んでゆく。前小太郎山から背後を振り返ると微笑むかのように山頂がわずかに一瞬、姿を現すが、すぐにも雲の中に消えていった。前小太郎山からの樹林帯を抜けて、再びハイマツの登り返しに入る。再びドライ・ジンの匂を嗅いだ時にようやくカクテルの名前を思い出す。そうだ、マティーニだ。
北岳に向かっての長い尾根を登ってゆくと、今度は北岳の肩が雲から姿を現す。分岐からこちらを見下ろす三人の人影が見える。不思議なことに数百メートルは離れている筈なのに視線を強く感じるような気がした。それは気のせいではなかったのである。
再び分岐が近づくと一人の男性が無言で小太郎山への尾根を下っていった。分岐に達すると二人のトレラン風の男女が私と入れ替わりに小太郎山に向かって出発される。意外にも人気があるのか、あるいは偶々なのか。分岐で休憩していると三人組の若い男女が話しかけて来られたが、この方達が下から見上げた時に立っていた人影であることはすぐにピンときた。
「小太郎山に行って来られたんですよね、山頂には山名標の標柱があったと思いますが、無事、立っていましたか」「無事、ちゃんと立っていましたよ」「それは良かった」と三人は嬉しそうに顔を見合わせる。「実は一昨年、私達が運び上げて、設置したものなんです」・・・「もしかして山梨百名山全てにあのような標柱があるのですか?」とお伺いすると、「地区ごとに山名標を設置する山岳会の担当が決まっているのです」とのこと。お三方は山梨岳人会の方々らしい。この日は絶滅危惧種の植物の調査に来られたとのこと。それはそれで花レコ・マニアには垂涎の仕事だろう。時間に余裕があれば私も一緒に調査させて頂きたいところではあったが、失礼して先に行くことにする。
肩の小屋に向かうと上からは降りて来られる人達の多くは前半の登りで前後を歩いておられた方達だ。
小屋に到着すると山頂部まではわずかではあるが、途端に山頂には雲がかかる。雲の流れる速度からするとかなり風が強そうだが、肩の小屋は不思議と風も強くない。小屋の前のベンチが丁度空いたので、ベンチでキウイと胡瓜で休憩することにする。
隣のベンチの人がテーブからキウイが転がり落ちたことを知らせてくれる。グループの他の女性達が即座に「胡瓜?いいわね〜」と反応されかと思うと、早速にも「次回の山行から胡瓜を持って行こう・・・」と賑やかに話が盛り上がる。落ちたのはキウイなのだが。
私が到着する前にこの肩の小屋で雷鳥の親子がすぐそこにいたらしく、雷鳥の親子の写真を見せて下さる。北九州の山岳会の方達らしく、小倉からはるばる車を運転して来られたらしい。昨日の午後は土砂降りの雨が酷かったことを女性達が教えて下さる。新幹線の車窓からは雨の降った気配は感じられなかったので、午後の早い時間のことなのだろう。
パーティの方々と歓談しているうちに北岳の山頂のあたりが急に晴れてきた。「今日はどちらまで?」と聞かれるので「熊の平まで」と答える「何、雲の平?あの三俣蓮華の?」(・・・いや、それは雲に乗って行かないと・・・)丁度、そこに通りがかった男性が「ここからコースタイムで6時間ほどですよね、私はまさにそこから来たところですから」とお声をかけられる。実に気さくな好青年といった感じの男性は熊の平の場所まで北九州の方々に説明して下さる。男性はまさに到着して休憩しようとしていたところらしく、私とベンチを交代する。北九州の方々との歓談が盛り上がることになるだろう。
肩の小屋では水は1ℓ\100らしく、水を1ℓ補給する。ここから熊の平まで貴重な水なのだが、残念ながら塩素と思われる消毒剤の匂いが感じられるのは致し方ない。
北岳の山頂まではわずかな登りだ。肩の小屋は見えているので、山頂の周囲は雲はとれているのだが、生憎、周囲は雲に囲まれており展望はない。
北岳から南に向かう・・・しばらくはガレた斜面の急下降。登山道には急に登山者の姿が少なくなる。白峰三山を縦走すべく農鳥小屋に向かう登山者達はとうに通過した後なのだろう。北岳山荘に向かって下降して行くと、稜線上に赤い屋根の北岳山荘が見える。
この北岳の稜線を歩くのは実に42年ぶり、少年時代に家族で白峰三山を縦走した時以来のことだ。当時は北岳から翌日の農鳥に至るまで稜線上は終始、ガスで覆われていたのであり、全く展望がなく、記憶にある残像は北岳山荘と大門沢下降点の黄色いポールだけである。
北岳山荘は遠い少年時代の記憶にある北岳山荘の残像と同じではあったが、当時と異なり赤いトタン屋根は40年以上の星霜を経てくすんだように思われた。それもそのはず、以前登った昭和54年はその前年にこの山荘が建てられたばかりだったのである。小屋の中は真新しかったが、あまりの混みように二人で一畳以下のスペースで寝なければならなかった時の息苦しさが記憶に残っている。
小屋を通り過ぎようとするとそれまでは一瞬で、まるでカーテンを引いたかのように、雲の中から中白根山が姿を現し、背後には限りない碧空が広がっている。中白根山は間ノ岳との間の通過点のようなマイナー・ピークと思っていたが、目の前に広がる景色は何とも壮麗だ。丁度、登山道にいらした親子と思われる二人が「今日一番の光景!」と大喜びされている。お二人の写真を撮って差し上げると、写真にもこの光景を目にした悦びが写り込んでいるようだった。
中白根山のピークに達するといよいよ間ノ岳への登りとなる。北岳山荘からは幅の広い尾根に緩やかな登りが続くことになる。中白根山の山頂直下で四人組のパーティーにすれ違っただけで、北岳山荘からは人の気配が全く感じられない。美しい稜線を独占して歩く悦びに浸りながら、間ノ岳のピークを目指す。
間ノ岳の山頂には雲がかかったままであったが、山頂が近づくとここでも一瞬にして雲が取れる。山頂の背後の晴天から大きな雷鳴が聞こえてきた。まさに晴天の霹靂というべき・・・いや、生じるべくして生じた雷雲なのだろう。音が聞こえてきたのは東の方角だ。しかし、雲は東から流れているので、雷雨に見舞われる可能性があるだろう。
間ノ岳の山頂に立つと晴れているのはここだけで、北岳も農鳥岳も雲を被ったままだ。これから進む三峰岳への稜線も雲の中へとおりてゆくようだ。時間は15時40分、想定より少し遅いが17時過ぎには熊の平にたどり着けるだろう。問題はそれまでに雨に祟られなければいいのだが。
ここからのルートは一昨年、仙塩尾根を縦走した際にも歩いたコースを逆行することになる。三峰岳(みぶだけ)にかけては岩稜帯にしてはかなり歩きやすい道が続く。三峰岳のピークの手前で二組、いずれも単独行のトレランの男性にすれ違う。最初に出遭った若い男性は北岳山荘まで行かれるらしい。「あと1時間もあれば着くでしょう」とあっさりと仰る。
二人目の方は私と年恰好は私とあまり変わらないように思われたがリュックをデポして間ノ岳を往復してから両俣小屋まで行かれるらしい。今朝は高山裏避難小屋から来られたとのこと。間ノ岳から北岳山荘への下りは走って飛ばすことが出来るが、三峰岳からの下りはそういう訳には行かない筈だ。「安全をとるなら間ノ岳をやめられては」と余計なことを申し上げてしまったが、これは本当に余計だったようだ。
三峰岳からはしばらくはガレ場の悪路が続く。二年前は太陽に照りつけられて、ここの登りでかなり消耗したのだが、この日は終始、涼しいのが有難い。がれ場の先にはなだらかな三国平の景色が広がっている。歩いているうちにすぐ左手に臨む農鳥岳にかかる雲もとれてきた。
しかし三国平に差し掛かるとついに雨がポツリポツリと降ってきた。三峰岳からのガレ場の下降の悪路とは一転、この三国平は広い尾根に高山植物帯が広がるところだが、残念ながらのんびりと景色を堪能している余裕はない。白樺の樹林帯に入り、熊の平への九十九折の下降を急ぐ。
熊の平への鞍部に到着する頃には小雨も上がってくれる。小屋に到着すると玄関の前のベンチで一人の男性が食事をとられているところだった。まずは水場で水を汲み、担ぎ上げてきた500mlの缶ビールを冷やす。
トレラン・スタイルの男性は驚いたことに千枚小屋から来られたとのこと。その前日は白根南嶺の笹山へのダイレクト尾根を辿り、一度、二軒小屋に降ってから千枚へいらしたらしい。南アルプス南部は今年は東海フォレストのバスが運行していないので登山客が少ないと期待していたが、予想に反してどこの山小屋も人で溢れかえっているとのこと。この熊の平もこの日はロフトの上部は誰もいないが、前日はかなりの人だったらしい。
男性は可能であれば農鳥小屋まで行きたかったが「農鳥小屋の親爺さんがな・・・」と仰る。16時を過ぎて農鳥小屋に到着すると小屋のご主人に「山歩きをなめるな!」と大目玉を食らうことになるようだ。私は知らなかったが、昨年はNHKでも紹介された有名人らしいが、小屋に遅着する登山者に対しては相当に厳しいらしい。
夕方になって急速に気温が低くなって来たので、ビールを飲み干すと小屋の中に入り、夕食を調理する。この日は赤ワインを飲みながら焼き豚、舞茸とトマトを蒸し焼きにして、そして後半はレモン・ソーセージを追加する。食事が終わるとすぐに眠りに落ちた。
【二日目】
夜中に目が醒めると再び小雨がパラついている。仙丈ヶ岳から来たという四人組の若い社会人のパーティーは北岳を目指し、2時丁度に出発していった。若者たちが去った後には小屋に干してある一枚のシャツが残っていたが誰かの忘れ物だろう。
再び3時前に目覚めると外が明るい。頭上を高速で通り過ぎていく雲の切れ目から時折、煌々と光を放つ月が顔を覗かせる。3時に小屋を出発すると、まもなく好展望の灌木帯となる。先ほどまで月の前を流れていた雲はすっかりなくなり、白み始めた空に月が青白く輝いている。暁の空に間ノ岳のシルエットが浮かび上がっているが、東の空がそれほど橙色に染まらないのは東の空の湿度が高いからだろう。
見晴らしの良いシャクナゲとハイマツの灌木帯が続く。空は十分に明るいのですぐにもヘッデンのライトは必要なくなった。やがてシラビソと思われるた樹林の中へと入る。安倍荒川岳のピークは尾根をトラバースする登山道から稜線に上がったところにあるが、GPSに頼らなければピークがあることに気が付かずに通り過ぎてしまうようなところだ。山頂からは西側の展望が開けるが中央アルプスの稜線は靄の中だ。
農鳥岳から白根南嶺のへと続く稜線が屏風のように立ちはだかるのでご来光を拝むことは出来ない。農鳥岳の上の雲がローズピンクに染まったかと思うと、やがて間ノ岳の稜線から光の筋が見えるので朝陽が昇ったことを知る。今頃、農鳥小屋や白峰三山の稜線におられる登山客は一様に歓声をあげていることだろう。
樹林からは頻繁に東の方角の展望が開け、白根南嶺の白河内岳と笹山の間から富士山が姿を見せる。やがて尾根には見晴らしの良い岩場が現れるようになる。竜尾見晴と呼ばれるところだ。
新蛇抜山にかけて、緩やかなアップダウンはあるものの、概ね標高2600m前後の緩やかな稜線が続く。新蛇抜山も気をつけていないと山頂への分岐を見落としそうなところだ。樹林からわずかに登ると草原状の山頂からは360度の好展望が広がる。折しも農鳥岳の上から朝日が顔を出したところだった。
新蛇抜山から南下し、樹林帯の中に入ると途端に霧が立ち込めるようになる。霧の中にはほとんど水平に近い朝陽が差し込み、薄明光線による幻想的な光の筋の中を歩いていくことになる。
立ち枯れの樹々が散在する小さな草原を過ぎるとマルバダケブキの花が一面に咲く窪地に至る。再び樹林を抜け出して、北荒川岳へのハイマツやシャクナゲの灌木の登りをつめると景色が一変する。ピークから南側の大崩壊地を挟んで、視界に大きく塩見岳が飛び込んでくる。前回の仙塩尾根の縦走の際は塩見岳は終始、雲の中だったので、目の前にその山容を眺めることが出来る感慨は大きいものがある。そしてこの壮大な景色の中に人の気配が全く感じられない・・・というのがさらに景色の素晴らしさをさらに特別なものにしてくれるように思われた。
ここからは尾根の西側の大崩壊地の反対側となる東側には対照的に白樺が疎らに生える広い草原が続く。かつてはキャンプ場であったらしい。キャンプ禁止の標柱が建てられているのはここでキャンプをしたいと思う人がいるからだろう。
草原にはお花畑が広がり、シナノキンバイと思われる白い花やピンク色のハクサンフウロが数多く咲いている。黒々とした繊細な花の中から黄色い花弁を覗かせているのはタカネコウリンカらしい。
草原を過ぎると再び森林限界を越えて広々とした稜線が広がる。再び塩見岳の山容が大きく広がったところで一人の男性がおられることに気がついた。前夜は熊ノ平にテン泊されておられた方だった。この四連休の間、熊ノ平で三泊して、北岳と農鳥岳へと1日ずつ往復されたらしい。
いよいよ陽射しがきつい。日焼け止めを塗ると塩見岳への登りに取り掛かる。前回は完全に雲の中だったので峻険さを感じなかったが、振り返ってみるとかなりの勾配である。登りの途中でトレッキング・ポールを先ほどの休憩地点に忘れてきてしまったことに気がつく。取りに戻るにはかなりの距離をきてしまっている。この日は鳥倉林道のバスの時間を気にしなければならないので、ここで取りに戻るのはriskを侵すことになる。仕方がない、諦めることにしよう。
塩見岳の肩となる北俣岳への分岐に至ると北俣岳を経て蝙蝠岳へと続くたおやかな稜線が目に入る。ここは以前より縦走したいと思いつつ果たせていないところだ。まもなく二人の男性と出遭う。熊ノ平の小屋のことを聞かれたのでお答えられる限りの情報を提供する。お別れすると男性たちは北俣岳の方へと向かっていった。蝙蝠岳へ往復するのだろう。
塩見岳の山頂に至ると流石に数名の登山者がおられる。早朝に三伏峠を出られた方達が続々と到着する頃だろう。時間は8時をわずかに過ぎたところ、もう少し時間を要するものかと思っていたが、意外と早く到着することが出来た。この時間なら鳥倉登山口のバスの時間に間違いなく間に合うだろう。
塩見岳の山頂では前回は見ることを叶わなかった360度の眺望を堪能する。北には仙丈ヶ岳、白峰三山、そして南には荒川三山を俯瞰する景色は格別だ。しばしの間、のんびりと行動食の朝食をとりながら休憩する。
西には三伏峠にむかって延々と長い尾根が続いている。はるか彼方に三伏峠の小屋も見えるが、まだまだ先は長い。この尾根を辿るのも今回の山行の楽しみの一つであった。というのも前回の仙塩尾根の縦走においては未明の時間に通過してしまったからだ。
塩見小屋は立ち寄る理由はないので素通りする。すぐにもハイマツ帯は終わりシラビソと思われる針葉樹林の中に入る。
立枯れの樹々が林立するようになると、立枯れの樹々の間から塩見岳の迫力ある勇姿が再び目に入る。本谷山にかけてアップダウンの緩やかな長い尾根が続く。左手には随所に荒川三山の展望が開ける。
縦走タイプの大きなリュックを背負った男性に追いつく。果たしてどこから縦走されて来られたのだろうかと怪訝に思ってお伺いすると、蝙蝠岳からとのこと。鳥倉から入って荒川三山を経て二軒小屋に降られたらしい。マニアックなコース取りであるが、このルートで百高山と同時に南北中央アルプスのメジャールートの踏破を達成されたそうだ。
男性は先週は池山尾根を経て小太郎山に登っておられたとのことだが、男性によると先週は猛暑が非常に酷かったが、今週は先週とまるで違うという。確かに先週の白山とは異なり、この尾根でも暑さを感じるどころか、高山ならではの涼しさが続いている。
三伏峠の手前の三伏山はシャクナゲの灌木帯となり好展望のピークだ。振り返ると雲一つない青空とかなり遠くに塩見岳が見える・・・と思っていたら、下からガスが登ってきたのだろう。瞬く間に360度の好展望が白い闇に包まれることいなった。休憩しておられれた男性から一ついかがですかと塩レモンを一つ頂くが、なんとも美味だ。男性もバスの時間を確認されておられたが、同じバスに乗って下山されるようだ。
三伏峠はもうすぐだ。時間の目処は十分に立っているので、ここで塩見岳を眺めながらランチ休憩をとる。三伏峠小屋に下ると、コーヒーを淹れて羊羹を味わう。なんと三伏峠小屋でも塩羊羹を安く売っていた。小屋では一缶\600と多少高かったが缶ビールを手に入れる。勿論、冷えてはいない。三伏峠からの下りのほとけ清水でビールを冷やすことを目論んでのことである。ほとけ清水では10分ほど休憩する間にビールは十分に冷えてくれたようだ。汲んだばかりの冷たい水と共に保冷袋に入れる。
豊口山へのコルに到着すると尾根伝いに豊口山に向かう細い踏み跡が目に入る。地図を確認すると豊口山までは片道1kmもない。バスの時間には十分に余裕があるので豊口山への往復を追加することにした。
尾根に入ると、一気に濃密な苔むす樹林の世界に飛び込んだ感じだ。良好に整備された登山道を歩くのと薄い踏み跡を辿るのとではこうも感覚が違うものかとその雰囲気の違いに改めて驚く。随所で尾根には小さな草原も現れる。ふと、もののけ姫の情景を思い出した。深い緑の世界に浸る悦びを味わいながら山頂への緩やかな尾根を辿る。
尾根にはわずかに倒木があるものの、下生による藪もなく辿るのに難儀するような箇所なない。尾根の南側には数カ所で眺望が開けているが、近隣の山々の上の方は雲の中だ。豊口山の山頂は山名標もなく、三角点の柱石があるだけの地味なところであった。しかし、ここも小太郎山と同様、別世界に足を踏み入れたような感覚を味わうことの出来る山だった。
コルに戻ると登山口にかけては最後は落葉松の圧巻の美林の中を下る。登山口には数名の登山者がバスを待っていた。保冷袋からビールを取り出すと十分に冷たいままであった。
電波が届くようになったところで、松川Iからの帰りのバスを予約しようとしたところ、バスが満席であった。直後には大阪行きの阪急バスもあった筈だと思って調べてみると、コロナ禍のために運休とのこと。伊那大島でバスを下車すると飯田線で飯田まで移動して、飯田駅始発の名鉄バスに乗ることにする。
伊那大島では駅の周辺には何もないところだが次の飯田線までは40分ほど待つことになる。飯田線には珍しく駅員がいる。飯田駅まではわずかに\240である。「飯田駅で降りてしまわれるんですか」と残念そうに仰る。豊橋まで行くにはさらに次の列車に到着する必要があり、
普段、乗降する乗客も滅多にいないと思われる駅では列車を待つ乗客との会話は退屈しのぎにもなるのであろう。駅員の方はいろいろとお話される。このあたりでは連日、昨日の夕方もかなり雨が降っていたらしい。駅からは晴れていれば塩見岳がよく見えるらしいが、駅員さんが教えてくれた方角には厚い雲が見えるばかりだった。
飯田駅からの高速バスは中央道の工事による片側一車線の規制があったらしく、渋滞のために大幅に遅れて名古屋への到着する。名古屋駅では新幹線に乗るまでの間にきしめんを食べることを楽しみにしていたが、ここでもコロナのために営業は20時までで既に終了したあとだった。
帰宅後、大鹿村の道の駅で購入した天菜漬と日本酒「今錦」を味わう。信州の山深い里で手に入れるものは美味しいものが多いとしみじみ思った。
南アルプスを縦走する人たちはタフな方ばかりですね
他を寄せ付けない山岳だからこそ静かな山旅が楽しめるのですね。
心配だった天気もまずまずだったようで何よりです。
一方、天気予報を見て南プス南部縦走をあきらめてしまった私は、24日〜25日の1泊2日で再度、南プスへ入れば良かったな〜と後悔しています
私も「小太郎山」が気になっておりまして、北岳、間ノ岳といった山々とどのように絡めて縦走するか、ニヤツキながら地図を見ています。
yamanekoさんのレコを拝見して、いつかは行きたいと思っていたルートが、プランを練る段階に入ったと思います。
登山口までのアクセス等、参考にさせて頂きます。
お疲れ様でした
こちらこそ、今回の山行はsimonmasakiさんのレコを拝見しなければ、実現しなかったと思いますので、大変、感謝しております。コースタイムを含めて、塩見岳からのプランニングは大変、参考になりました。
小太郎山は実にいいところだと思います。静かな山を求められるsimonmasakiさんは気に入られること必定でしょう。尾根から展望には恵まれなかったものの、それでも高山植物帯、岩稜、ハイマツ帯、樹林帯とダイナミックに変化する吊尾根は南アルプス北部の魅力を凝集したようなところだと思います。。さらに好展望のパノラマに恵まれれば最高でしょう。私もいつか晴天の日に捲土重来したいと思っております。
ところで、話は変わりますが今回は幸い雨にはさほど濡れずに済みましたが、夏の南アルプスの縦走は午後の土砂降りの雨の可能性を計算に入れる必要があるものと思います。3年前、池口岳から聖岳に縦走した時は午後は連日、雷雨でした。
この入り口と出口が全く違うロングルート。2day走破は山猫さんの経験・健脚で成せる業かと。それに上手く公共交通機関をお使いですね。
甲府ってすごく遠く感じるんです。あの「へ」の字型に南下していく中央道は特に。
下山された伊那エリアは京都から高速走れば3時間ほどなので近いです。
私の場合、自家用車で行くのは諏訪ICが限界かなと考え今回乗られた甲府発の登山バスへ乗る方法を調べたことがあるんです。京都駅からディズニーランド行きのウィラーに乗ると甲府駅南口へ AM4:00に着けるので丁度いいかなと。えっ? さすがに便利なこの登山バス、4時過ぎに30人以上待たれてましたの? みなさんはその時間にどのように来られているんでしょうね。
コロナ禍の関係で高速バスは運休している路線も多いのと、ルートなども変更されているような。現在この便は降車地に甲府の記載がありません。
飲料水の話。水が飲めるだけ贅沢な話かと思いますが、肩の小屋の天水飲料水には私も少し抵抗がありました。山行きにいつも携帯しているアミノバイタル クエン酸パウダーを入れると気になりませんが、塩素+クエン酸って洗剤レベルでは危ない話ですよね??
標高3000mの天空の稜線歩きと仙塩尾根を合体させたこのルートは、南アルプスの大きさが感じられる山旅でしょうね。雄大な山の写真を堪能させていただきました。
仙丈ケ岳の登山口となる仙流荘や塩見岳の登山口の鳥倉林道は関西からの運転の許容範囲内かと思いますが、北岳の登山口となる芦安や農鳥岳への奈良田となると範囲外という気がしますね。南部の畑薙も苦しいところです。北九州から奈良田まで運転して来られたというパーティーのお話を聞いて吃驚しました。
私も甲府への夜行バスの可能性を考えましたが、WILLERも今は甲府には停まらないようですね。
甲府のバス停に並ばれていた人達は甲府のホテルに泊まっていたのではないでしょうか。甲府駅周辺のホテルはどこも満室なようでしたし。
>飲料水の話
北岳〜間ノ岳の間〜熊ノ平で照りつけられたら・・・と思って満タンにしてほぼ3ℓを携行したのでした。この盛夏の時期でなければ、水は白根御池の美味しい水のみで十分だったかと思います。
でに確かに水が手に入るだけ有難い話ですね。
アミノバイタル クエン酸パウダー・・・なるものがあるのですね。確かに塩素臭は気にならなくなるでしょうね。
まさか広河原から一泊で走り抜けてきているとは思いませんでした😅💦
私もよく憶えております。何しろ、山の中には滅多にいないような美人さんでしたから。
正確には岩ではなく倒木だったと思います。
トレッキングポールは残念でした
高い山の経験がないのですごいなーとしか申し上げられないのが残念です
情報収集、状況判断などお仕事柄かなといつも感心しています
叶わないこととはわかっていますが、写真とコメントを拝見して私もいってみたいと思っています💦
トレッキング・ポールはもう少し早く気がつけば取りに戻ることも出来たと思いますが、不注意なことお恥ずかしい限りです。
高山は叶わないことはないと思いますが・・・
今年はコロナで山小屋泊の人数を制限しているので、予約が取れさえすれば却って狙い目なのかもしれません。
小太郎つながりでレコを拝見(読)させて頂きました。道々のシーンが浮かぶような文章、山行中の「余裕」が為せる技なのだろうと推察します。マティーニ香る小太郎尾根で、ルートを取り違えハイマツ上をボヨンボヨンと漕いでいた自分がなんだか恥ずかしいです。。。
北岳以来、暑すぎる!だの、大雨だ!のと言って山をサボっていましたが、はやくまた登りたくなってきました。ありがとうございます。
レコを拝見させて頂きましたが、二日間の快晴に恵まれて、まさに「申し分のない」山行だったようですね。晴天に恵まれた小太郎尾根はまさに至福の時間でしょうね。
レコには書きませんでしたが、尾根の西側には所々で迷込みやすいアニマル・トレースが数多くあったので迷い込みやすいと思われますが、静寂の尾根でハイマツの中を藪漕ぎする時間も充実した山行に一興を添えたのではないでしょうか。
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