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太平洋北部に形成された4本の直線的な海山列は、約6,500万年前(65 Ma)から開始された、北米東沿岸のホットスポット(あるいは海嶺活動)による太平洋海洋地殻上層の西向き流動の影響を受けて、順次右回転(時計回り)の変形を受け、現在見られる弧状列島の形態へと変貌していったと考えられる。
2. 参考資料
図1:現在の北太平洋の地形図
図2:西向け変動前を想定、直線的海山列の想像図
図3:過去に作成したハワイ海山列変形過程の動画資料(筆者作成)
3. 概要(案1)
図1に示されるような現在の弧状列島の形態は、図2に描いた直線海山列の状態から、順次右回転しながら変形してきた結果であると推定する。この変形過程は、図3のハワイ海山列の形成過程を示す動画と合わせて観察することで、より直感的に理解できる。
この変形は、海洋地殻上層における西向け流動の影響によって東から西へと波及し、それぞれの海山列が毎年数センチメートルの速度で変形していった結果とみられる。
主な変動イベントの推移は以下の通り。
- 約65 Ma:北米東沿岸にてホットスポット(海嶺)活動が開始
- アリューシャン列島の変動開始
- カムチャッカ〜千島〜北海道東部の海山列の変形
- 樺太〜北海道中央部〜黒瀬川帯に対応する海山列が変形
- 東北日本:ハの字状の開裂状態から、25〜15 Maの期間にかけて回転接合を完了
4. 補足
北海道東部や西南日本において、中央構造線より南に分布する「外帯」地質帯が、太平洋赤道以南で形成されたことはよく知られているが、従来の説明では、これらが南から来て北方向に衝突合体したように描かれていることが多い。
しかしながら、実際の地形的連続性や帯の方向性を考慮すると、これらの地質帯はむしろ東から西に向かって横方向に接合されたとする方が、自然な構造モデルを描ける可能性がある。特に、西南日本の構造においては、中央構造線を境として、太平洋の2段階の変動により、黒瀬川帯や三波川帯が段階的に右横ずれの変動を受けて合体したというモデルを提唱する。
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同日追記:
5. 地質帯との対応と成因解釈
北海道から西南日本にかけての弧状地形および構造帯の分布について、本仮説では以下のように位置づける。
北海道東部の地質帯は、ハワイ・ホットスポットを起源とする海山列が、北西方向に移動し、カムチャッカ〜千島列島を経由して到達したものである。
北海道中央部の地質帯は、ポリネシア・ホットスポットに由来する海山列が北西方向へ移動し、樺太から北海道中央部に達したものと考えられる。
この海山列のさらに南方に連なる部分が西南日本の中央構造線以南に相当する地帯にまで到達し、現在「外帯」と呼ばれる地質帯(主に4〜2.5億年前の地質年代をもつ)を形成した可能性がある。
6. 考察と確信
これらの構造の類似性や対応関係は、一見すると突飛で荒唐無稽な仮説に映るかもしれない。しかし本仮説は、現在の日本列島の地形・構造・地質帯の分布および年代情報、そして太平洋全体の海底地形と地質年代の体系的に解析した結果導かれた想定です。
従来の地史では未解決とされてきた日本列島の地史の成り立ちを、太平洋全体スケールの海洋地殻変動史と結びつけることによって、新たな視点から一貫した説明が可能になることを示す。
私は、本仮説が日本列島形成史の実像に近づく鍵となる構造モデルであると確信しています。
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