八ヶ岳完全縦走
- GPS
- 56:00
- 距離
- 33.7km
- 登り
- 3,578m
- 下り
- 3,417m
コースタイム
着 発 備考
観音平 10:14
経過時間→ 0:52
押手川手前 11:06 11:15
1:09
編笠山 12:24 12:45 昼食
0:43
ノロシバ 13:28 13:38
0:45
権現岳 14:23 14:33
0:58 ギボシ登頂やや休憩
キレット小屋 15:31
合計時間→ 3:35
10月11日/木
キレット小屋 5:23
0:53
2504峰過ぎ 6:16 6:25
0:41
赤岳 7:06 7:16
0:37
三叉峰 7:53 8:03
0:54
硫黄岳 8:57 9:07
0:58
箕冠山 10:05 10:23 昼食
0:40
東天狗過ぎ 11:03 11:13
0:57
中山 12:10 12:20
1:01
丸山 13:21 14:06 午後食
0:36
中小場 14:42 14:52
0:48
展望台 15:40 15:50
0:32
縞枯山荘 16:22
合計時間→ 8:37
10月12日/金
縞枯山荘 6:10
0:50
北横岳 7:00 7:10
1:00
亀甲池 8:10 8:30 昼食
1:01 分岐を行きすぎロス
天祥寺原過ぎ 9:31 9:40
1:11
蓼科山 10:51 11:25 午後食
0:51
2113峰 12:16 12:26
0:48
女神茶屋 13:14
合計時間→ 5:41
天候 | 10日−晴れ 11日−雪のち曇りのち晴れ 12日−快晴 |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2012年10月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車 タクシー
|
コース状況/ 危険箇所等 |
蓼科山から女神茶屋に下山後、信濃自然遊歩道を歩き「滝の湯」にて宿泊。川の流れを望む露天風呂につかり疲れを癒やした。遊歩道は八ヶ岳連峰や八子ヶ峰の眺望素晴らしく縦走を振り返るのにうってつけの景観であった。 |
写真
感想
八ヶ岳完全縦走
八ヶ岳完全縦走と銘打ってしまった。だいたいこの世に完全なんてものがあろうか、と言ってしまえば最初から完全縦走というタイトルは意味を失ってしまう。そこで完全と言ってもまぁ、それらしいもの位の構えで読んで戴きたい。
さて嘘でも「完全」と謳うからには山脈の一番端からもう一方の端までをルートとしなくてはいけない。先ずは両端の山を調べることにしよう。八ヶ岳は南北に走る山塊だが、主稜線を南へ辿ると権現岳までは縦走路ははっきりしているがそれ以南は二股に分かれている。右へとればの三ツ頭。左へ進めば編笠山、完全縦走の起点としてどちらをとるべきだろう。
いろいろ文献を当たっている内に「南八ヶ岳は広大な裾野を延ばす編笠山に始まり・・・」という文を見つけた。実は私は八ヶ岳登山は初めてなので山の姿はおろか名すらよく知らないのだが、地図で見る限り編笠山は○○富士とでも呼びたくなるような端正な等高線を示している。地図で見ただけながら綺麗な山だろうなと憧れを感じる。そこで、編笠山から入山し北へ北へ八ヶ岳連峰の北端の山まで歩けば良いと決定。
次は北端の山の同定だ。再び地図を開き編笠山から北へ北へと稜線を辿って行くと、権現・赤岳・硫黄岳までははっきりしている。そのあと、東天狗・中山までも辿っていける。だがそこから先が茫洋としている。茫洋とした中を無理に進むと丸山まで来るが、その先はメルヘン街道という観光客に媚びたネーミングの道路で山塊はぷっつりと寸断されている。ここで打ち止めとしたい所だが八ヶ岳の地図にはまだまだ北がある。完全と銘うったのだからこの辺で妥協してはいけない。敢然と道路を渡り尚進むと茶臼山・縞枯山と来て、またぼんやりするが尚進み北横岳へ至る。さすがにもういいでしょう。北横岳を北端として八ヶ岳の縦走路は完成だ。
念の為Wikipediaで調べて見る。Wikipediaに頼るなんぞは軟派じゃないかという後ろめたさもあるが、便利なのでつい見てしまう。
見ると、八ヶ岳の山域の定義ははっきりせず主として三説有るという。
一つは南八ヶ岳だけを八ヶ岳と見る見方で、それならば縦走は硫黄岳までとなる。
二つ目は南八ヶ岳と北八ヶ岳を合わせて八ヶ岳と見る見方で、北端は北横岳となる。これはさっき地図を見て頭の中に作った縦走路の通りである。
三つ目は南八ヶ岳と北八ヶ岳に蓼科山も合わせて八ヶ岳と見る見方である。
えっ何、蓼科山!北横岳の更に北に深い谷を隔てて蓼科山がある。地図で見たところ円錐形の富士山みたいな独立峰に見える蓼科山、それも八ヶ岳連峰の一部だという説がある・・・らしい。うーむ、でも完全縦走と言うからには諸説ある中でも、どの説にも顔を立てねばなるまい。うむ、編笠山から蓼科山に至る縦走二泊三日に決定。
入山
小淵沢駅で列車を降りる。プラットホームの端に階段があるので行けば改札だろうと当てずっぽうに昇って階段を降りると、そこはまたプラットホームだった。小海線と書いてある。階段の向こうがプラットホームこちらもプラットホーム、この駅はどこから外へ出れば良いのだろう。見渡しても改札は見えず、仕方なくもう一度階段を昇降し元のプラットホームにもどる。あらためて見回すと蕎麦屋は見つけたが改札への昇り口は無い。あ、見つけた。地下道だ。昇り口ばかり探して居たが、降り口の向こうが改札であった。
ようやく改札を出ておにぎりを買おうとコンビニを探す。塩尻駅で駅蕎麦を食べ朝飯にする予定が、食べ損ねたので山での昼飯用に用意したおにぎりをさっき列車の中で食べてしまったのだ。その分のおにぎりをここで調達しなくてはならない。塩尻駅の蕎麦屋は嘘か誠か日本で一番狭い蕎麦屋と言われる。行けなくて少し残念である。
改札を出た所にまた駅蕎麦がある。塩尻で蕎麦を食べ損ねた後、焦って昼用のおにぎりを食べたりせずここで蕎麦を食べればよかったのだ。
私は駅蕎麦が好きなのだ。高校の時の山行で乗り換え待ち時間を利用して夜12時頃食べた名古屋駅のきしめんの味と共に、下山後帰りの列車を待つ時間に松本駅で食べた駅蕎麦の味は、四十年以上たった今でも鮮やかに蘇って来る。
ややもすると目の前の駅蕎麦の店に入りたくなる気持ちを抑え隣の売店を覗く。ワインや上品に包装された地元名産品が並びどうもおにぎりという雰囲気では無い。さればとて、駅前に出てうろうろして見たが何処にもない。駅にそば屋が二軒もあるのに駅前通りの店の少なさはどうしたことだ。
やむなく先ほどの駅売店に引き返し、おにぎりでもパンでも良いが置いていないかと聞くと「おにぎりなら隣のそば屋さんにあります。」と笑顔と共に軽快で気持ちの良い返事。気持ちは良いが何だが馬鹿みたいだ。駅そば屋へ行き好きな蕎麦を頼まずおにぎりを購入。ここで蕎麦を買ってそれを持って登山という妄想が一瞬湧いたがそんなことは出来るはずもない。
さていよいよ入山だがタクシーを利用する。あわよくば他の登山者と相乗りで割り勘にしようという下心が有ったのだが、列車を降りた時も駅前のタクシー乗り場でも登山客らしいのは私一人で、割り勘の目論見は儚く消えた。そればかりかさっき三台ほど停まっていたタクシーがおにぎり騒動の間に皆消えてしまった。少し見回すとタクシーの配車営業所があったのでそこで待つ事にした。
やがて来たタクシーに乗り出発。運転手さんは気合いを入れてどんどん飛ばす。
「雪がまだ降らぬのにこの道はもうすぐ閉鎖になる、事故があったら責任とれんでこの頃何でも止めたがる。」
と運転手さんのなかなか正論というべきぼやきを聞いているとあっという間に登山口の観音平に到着。
駐車場には何台か車が止めてあり、入山者の居ることは分かるが決して多いとはいえない。何はともあれ、靴紐を締め直し10時14分いよいよ八ヶ岳完全縦走へ向け最初の一歩を歩み出す。
樹間の気持ちの良い道を登る。登山道としてはとても良く整備されている。車道に喩えれば三車線道路の様だ。そこここから鳥の声が聞こえて来る。何の鳥だか全く分からない。
百鳥競いて啼き 風樹間を過ぎる
網笠山は地図で見ても等高線が綺麗に同心円をなし富士山と同じくコニーデ火山と分かる。それだけに容赦なく登りばかりが続く。
登る登る 足音ばかりで 登る登る
短歌に作り替えて
登る登る 足音のみぞ 聞こえ来る
額に汗し 登りて登る
歩いているすぐ前から鳥が飛び出す。前方にさっと飛びすぐ身を隠す。少し歩くと又飛び立ち前方の樹間に身を隠す。羽ばたいた瞬間に美しい青色が見える。オオルリだろうか。今度は下の方から飛び立つ。どうしたものか深い樹間より道の近くが好きなのだと見える。
山道を 飛びてオオルリ 案内(あない)する。
比較的明るく潤いのある樹間なので登りは急だがそう苦しさは感じない。しかし美しいコニーデ火山の常として登るほどに傾斜がきつくなって来た。休憩時に頂上までの残り時間を計算する。ここまで歩いて来た時間と地図のコースタイムとの比較から残り時間を予想するのだ。歩いて時間を消費すると、残り時間は刻々と減っていく。苦しい登りの中でのささやかな楽しみである。歩き出してもこの計算は続く。登りがきついのではぁはぁ言いながら頭の中では時間の暗算が駆け巡る。かなり残り時間を減らした辺りで、休憩している人に話しかけられた。
「あと上までどれくらいですかね。」
「あと、10分か20分じゃないですかね。」と答える。
「えっそんなくらいでいけますか。」聞き返されて少し自信が揺らいだ。
「のんびり登っても30分くらいでしょう。」
10分水増ししてしまった。さてそのまま登ると傾斜はますます急になって来たが、10分たっても20分たっても頂上らしき気配がない。水増しした30分がたっても樹間の中だ。ここで気がついた。さっきの計算が大きく間違っている事を。後10分20分ではない、40分から50分と答えるべきだったのだ。さっきの人に悪い事をした。淡い期待を抱かせて、まだかまだかといらざる苦しみを与えてしまった。編笠山の頂上で休憩している間に再び会えれば謝らなくてはならない。
一時間十分歩き続けて漸く編笠山の頂上にたどり着いた。最初の山から少しへばり気味だ。とはいえ360度の眺望に次への意欲がかき立てられる。駅蕎麦屋で仕入れたおにぎりを食べ出発。結局さっきの人には出会わず謝らずじまいとなった。
真っ直ぐな道を一気に下りガラガラの岩をぴょんぴょん跳んで青年小屋まで来た。不思議な名前の小屋だが入り口に赤い提灯が掛かっており、曰く「遠い飲み屋」。なるほど大汗かいた揚げ句たどり着いたこの場所で飲めば五臓六腑に染み渡るに違いない。見知らぬ人同士であれみんな同じ道をはぁはぁ言いながら歩いて来たのだから会話も弾むだろう。今日はキレット小屋まで行く予定だがここで泊まるのも悪くは無いと一瞬誘惑に心がなびいたが、振り切って出発。
風が出て来て寒いのだが、ここから権現岳まで長い登りが続くのと樹林帯の中へ入るので風が遮られると考え薄着の儘で進む事にした。木々の間から青い空が見え隠れする。明るい林間の気持ち良い登りが続く。程なくノロシバに着く。地図にはカタカナで表記して有ったがノロシバは狼煙場に違いない。狼煙とは古来多くの民族が用いて来た煙を上げることによる通信手段である。
誰が何の為にここで狼煙を上げたのだろうと想像は広がる。江戸時代の米相場かはたまた戦国時代の敵情報告や味方への指示などか。この狼煙で大阪の米相場をいち早く知り大もうけした商人が居るかも知れない。また戦国時代に狼煙場を作らせその情報を元に軍略を練ったのは武田信玄かも知れぬ等と空に上がった合図の煙を思い浮かべながら想像も舞い上がる。
振り返って眺めると編笠山の伏せた笠のてっぺんから一本の真っ直ぐな線が引かれている。先ほど青年小屋へと下った道だ。歩いていてもまっすぐ一気に下った印象だったが、改めて道を見ると本当に直線である。編笠山が綺麗に左右対称であるために、この道を一本の線と見立ててそこを中心に左右に折ればぴったりと重なるかに思える。
編笠の 伏せたる笠に 真一文字
我の下れる 道が見えたり
権現岳へは一登りだ。今日の行程の最後の登りなので体力を惜しむ必要も無い。ギボシというピークの横を巻き権現岳はすぐ目の前の筈だがどこが頂上だかはっきり分からない。道も三叉路になり少しうろうろした揚げ句、岩を登って権現岳頂上の標柱を発見。岩ばかりで平地はなく柱を土に打ち込む事も儘ならず岩の隙間に無理矢理立てたという標柱だ。岩にへばりついたその標柱だけカメラに納めて、何だか物足りない気分の儘出発。本日最後の山なのにどうも頂上に立った実感が湧かない。欲求不満の解消に少し戻りさっき横を巻いたギボシに登る。細い尾根の上のこれまた細い踏み跡を辿るとすぐに登頂。真っ正面に八ヶ岳の主峰赤岳を望む眺望のよいピークだ。登って良かった。
明日登る赤岳をしっかり目に焼き付け三叉路に戻る。ここからは下るだけで今日泊まるキレット小屋に着く。この小屋の営業は明日までで、以後春まで長い休みに入る。時間は2時40分。キレット小屋には3時半頃到着だなと皮算用をしながら下りに掛かると、キレット方面から登って来た人と出会う。年の頃なら三十前ぐらいだろうか。優しそうな目をした単独行の青年だ。
曰わく
「今夜から雪が降るそうです。」
山で出会った人は、見知らぬ者同士でも単なる行きずりではなく重要な情報は伝え合うものだ。雪とは重大情報である。十月十日の八ヶ岳だ。そろそろ雪が降ってもおかしくは無い。しかしこの情報、知って居ると知らないとで命の行方を分ける事もある。雪が降ってもおかしくないと考えて入山したならそれなりの装備や経験があるだろう。でも都会のようやく暑さが和らいだ感覚と山は町より涼しいだろう位の気持ちで入山したなら大変なことになる可能性がある。
彼は赤岳頂上山荘で今夜は雪という話を聞いたのだという。今日は私と同じキレット小屋に泊まり翌日小淵沢へ下山の予定だったと言う。今日私が来たのと逆のコースだ。雪が降ると特に岩場など危険で、安全に下山するには雪が融けてから動く必要がある、と言われたのだそうだ。しかし彼は明後日は仕事なので気温が上がるのを待っての行動では間に合わないかも知れない。小屋の人と相談の上、今日はキレット小屋泊まりではなくキレット小屋を通り過ぎ岩場を越えた安全な所まで歩く事にしたのだとか。「遠い飲み屋」青年小屋辺りまで行けば後は岩場も無く、翌日中に安全に小淵沢につけるという算段だろう。赤岳頂上小屋とキレット小屋は同系列の小屋なので頂上小屋の人がキレット小屋の宿泊予約の取り消し連絡も入れてくれたと言う。ここらは流石に山小屋だ。安全な山行優先で儲けなどは二の次となる。
感心している場合ではない。この兄ちゃんは今夜は遠い飲み屋で一杯やって、あとは雪を見ながらのんびり下山で目出度し目出度しだが、私は明日が岩場だらけの行程となる。雪の危険は彼よりもむしろ私に降り掛かってくるのだ。彼はアイゼンなどの装備も持って来て無いんですと言うが自慢じゃ無いがそこは私も同じだ。去年やはりこの時期に奥穂へ登った時に北側の岩場に氷がついていて慎重に登った記憶がよみがえり少し背筋が寒い。
兄ちゃんと別れてキレット小屋へと下る。長い長い梯子がある。傾斜が緩くてかえって下りにくい。旭岳・ツルネを過ぎて午後3時31分キレット小屋に着いた。
荷をおろし小屋の前に腰を下ろした。若い女の子が小屋の兄ちゃんに水場はどこかと聞いている。水場の位置は矢印で示してあるが少し行っても分からないとの事。
「矢印の通りに行けばあるはずです。」
という返事だけで兄ちゃんはすぐ中へひっこんでしまった。矢印に従っても分からないと言うのに矢印の通り行けばいいとは何とも素っ気無い返事だが、声のトーンもとても素っ気無い。『一々聞きに来ずに自分で探せよ』という感じがひしひしと伝わって来る。街場のショップ店員ならこの態度は失格もいい所だが、山では自力で動くが大原則、兄ちゃんの態度にも一理ある。実は山でこういう少し偏屈なオヤジに会うのも楽しみの一つなのだ。まだオヤジに成りきっていない兄ちゃんだが遠からず立派な山の偏屈オヤジとして成長してくれるだろう。
小屋前で一服しながら件の女の子達と話し始める。女の子二人に男一人の三人パーティーで三人とも同じ大学でテントを担いで縦走しているのだという。テント泊と聞くと私は無条件に尊敬してしまう所がある。単独行をするようになってテントを担がず山を歩く事を覚え、その楽さにどっぷり浸かってしまいもうテント一式などとても担ぐ気力を無くしてしまったからだ。
「テント泊ってすごいなぁ、若いけど結構いろんな山に登ったん?」
「うーん雲取山に登ってこれで二回目。」
えっと驚いたのを察したのか唯一の男性が
「ぼくは北穂高にも登りました。」
という。北穂高まで行きながら槍も奥穂も登っていない所を見ると先ほどテントと聞き尊敬してしまったがそれ程でも無さそうだ。
「おじさんはどんな山登ったの?」
「日本の三千メートル峰は全部登ったよ。」
「日本の三千メートル峰っていくつあるの?・・・富士山と北穂高岳と雲取山と、他にもあるの?」これには同行の兄ちゃんも少し焦ったと見えて、すぐさま
「雲取山は三千メートルいって無い、二千ちょっとだよ。」
と口を挟む。いずれにしてもこれは尊敬どころか結構な初心者で、今にも雪が降ろうかという八ヶ岳に来るのは多少心配でもある。
「あのね。日本には三千メートル峰ってのは21あるんやわ、・・・」と話していると
「おじさんて大阪の人?」
と聞かれた。その通り生まれは確かに大阪だ。大阪を離れて長いのだがどういうものか気を抜いていると自然と大阪のイントネーションになってしまう。
「へーそうなんだー、やっぱり大阪の人なんだ。」
何だか今テレビで活躍しているローラを彷彿とさせる喋り方だ。
キレット小屋への下り始めに出会った単独行の兄ちゃんは心配しすぎの気もあったが、この娘は雪であろうが荷物の重さであろうが何も怖れてはいない。若いとはかくも眩しく素晴らしいものなのか。
さてひとしきり話した後で小屋へ入り宿泊の手続きをする。どうも今日は無愛想な兄ちゃん一人がこの小屋の仕事総てを取り仕切ってしているようだ。私に対しては無愛想という感じでは無いが話しているとシャイな気質は伝わって来る。宿の主人一人客一人というのも多少気まずい物だ。
気になる明日の天気、雪は降るのか聞いて見たが
「うーん、それがわかれば私はこんな所に居ませんよ。」
との返事。なかなか商売っ気が無いと言うか正直と言うか、いかにも山の男の一典型である。
それでも翌朝出発までの間に山岳天気の情報が入る度に教えてくれたので、先のやり取りを気にしてくれていたのだろう。
夕食時に「ビールはどうしますか。」とこの兄ちゃん唯一、商売っ気らしい言葉を吐いた。でもたぶんこの兄ちゃん自身が飲みたかったのだと思う。寡黙な山男がアルコールが入ると人なつっこい話し好きになるなんてことはよくある話だ。私も飲みたいのは山々なのだけど、私には入山初日には飲まないというルールがある。誰が決めた訳でもなく自分でことさらに決心した訳でも無いのだがいつの間にか何と無くそうなって居るのだ。そこでせっかくの兄ちゃんの勧めだがビールは断念した。兄ちゃんに悪い事をしたな。
この小屋には少し値段は高いが小さな個室もある。もっとも私は安い大部屋だ。でも今日は私一人しか泊まらないのだから大部屋が大きな個室になっている。荷物を広げて大丈夫。明日の朝身につける物を順番に並べたって大丈夫。次の日の朝暗い内にヘッドランプを点けて用意をするのも気兼ねなく出来る。少し得した気分。
赤岳へ
さて翌朝起きて外へ出て見ると雪とも霰ともつかぬものが降っている。地面にうっすら積もった程度なのでまだ降り始めなのだろう。今日の行程は八ヶ岳では最も岩場の多いルートだ。少し緊張が走る。朝食時に小屋の兄ちゃんに天狗岳まで行けば後は安全だろうか、と聞くと
「そうですね。天狗まで行けば後は危険な所はありません。」
との返事。その返事に背中を押されて5時20分出立。普通なら明るい時間だが厚い雪雲が垂れ込め仄暗い山道を登る。パシパシと音を立ててフードにのは霰だ。私のレインウェアはストームクルーザーと名付けられたモデルだ。早朝一人で雪の中を歩くにはとても心強い名前だ。
やがて雪は止んだが代わりに風が強くなる。樹林下を歩いているので体感としてはたいした事は無いが、耳に届く音として風の強さが伝わる。
樹林を抜けると風はまともに吹き付ける。西側の谷からの吹き上げだ。向きによっては呼吸が苦しい。歩いていると体が風に持って行かれそうになる。これほどの風なのにレインウェアのフードは飛ばされず頭をカバーしてくれている。私はフードの紐は締め付けずに緩くしているのになぜ飛ばされないのか不思議だがさすがにストームクルーザー、強風はお手のものなのだろう。
2504m峰を越える。頭上には黒い雲が厚く渦巻いているが、東側は晴れて朝日が差し込んでくる。そして間近に富士だ。
東方だけ遙かに見渡せるが、今から登る赤岳は黒雲の中だ。ここから岩場だ。高くて急ではあるが、これくらいの岩場を登るのには慣れている。が、風が強い。ふわっと吹き上げられてバランスを崩しそうになる。体を縮めてホールドを確認しながら登る。岩場では体を岩から離して登るのが常道だ。怖いからと岩にへばりついて登るよりはスタンスはがっしりと安定するという事は体に染みついている。でも今は岩に体をへばりつけるようにして登る。体を起こすと風にあおられてしまうのだ。
激烈な 風のなめ行く 岩場にて
吹き飛ばされじと 頭ひそめる
風は常に西から吹き付ける。登りのルートがほんの少し東によると途端に風は弱くなる。風が漸く弱まったかと思ってもまたルートを稜線の西側にとると激烈な風だ。そんなことを繰り返しながらも高度を稼ぎ、やがては完全にガスの中に入り7時3分赤岳登頂。大学生らしき5名パーティーに出会う。キレット小屋を出て初めて見る人だ。眺望も無く風もきついので少し下って午前7時6分、赤岳頂上小屋前にて休憩。ほんの2分ほど下るだけで風はまるで楽になる。
思えば八ヶ岳の主峰と言えばこの赤岳である。遠くから眺めつつ、あそこまで登るのかと思いながら次第に近づいて来る赤岳の偉容・・・なんてものは今回全くなかった。赤岳どころか眺望はほとんど利かず目の前の岩ばかりを見つめながら登っている内にガスの中で気がつけば頂上だった。あのでかい山に登るのか・・・ついに登ったぞという達成感には欠けるが、暴しい風の中慎重に岩場を登り頂上に達したという別の達成感がある。素晴らしい眺めと雄大な山容も魅力ではあるが、自然と言うものは時としてまったく別の顔を見せてくれる、これもまた素晴らしい山行である。
大縦走
夜が明けて来た。いやとっくにあけている筈だが厚い黒雲に辺りは薄暗い儘だったのが明るくなって来て漸く夜明けを実感出来た。出発すると尾根に出ても風は随分楽になった。吹いていない訳では無い。むしろ強風と言っても良い風だが先程の激烈な風に比べると可愛いものだ。立場川本谷からの吹き上げがきつかったのだろうが、赤岳西側稜線である御小屋尾根に吹き上げは遮られ、今吹いているのは天気図通りの普通の強風なのだろう。
地蔵の頭を越え、二十三夜峰・鉾岩・石尊峰・三叉峰と次々とピークを越える。これらを総称して横岳というらしい。しかしまだ眺望がよく利かないので、それぞれのピークの形や全体としての横岳の山容は分からない儘に歩いて来た。ここで一服し硫黄岳を目指す。
頭上に渦巻いていた黒雲だがだんだん薄く明るくなって来た。が今度はガスが垂れ込めて来た。あたり総ては白く霞み、目の前にある筈の硫黄岳がどの方向にあるのかさっぱり分からない。
踏み跡を頼りにどんどん登ると一面のガレ場になって来た。硫黄岳は広々とした大きな山でガスに捲かれ東西南北どこも同じように真っ白だ。青年小屋の手前のガレはピョンピョン跳んで降りなければいけないほど岩の間は隙間だらけだがここのガレはとても歩きやすい。どこでも登れそうである。しかしこの広い山頂部とどこでも歩き易い地面に白いガスという三つの組み合わせはとても危険だ。ルートを外れても分からなかったり白いガスの中をぐるぐると同じ所を回ったりするリングワンデリングに陥ったりする。以前織田祐二の映画で流行ったホワイトアウトに似ている。
慎重に慎重に足下に目をやり踏み跡を外さない様にする。ガレ場の岩の上に残る踏み跡を外さないなど至難の業だ。体より神経に疲れが来る。人が岩の上を歩いた僅かな踏み跡、それはほんの少し岩の他の部分より白く感じられるだけだが、それをたどるのに疲れて立ち止まり大きく息をつく。360度どこも真っ白だ。この方向が頂上だろうと見当をつけ何か目印は無いかと目を凝らして居ると上の方にうっすらと三角の影が見えた。ケルンかも知れない。ケルンならルートは間違っていない。しかしその姿はすぐにすうーっとガスの中に消えてしまった。目を凝らしじっと見つめる。また仄かに三角の大きな影が見えてきた。確かにケルンだ。少し大きすぎないだろうか。でもこの際信じるしかない。ケルンと信じその方向へ進めばいい。そこからはまた仄かな踏み跡を探し探し行こう。
進むべき方向がはっきりしたので疲れた足も些か元気になって来た。三角の影はやがてはっきりとケルンとしての姿を現し近づくにつれどんどん大きくなって来た。巨大なケルンだ。3mいや4mはありそうだ。
さてここからはどちらへ進めばよいだろうと上の方を見回して見るとまたうっすらと三角の影が見える。間違いない、ケルンだ。そのケルンまで歩くとまた次のケルンがうっすらと見える。これはまた何と絶妙の間隔でケルンを建てたものだ。次々とケルンに導かれ7つ目のケルンを過ぎて頂上にたどり着いた。頂上はガスがうすく北西側はガスも切れて向かいの山が見える。そして何組かが休憩をとっている。さっきまで一人でルートを外すまいと必死になって居たのが嘘のように平和な光景だ。平和ではあるがまだ少々風が寒いので少し下って休憩とする。8時57分、小屋を出て3時間半だ。
硫黄岳の南側は濃いガスに巻かれて居たが、北側はガスが薄く北東は時折ガスが消え爆裂火口の硫黄にただれた凄惨な地肌がはっきりと見える。今日一日ここまで雲やらガスやら風やらばかりを相手にした来たが久々に見る景観だ。ルートが稜線のやや右側に寄った時に火口が見えるので右側を見ながら歩くことにする。その時、ルート脇の斜面の枯れた草地の中でガサッと音がした。何か動物が居るに違いない。オコジョだと嬉しいがもう少し大きい音だ。頭の中でヤマネかイタチを想像しながら草地を見回して見た。簡単に見つけた。日が当たり枯れ草がベッドの様になっているその場所は私のいる所からほんの5m程の距離だ。黒っぽい体に猫のようなしっぽを持ちこっちをじっと見ている。体は猫よりは大きく鼻筋がはっきり白い。この鼻筋は間違いない、ハクビシンだ。草むらの中に居れば見つからないものを少し晴れ間が出て来たのに誘われて草のベッドの上で日向ぼっこをして束の間の幸せを貪って居たのだろう。じっとこちらを見て居るが逃げる素振りはない。しっぽをゆったりと動かして、昼寝の邪魔をするな、はやくあっちへ行けと言いたげである。暫く見つめ合っていたが逃げて行かない。あまりの警戒心の無さにちょいと悪戯心をくすぐられて私が草むらの中に入った時の反応を見てみたくなった。
そこで登山道から一歩草むらへと足を踏み入れて見た。ハクビシンはこっちをじろりと見てのろのろと歩いて草の中へ隠れてしまった。
ところで八ヶ岳にハクビシンなど生息するものなのだろうか。人の残飯を狙う小動物を追い標高2700mまで生息域を広げて来たのだろうか。いやそれ以前にハクビシンって日本の野生動物だったっけ?と首を拈りながら歩を進める。右に見える爆裂火口は迫力有る光景だが、もう雪や岩の様な危険はない。のんびりした気持ちでしかし足取りは速く歩く。何しろ今日の行程は長い。地図上のコースタイムでは13時間かかるのだ。
夏沢峠まで一気に標高差300mを下る。こんなに下るのは少々もったいないが登り下りは縦走登山の宿命だ。峠に下り着いた時にはガスも消えきれいに青空が広がっている。20名くらいのツアー登山グループが休んでいる。なかなかの大世帯だが参加者の多くは60歳台くらいに見える。キレット小屋を出て二時間の赤岳までは誰にも出会わなかったが、赤岳・硫黄岳と山を越える度に人が増えて行く。
峠からはシラビソの疎林となり青い空も近く気持ちのいい登り道だ。眺望の良く利く尾根道も良いが樹間の道もまたよいものだ。ナナカマドの紅葉があり足下にはコケモモが赤い実をつけている。
十時五分箕冠山に到着、昼食をとり出発。
天狗を越えると更に光景は平和なものとなる。シラビソの林のそこここに岩があり庭に配した石組の様だ。風も無く低い林の上には澄んだ青色の空が広がる。この長閑な光景はどこかで見た事がある、と考えてみたら思い出した。ピラタス蓼科ロープウェーで登り散策した坪庭に似ている。似ている筈だ坪庭もここも北八ヶ岳として一つに括られるエリアだ。
中山から下りに掛かる。ゴロゴロした岩と岩の間に道がある。道を歩かず岩の上をひょいひょいと歩く。こういう歩き方を私は勝手にトップ歩きと名付けて居る。岩のトップの部分から次の岩のトップの部分へと移り岩の下にある地面には降りない歩き方だ。岩が濡れていたり靴の底に泥がついていたりすると少し危ないが、体力の温存に役に立つ。
この歩き方は道沿いにある岩の尾根部分をつたって歩くのでバランス感覚と靴底への信頼が必要だ。信頼と言っても「靴底ちゃんどうか滑らないでおくれ」等という根拠の無いものでは駄目で、経験に基づいたこの石なら大丈夫という確信が必要だ。ひょっとして滑るかなという思いが有ればその石は踏まないのだ。
体力温存などと考え出すと疲れて来た証拠だ。高見石小屋から丸山へのほんの少しの登りでも息が荒くなる。林間の歩きやすい道であるにも関わらずだ。
思えばキレット小屋を発った時には霰が降っていた。岩やら風やらガスやらの後に北八ヶ岳の平和な山域を青空を戴いて歩くのは至福の至りである。至福の至りであるが緊張感は解けてしまう。緊張している間は疲れなど感じないのだがリラックスすると急に疲労が押し寄せてくる。
今日は幾つの山に登ったろう。赤岳・横岳・硫黄岳・天狗岳・箕冠山・中山に丸山と主な山だけで六座だ。鉾岳や三叉峰・根石岳などを省いてもだ。これで終わりでは無い。まだこれから麦草の峠まで下りそこから再び登って茶臼山。更に下って登って縞枯山と来たもんだ。
今から向かうのは麦草峠だ。今日の行程中に峠は夏沢峠・中山峠今から向かう麦草峠最後に雨池峠と四つある。峠というのはなかなかに曲者だ。峠の字はよく出来ていて山の上下と書く。今日の様に縦走していると長く続く山道の一番下の部分が「とうげ」で、山の向こうの村へ行こうという里人にとっては山道の一番上の部分が「とうげ」である。
里人が山向こうの村へ行く道をつけるとすると山を眺めて一番低くなった部分に向かって道をつける。そこは縦走をしている者にとっては山の最も低い部分そしてこれからまた行く山への大きな登りの待っている場所なのだ。コルと峠は同じものかも知れないが◯◯コルという名は昔から峠と言い習わされて来た場所以外の鞍部につけられた名なので、昔からの里人に認識されていた峠より鞍部としては小規模だといえる。一般に山を縦走して居るとコルを越えての登りもきついが峠からの登りはもっときついのだ。
麦草峠は明るく広い峠だ。が車線のある立派な道路が通っていて時折車が気持ち良さそうに通り過ぎていく。この道路を渡った後ふた山登るのだ。アスファルトに一歩踏み出す前にしばし立ち止まる。目の前にバス停がある。ここでバスに乗ればもう何も苦しいことはない。この誘惑が先程からの疲労感に拍車をかける。
山に登り、登って来た所に道路があると何だかここまでの一歩一歩の苦労してきた価値が一気に暴落する気がする。
何とかモチベーションを立て直し道路を渡り大石峠へ向かう。木道がある。観光客の散策用だろうか、とても歩きやすいのでぐんぐんスピードが上がる。登りの筋肉はバテバテで下りの筋肉はヘロヘロなのに平坦地を歩く筋肉はようやくの出番に絶好調だ。
疲れといっても筋肉の疲れと心肺の疲れは違う。心肺が疲れると登りだろうが下りだろうが関係なく苦しいのだが筋肉の疲れでは疲れていない部位は元気に働く。これだけスピードに乗って快調に歩けると言うことは疲れて居るようでも心肺はまだ余力を持って居るという証拠だろう。
左後方の少し遠くから車の音が聞こえる。何の苦労も無しに車で来やがって、と恨み言の一つも言いたくなる。恨まれた方はいい迷惑だ。これは逆恨みですらない。まったくトンチンカンな方向から飛んで来た無関係な恨みである。
さて徐々に道は登りにかかるが平地の筋肉の頑張りに刺激を受け、登りの筋肉も頑張っている。頭の中で演歌が流れる。「たとえーどんなに離れていても、おまえが俺には最後の女・・・」山道を歩いている時に頭の中に流れるメロディーは普段気にもしていないメロディーである事が多い。題名も分からない。歌詞だって合ってるかどうか知れたものではない。歌詞をちょいと作り替えてみる。
「たとえーどんなに疲れていーてーもー、おまえが今日の最後のピーク」
ちなみにこの後のメロディーは知らないのでこのフレーズばかりが頭の中で何度も繰り返される。今日の残りのピークはあと二つあるのだが、そんなことお構いなしに「おまえが今日の最後のピーク」の繰り返しである。
茶臼山では休まずそのまま下りに掛かる。真っ直ぐな下り道を下りきった勢いで登りきり展望台で本日最後の休息。長かった今日の行程もあとワンピッチでハッピーエンドだ。雪や霰から始まった大縦走も大団円を迎えようとしている。
出発して十分も立たないうちに本日最後のピーク縞枯山に登頂。あとは下って山小屋でのんびりだ。真っ直ぐな下り道。編笠山といいどうも真っ直ぐな下り道が多い。リズムが掴めずなかなか下りにくい。ぼやきながらも20分程で下り切って雨池峠だ。ここからはもう僅か、しかもこのエリアはピラタスロープウェーの観光客がサンダルやヒール履きで歩く道なので歩きやすいこと甚だしい。のんびり景色を見ながら行こうと思う間もなく縞枯山荘に到着。午後4時22分であった。
女の神へ
午前6時10分縞枯山荘を出立。昨日より小一時間も遅い。昨日は大縦走に向けて少しでも早くとの思いがあったが、今日はここから北横に登り蓼科山に登りあとは下山なので喜楽に構えて居る。
小屋の前から歩きやすい木道が続く。いや?歩きやすい筈なのだがとても滑る。表面が凍っているのだ。いつもの様に力を入れてぐいぐいと歩く事が出来ない。そろそろと歩を進めなくてはこけてしまう。今日は楽だ等と舐めて居るから早速山の神にしっぺ返しを食らった。今日登る蓼科山はその美しい佇まいから「女の神」と呼ばれる。女の神ならご機嫌を損ねるような真似は止めた方が良さそうだ。
慎重に歩いていたがあっという間に坪庭に出た。低い針葉樹の木姿をバックに低い岩が美しくこのエリア全体が広大な盆栽のようだ。ロープウェイを利用し慰安旅行や家族旅行で来た場所だがその時の賑わいとはうって変わり誰も居ない。この広大な庭を一人締めである。朝の光が真横から差し立体感が迫り来る景観だ。真っ青な空をバックにこの立体感あふれる景観の一人締め、贅沢の極みである。
やがて坪庭を抜け北横への登りに掛かる。樹林下の道である。登りきって北横の頂上に到着したと思ったが、それは南峰でそこからひと歩きし本物の頂上に到着。7時丁度だ。
しばし澄んだ大気と朝の斜光線を纏った山々を眺め最後に目の前の美しい蓼科山を見つめ下りにかかる。シラビソに様々な広葉樹の混じる豊かな樹林帯に入る。時折横から朝日が差し込む。厚い苔に陽光があたりそこだけ白く光っている。まだ霜の溶け残っている森の中は総てが湿っている。それは生けとし生ける者への命の育みである。
気持ちの良い森の中の下り道、いつまでもこの道を歩いていたいような気がする。
時折カラカラと乾いた音を立て白茶色い枯れ葉が落ちて来る。またカラカラと音がしてくるくると回りながら落ちて来る。迫り来る冬に向けて次々とカラカラあるいはカタカタと音を立てて乾いた葉がくるくる回りながら降って来る。じっと見ているとどこかでこんな精霊を見たことがあるという気がする。もののけ姫の森に住むコダマという精霊だ。
カラカラと音を立てくるくる回りながら降って来るあれは山の精霊なのかと問われれば「そうだ」と答えてしまいそうだ。
コダマとは木の魂であるが、山では馴染みのヤッホーと呼べば反って来るのもコダマだ。こちらは谺という漢字を当てるが木魂や木霊と古来同じものであったかも知れない。朝からただ一人山の中を歩いていると山の霊とも随分仲良くなれた気もする。
右や左に苔むした大きな倒木を見ながら進む。やがて木々の向こう随分前方が明るく見えそれがだんだん近づいて来る。林を抜けるとそこは亀甲池だ。広く明るい所に出たのが嬉しくもあり森を出るのが名残惜しくもある。
池畔に座り空と池を見ながら20分も時間をつぶした。ここは四方を緑の斜面に囲まれ頭上は青く抜けている。八ヶ岳完全縦走もここまで来ればもう達成した様なものだと少し気も緩んでいる。
さて出発。歩きやすい平坦な道をぐんぐんスピードに乗せて歩く。
天祥寺原の分岐を右にとればいよいよ最後の山、女の神蓼科山の登りに掛かる筈だ。ところがなかなか分岐に行き当たらない。平坦な一本道をぐんぐん進むばかりだ。おかしい、もう亀甲池を出発して35分になる。地図のコースタイムでは35分で分岐に就く筈なのだ。私の場合地図のコースタイムの六割くらいの時間で歩くのが普通だ。35分で着かないというのはとても怪しい。でも一本道で間違う筈も無い道だもう少し行ってみよう。50分たって着かなければ引き返そう。そして歩き出すが不思議なもので急に疲れを感じて来た。人間自分の意思の通りに進んでいる時は多少つらくても疲れなど感じないものだが、行き先が不透明になると覿面本来の疲れが吹き出して来た。
50分歩いた。でも分岐はない。仕方が無い引き返そう。どこかに有る筈の分岐の表示を見逃すまいときょろきょろしながらも更にスピードアップして歩く。さっき来た道をもう一度戻るのは無駄の極みだ。このまま歩き続けると亀甲池まで戻ってしまいそうだ。そうなるともう一度この道を最初から歩き直しとなる。目の前は真っ暗な気分で20分以上戻った時に見つけた。分かり易い分岐の標識だ。向こうから来た時には水流を渡る事に気がとられ見落としてしまったのだ。亀甲池で気を抜いてもう着いたも同然などと少し舐めた気持ちを抱いたのがいけなかった。それにしても女神様はなかなか手厳しい。
一服して蓼科山の登りに掛かる。先ほど出た疲れがまだとれない上に結構登りがきつい。そうだ、富士山であれ一昨日登った編笠山であれ優雅に裾野を広げた美しい山は登れば登るほどえらくなるのだ。
沢に転がる石はどれも丸い。これはまだまだ頂上には遠く登りは続くという事を示している。上を見上げると青空が木の上に見える、これも峠や頂上がまだまだ遠い証だ。じっと耐えて登り続けようやく青い空が木の上では無く幹と幹の間から覗いた。尾根は近いのだ。
尾根に出て最後の登りにかかる。更に傾斜はきつくなりガラガラの岩ばかりの道になって来た。遠目に見た蓼科山の美しい姿とはかけ離れた荒々しい光景だ。もっとも私は今日何度も女の神様に手厳しくやっつけられては居るが。
ようやく登頂。道を間違えたのが響き予定のコースタイムより少し遅れた。山頂はだだっ広く岩だらけで何処が頂上だか判然としない。広い頂上部のあちらこちらに登山者がいる。中には運動靴と軽装で来た観光客らしき姿も見られる。女の神様をなめたらあかんでと一声かけたくなる。
後はビールだ
昼食の後に広い山頂を歩き回ったので35分も時間を取ってしまった。道を誤り頂上到着時刻は予定より遅れてしまった上に頂上でのんびりして遅れは更に大きくなった。でも良いのだ。後はビーナスラインまで下るだけ。そして今日泊まるホテルまで歩くだけだ。蓼科山から一気に下ること二時間でビーナスラインのその名も女神茶屋と云う所に出る。実際には茶屋など無いらしいがどうして茶屋と名が付いたのだろうか。いやいや茶屋の方はどうでもいい。女神と名が付くのだから後は下りだけ等と軽々しく考えずに行こう。
まずは大下りの前の行事、靴紐をぎちぎちに閉めリュックの胸紐も締める。普段私はリュックは腰紐だけで胸紐は締めないのだが下りと岩場・沢歩きの時にはきっちりと閉めることにしている。そして手袋だ。手袋も登りでは岩場くらいでしか使わないが、下りでは躓いて手をつくことも有るので少々暑い日でもはめることにしている。。
下り始めると道はガラガラの岩の上で、どの岩の上でも歩けそうな上に踏み跡がわかりにくいので慎重にルートを選ぶ。いつもなら、こんな所どこでも歩けるやーいと勝手気儘に歩く所を自重してルートを確認しながら下る。
ガレ場を抜けると樹林帯に入る。急で歩きにくい。道は真っ直ぐ下に向かいつけられていてけっこう先まで見える。先と言えば先だが下と言えば下といった傾斜だ。スキーなら上級者斜面といった所だろう。昨日の縞枯からの下りもこのように真っ直ぐだった。その前の日の編笠からの下りも真っ直ぐで急だった。これは偶然ではあるまい、わざと真っ直ぐ道をつけて居るのだ。本来山道は九十九折れ等と言ってくねくねと曲がり曲がりつけるものだ。信玄公は軍略の為棒道という直線的な道をつけた事で知られて居る。この八ヶ岳界隈は信玄公の本拠である甲斐の国と最愛とも云われる側室諏訪姫の生来の領地との間に位置するので、この道も信玄公の命によってつけられたのかも知れない。あるいは信玄公の遺訓宜しく道は真っ直ぐにつけるべしというお国柄によるものだろうか。いずれにしても下りにくいこと甚だしい。
2113m峰で休憩。信濃方面の見晴らしが良く、見張りを置き狼煙を挙げるには最適の地だなと考える。まだどうも歴史モードに入ったままだ。でも取り敢えずここからビーナスラインまで最後のワンピッチだ。
相変わらず急で真っ直ぐな下りだ。大きな岩の間を跳び降り太い木の根から跳び降り、歩いて居るんだか跳び降りて居るんだか分からない。体は疲れてどんよりと重たいが、後はビール後はビールと言い聞かせながら下る。山行の最後の日のこれまた最後のワンピッチはいつもこれだ。実際に飲む瞬間もさることながら、頭の中でビールコールをしている時も結構幸せなものだ。
傾斜が緩くなりほぼ平坦になったところで熊笹の中の道になる。平坦で歩きやすい筈だが熊笹の道は足下が見にくく木の根や岩に足を取られることがあるので少しだけ慎重に歩く。まぁ足をとられてこけたってたかが知れている。
時折の車の音を確かに聞きつけ猶も歩くと突然空が広くなり道路に出た。女神茶屋だ。
八ヶ岳連峰の南の端編笠山に始まり、連峰核心部の赤岳・横岳・硫黄岳を抜け、北八ヶ岳の平和な山々を過ぎ最後に蓼科山を登り降り、ここに八ヶ岳完全縦走二泊三日の旅は完結した。時に午後1時14分。
観光客らしい老夫婦と少し話をしてから宿へ向けて歩き出す。少し登り信濃自然遊歩道へ出る。遊歩道だ。あの真っ直ぐで急な下り道ではなく遊歩道なのだ。
八ヶ岳連峰が間近に見える。迫力のある景観だ。明るく眩しい光の中で青空の下をあれが赤岳、あれが天狗岳と自分が登った山一つ一つを確認しつつ歩く。充実した達成感だ。
さて後は滝の湯という宿へ入り、露天につかりビールを飲む、こんな幸せを味わっていいのだろうか、いやいや頑張って歩いたご褒美だ、女の神様も許してくれるだろう。
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