北八ヶ岳の池を巡り八ヶ岳の縦走路へ☆北横岳〜双子池〜赤岳〜御小屋尾根


- GPS
- 16:09
- 距離
- 38.3km
- 登り
- 2,796m
- 下り
- 3,393m
コースタイム
- 山行
- 6:31
- 休憩
- 0:35
- 合計
- 7:06
- 山行
- 7:36
- 休憩
- 3:02
- 合計
- 10:38
天候 | 【一日目】晴れときどき曇り 【二日目】晴れときどき曇り |
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過去天気図(気象庁) | 2022年07月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車 バス
舟山十字路〜樅ノ木荘はご一緒した登山者が送って下さる 樅ノ木荘〜小さな絵本美術館は徒歩で移動 小さな絵本美術館前14時54分発のバスで茅野駅に |
コース状況/ 危険箇所等 |
一般登山道 |
その他周辺情報 | 樅の木荘 http://www.lcv.ne.jp/~mominoki/ 入浴は\650 |
予約できる山小屋 |
黒百合ヒュッテ
|
写真
感想
異常気象ともいえる異例の早い梅雨明けのせいで連日暑日々が続く。この週末に東京近郊にある実家に行く予定があるので信州に寄り道することにする。山行を計画した時点では天気予報はそれほど良くはなかったのだが、天気がさほど良くなくても森歩きを十分に楽しめるところ、と考えると真っ先に頭に浮かぶのは北八ヶ岳だった。
金曜日に休みを取得することが出来たので黒百合ヒュッテに電話をすると、改装中で宿泊者を大幅に制限しているとのことではあったか予約をとることが出来る。ここは一昨年の厳冬期に天狗岳を訪れた際、渋の湯から黒百合ヒュッテまで、小屋のご主人と一緒になり「いつか泊まりに来ます」と約束したのであった。電話を受けた若い女性からは「16時には小屋に到着して下さいね」と念を押される。
夏山シーズンが始まる前の平日に八ヶ岳に向かうバスは極めて本数が限られる。関西方面から信州に移動すると名古屋駅からの始発のしなのに乗ると北八ヶ岳ロープウェイ行きのバスは10時20分のバスを待つことになる。しかし松本行きのバスに乗り、茅野まで移動すると朝一番のロープウェイ行きのバスに間に合うことが出来ることが判明する。9時過ぎにロープウェイの山頂駅を出発すれば、双子池、雨池、白駒池と北八ヶ岳の名だたる池を巡ってから黒百合ヒュッテに向かうだけの時間は十分にあるだろう。
【1日目】
京都駅からの夜行バスで松本のバスターミナルに到着すると、松本駅まで歩き、駅近くのコンビニでパンとおにぎりを調達する。松本駅の気温は23℃。この時間帯の京都の気温とは4〜5℃の差だが、この気温差は大きく、かなり涼しく感じられる。松本からの各駅停車はガラガラだったが、すぐに通勤や通学の乗客で車内は溢れることになる。
茅野の駅で荷物をコインロッカーに入れるとまず、バス停を確かめに行く。バス停には一人の女性が待っているのみだった。大行列の光景しか見たことがなかったのだが、平日の朝の便は滅多に登山者も乗らないのだろう。バスの出発時間まで時間があるので茅野の駅でそばを食べる。駅そばでも十分に美味しく感じられる。
バスに乗り込んだのは他には4名ばかり。他の乗客は途中で次々と下車し、ロープウェイ乗り場に、まで乗ったのは私1人のみとなる。バスの車窓から見上げる霧ヶ峰や蓼科山の上のほうは完全に雲の中だ。
ロープウェイ乗り場にバスが到着したのほ8時45分。気温はさらに低くなり温度計は17℃を表示している。始発のロープウェイには間に合わないが、次発の9時の便に乗ることになる。ここまで車で来た人達だろう、20名ほどがロープウェイに乗り込む。
山頂駅に到着すると雲の間から晴れ間が広がり、北横岳がすっきりと姿を表した。まずは北横岳を目指して、坪庭の広い溶岩台地を歩き始める。ここを訪れるのは22年ぶり、結婚直後に家内を伴って北横岳に登った時以来だ。
歩き始めると溶岩の間にはハイマツがマティーニを想起させる鋭角的な匂いを放っている。登山道脇にはすぐにも多くのシャクナゲの花が現れる。白く小さな可憐な花を多下さいつけているのはコケモモだろう。
坪庭というと京都の町家における主屋と離れの間に設けられた小さな庭のことを意味する名詞ではあるが、この北八ヶ岳における坪庭は山に囲まれていることに名称ヶ由来するのであろうが、その面積は38万平方メートルもあるらしい。
登山開始するにあたり大失態をしだかしたことに気がつく。スマホを充電のためのバッテリーはあるものの充電のためのコードを茅野駅のコインロッカーに預けた荷物の中に入れたままだったのだ。スマホを機内モードにしてバッテリーの消耗を少なくする他ない。
樹林帯に入ると急速に高度をあげてゆく。始発のロープウェイに乗って来られた数組の登山者達が歩いておられる。ロープウェイに乗っておられたのは22人だったそうだ。
北横岳ヒュッテは臨時休業とのことだった。小屋の前から道を降って本日最初の池、七つ池を訪れる。シラビソの森を抜けるとすぐにも小さな池が現れる。この池に寄り道する登山者は私の他にはいないようだ。静謐な池の雰囲気を独占する。
北横岳ではご夫婦と思しき男女のカップルとご一緒になる。山頂を辞し亀甲池を目指して、北斜面を下降する。しばらくは急下降が続くが、やがて北八ヶ岳らしい苔むした針葉樹の樹林となる。道が平坦になると多くの岩石が周囲に散乱する亀甲池に到着する。茶色の水を湛えた池は水が少なく、いまにも干上がりそうだ、
池の北側の笹原の中に入り双子池を目指す。緩やかに樹林帯を下ってゆくと、樹間になんとも美しいエメラルド・グリーンの水面が現れる。双子池の雌池だ。その池面の神秘的な緑色を目にすると、ここにわざわざ寄り道するために夜行バスに乗って来た甲斐があったと思うのだった。
池の美しいに見惚れながら池の畔を周回すると、一張りのテントがあった。双子池ヒュッテに到着すると、小屋の前には双子池のもう一方、雄池が広がっている。雄池は水がより碧く、透明感がある。ところで地図では水場のマークが記されているが水場は見当たらず、「登山者はミネラルウォータを買って下さい」と張り紙がある。先で給水出来る場所を探すことにする。
双子池ヒュッテを後にすると次の雨池を目指し、しばらくは林道歩きとなる。林道が大きく蛇行する箇所では林道をショートカットする道が地図には記されてはいるが、道は笹藪の中に埋もれている。
微かな踏み跡をたどって笹藪の中に突入するが突然、道は不明瞭となる。GPSを確認するとどうやらルートを外したらしい。道があると思しきあたりを目指して笹藪の中を漕ぐとすぐにも明瞭な道と合流することが出来る。再び林道との合流するが、やはりこのショートカットの道に入るのは躊躇われるような雰囲気だ。笹の藪漕ぎのせいで服には随所に白い粉がついていた。
林道を進むと道の右手の斜面こら水が流れ出している。苔の下から水が湧き出している箇所があったのでマグカップを差し込んでペットボトルを全て満たす。この水が実に美味しく、そしてその後の道中でも実に重宝することになるのだった。
林道からはすぐに雨池に向かう道が分岐する。今度は一面に笹原が広がる道を緩やかに登ってゆく。単調な景色が続くが、森の中に陽光が差し込むと笹が木洩れ陽を明るく反射する一方、陽が翳ると笹の緑色が浮き上がり、息づくかのように色彩の変化を見せてくれる樹林には飽きることはない。
雨池からはまっすぐに南下して白駒池に向かえば良いのだが、ここでハードルを上げる。雨池峠に向かい、縞枯山を経るルートを選択する。問題は黒百合ヒュッテには4時迄に到着して下さいといわれていることだ。この分で行けばギリギリ4時には到着出来るのではないかと甘い皮算用をする。
雨池峠に到着すると、ここはは広々とした笹原に針葉樹が点在し、メルヘン的な美しい光景が広がる。この美しい光景を堪能すべく坪庭の方に向かって歩いてらわわみる。峠に戻ると先程、北横岳の山頂でお遭いしたご夫婦が尾根を降りて来られるところだった。ミッ岳を経て尾根を振り返る縦走して来られたそうだ。景色は良さそうだが、岩稜の悪路が続き、疲労したとのことだった。
縞枯山の山頂は樹林に囲まれた地味なところだが、平坦な山頂台地を東に進むと岩場の好展望地があり、これから辿る茶臼岳とその彼方になだらかな中山が見える。黒百合ヒュッテはその向こうなので、まだまだ遠い。天狗岳より南のほうは雲がかかっている。
小さく登り返して茶臼岳に到着する。山頂西側の展望台から北に縞枯山、南に八ヶ岳の主稜線を眺めながら行動色で休憩をとる。次の麦草峠にかけては標高差はそれほどはないのだが、長く感じられた。
麦草峠は国道最高地点として知られるところであるが、標高が2000m以上あることに今更ながらに驚く。麦草ヒュッテも臨時休業しており、建物には人の気配がない。ヒュッテの前には草原状の園地が広がっているが、陽射しを遮るものがない箇所に出ると急に暑く感じられる。
ここから中山を越えて黒百合ヒュッテに向かえば良いのであるが、当初より白駒池からにゅうを経由して中山峠に向かうことにしていた。かの有名な白駒池を訪れたことがなかったこともあるが、白駒池を欠いてはこの日の池巡りに画竜点睛を欠くようなものに思われるのだった。すぐに白駒池に到着するものと思っていたが、これが意外にもなかなか到着しない。当然のことなのだが、道が平坦で歩きやすいほどコースタイムを短縮するのが難しくなる。
すぐ近くを国道が走ってはいるもののこのあたりはシラビソの大樹の樹林とその林床にはさまざまな苔が広がり、森の景色が美しい。白駒池はそれなりに人が訪れているようではあったが、それでも平日ということもあって人影も疎なほうなのだろう。
白駒荘では山荘の前に置かれたソフトクリームの模型を目にすると無性に欲しくなるが、残念ながら白駒荘も臨時休業とのことだった。山荘から少し進むと池を訪れたパーティーの男性がここの苔が見事だ・・・と感心しておられる。
池のほとりを半周してにゅうに向かう。すぐにも上から子供を背負った若い女性が降りて来られる。どうやら単独行のようだ。にゅうまで往復して来られたらしい。湿原に通りがかると今度は30名ほどの大パーティーとすれ違う。その後は途端に山中は静かな雰囲気となる。苔むす樹林の中を黙々と辿る。
白駒荘からにゅうまでは地図上では長いコースタイムが記されているが、登りがそれほどきつい訳でもない。尾根に乗るとすぐ左手に樹林から岩場が突き出したにゅうの山頂が現れる。にゅうとは変わった山名だ。一般的にはにゅうとは丹生と記され、水銀が採取される場所を示すことが多いがこの山名はその乳頭状の形状によるものに思われるが、実際はどうなのか知らない。
小さな山頂の周囲では石楠花が多く咲いていた。本来は好展望なのであろうが、周囲には雲が多く、辛うじて中山方面の稜瀬が見えるばかりだ。この山頂には先ほどの大パーティーは全員が同時に立つことは難しかったのではないだろうかと余計な心配をする。それよりも黒百合ヒュッテに16時に到着出来ないことを心配する必要がある。時間は既に15時半を過ぎている。
中山峠にかけてはシラビソの樹林の緩い登りが続く。中山峠近づくと尾根の展望地から天狗岳の双耳峰が雲の中からその端正な姿を表す。
黒百合ヒュッテに到着したのは16時を15分過ぎたところだったが、小屋の方も15分ほどの遅延は全く気にしていないようであった。16時を過ぎて到着すると小屋の大将から怒鳴られるというどこぞの有名な山小屋とは訳が違う。部屋への案内は16時半になるのでそれまで小屋の一階か外で待っていてくれという。
天気が良ければ天狗の庭まで登って夕陽を楽しもうかと思っていたが、生憎この日は西の空は雲が厚く、夕陽は望むべくもない。小屋の前では大人数のパーティーが酒盛りをされていた。虫も少なく快適なところだ。小屋前の温度計は18℃を示している。
驚くべきことに小屋の1FにはYAMAHAのアップライトのピアノがある。果たしてどんな音がするのか興味があったので、夕食の準備に入られるまでのわずかな時間に少しピアノを鳴らさせて頂いた。鍵盤のアクションはスムーズではなく弾きにくい鍵盤があったが時代物のYAMAHAならではの角の取れた良質の音がするように思われた。
夕食は私の他に二人の単独行者と相席になる。一人は男性、一人は女性であり、ヤマレコ・ユーザーのpantalionさんであった。お二人とも大変気さくな方で山談義に花が咲く。pantalionはピアノ音楽も造詣が深いようだ。先ほどの12名のパーティーの他には隣のテーブルにご夫婦と思しきカップルがいるばかりだった。
食後に単独行の男性の方が安倍総理が亡くなったと衝撃的なニュースを教えて下さる。どうやら元自衛官に銃撃されたらしく巷間では大変な騒ぎになっているらしい。
他の登山客達が階上の寝室に向かった後は一人で京都から持参した赤ワインで晩酌する。寝床に入るとすぐに眠りに落ち、朝までぐっすりと快眠を貪ることになる。
【二日目】
朝3時半に起き出してみると既に東の空が白み始めており、星が暁の空に消えてゆくところだった。一瞬、天ノ川が見えると思ったが、薄い雲の筋だった。まずは天狗の庭に向かう。朝の空を眺めながら登るには樹林のない天狗の庭を通る方が良い。最初はヘッデンをつけて歩くが樹林のない岩稜はすぐにも明るくなり、ライトは不要となる。
背後には雲の上から山頂を突き出す蓼科山が見えるようになる。東の空が紅色に染まっている。天狗岳に向かって高度が上がるにつれ、雲の中から北横岳や縞枯山も姿を現す。蓼科山の右手には浅間連山が見えるようになる。山々の上では筋雲も鮮紅色に染まり始めた。
中山峠からの尾根道と合流し、天狗岳の山頂に向かって歩き始めたところでご来光を迎えることになる。東の方角には雲海が広がっており、朝陽を浴びて朱色に染まる雲を眺めながら天狗岳の山頂を踏む。彼方では朝陽を浴びて白銀に輝く北アルプスが目に入る。前回訪れたのは二年前の厳冬期であり雲の切れ目に赤岳の山頂をわずかに垣間見ることが出来た程度であったのだが、この日は赤岳に至るまで八ヶ岳の主稜線をすっきりと見晴らすことが出来る。
まずは西天狗岳を往復する。天狗岳に戻ると、南の硫黄岳にかけての稜線に西側から雲がかかり始めたかと思うと、西側から八ヶ岳を越える風が湿っているせいなのだろう、瞬く間に稜線が雲に呑み込まれてゆく。
根石岳にかけて濃厚なガスの中へと降ってゆく。根石岳の山頂ではガスの上から天狗岳の双耳峰が辛うじて頭を突き出している。根石岳山荘を通過すると再びシラビソの樹林帯に入る。ここまで全く人と出遭うことなく朝の静かな稜線歩きを堪能する。硫黄岳への登りに差し掛かると上から降りてくる単独行の男性と擦れ違う。
硫黄岳の山頂に到着すると風が強い。単独行の男性が一人おられた。オーレン小屋にテントを張って二泊の予定らしい。男性は硫黄岳には数多く訪れているが晴れていたのは半分もないとのことだった。
山頂の大きなケルンの影で風を避けながら黒百合ヒュッテで用意して頂いた弁当を開く。かなり重量感があるので何が入っているのかと思えば、ご飯の上に鶏のそぼろと錦糸卵が敷き詰められた二食弁当だった。しかしここで弁当を広げたのは間違いであった。半分ほど食べたところで手が悴み始める。折しも何人かの登山者が登ってこられたので弁当をしまうことにする。
硫黄岳山頂から硫黄岳山荘に降ると早速にも登山道の周辺には多数のコマクサのお花畑が広がる。横岳のあたりは急峻な岩稜のアップダウンを繰り返すが、登山道の周辺に咲く多くの高山植物が疲れを感じさせない。
二十三夜峰と呼ばれるところだろう、赤岳の手前のピークを過ぎたところで霧の中からうっすらと赤岳のシルエットが見え始めたと思いきや、あたかも緞帳を引いたかのように急速に雲が晴れ、赤岳が一気に姿を現した。その男性的な山容が突然、視界に入るのは感動的な瞬間だ。
鞍部の赤岳天望荘に辿り着くと赤岳山頂までは一息だ。山頂に到達すると南東の方角には雲海の彼方に富士山が視界に入る。反対側の北東の方角には雲の間から北アルプスの山々が見え隠れする。快晴微風であり、先ほどの硫黄岳山頂とはまるで違う。
この山頂に立つのは実に35年ぶりだ。当時、高校生だった私は普段よく山に行く友人と共に早朝に小淵沢から歩き、夕方にこの山頂に立ち、夕陽を浴びる山々を眺めたことを感慨深く思い出す。
狭い山頂にはひっきりなしに続々と人が登って来ているようではあったが、それほど混雑しているようでもないので、山頂の東の片隅でまずは弁当の残りを平らげる。食後は湯を沸かしてコーヒーを沸かす。この一杯のコーヒーのためだけに湯を沸かす道具を携行したのだった。
赤岳からの下山路は天気次第でいくつかの可能性を考えていたが、西側の阿弥陀岳の山頂も雲がとれてすっきりと姿を見せているので、阿弥陀岳を越えることにする。阿弥陀岳から西に伸びる御小屋尾根は他のルートに比べて登山者が少ないことも期待される。
しかし、この赤岳から阿弥陀岳へのアップダウンはなかなかである。行者小屋へと下る文三郎尾根を見送るとまずは中間部の小ピーク中岳へ登り返す。文三郎尾根を眺めると多くの人が登り降りしているのが見える。朝に美濃戸口を出発した登山者達が丁度登ってこられる頃合いなのだろう。
陽射しのせいもあり急に気温が上昇してきたようなので、中岳と阿弥陀岳との間のコルでズボンの裾を取り外していると、上から降りてきた若い三人のパーティーが「地獄の下りやったな〜」「ここから見上げると登る気もなくなるやろ」と会話をしている。こちらはこれから登るという状況なのだが・・・
急峻ではあるが実際は登りやすく、距離が短いこともあって阿弥陀岳の山頂は意外にもすぐに到着するような気がした。阿弥陀岳の山頂で一息つき、御小屋尾根に入ると尾根には早速にもガスがかかり始める。
摩利支天と呼ばれる西の肩を過ぎると一気に急下降となり、まもなく樹林帯の中へと入ってゆく。樹林帯の中の展望地からは権現山は綺麗に見えるが阿弥陀岳には相変わらず雲の中のようだ。
不動清水の道標が現れたところで、左手の斜面に下降するとすぐにも急峻な草の斜面を流れ落ちる清水が現れる。昨日来、久しぶりに口にする清水のせいもあるのだろうが、この水がなんとも美味しく感じられる。空のペットボトルを全て水を満たすと流石に急にリュックが重く感じられる。
御小屋山のあたりはシラビソの樹林の林床には草が広がり快適な景色が広がるのだが、問題はアブと思われる虫が多いことだ。虫除けスプレーもなんのそのである。慌てて先ほど取り外したズボンの裾を再び取り付ける。
美濃戸口からの次のバスにはまだ十分に時間があるので、尾根を直進して舟山十字路に進む。そのまま山麓を降って樅の木荘でバスを待つという算段だ。尾根は下部になると落葉松の美林が広がるようになる。普段、目にすることのない樹林なので最後の林道歩きまで飽きることなく林相を楽しむことが出来る。
舟山十字路に降りると丁度、前を歩く男性に追いついたところだった。
「どっから来たんだ?」「黒百合ヒュッテから」「その前は?」「北横岳ロープウェイから双子池、縞枯山を回って」とお答えすると男性の頭の中には八ヶ岳の地図は十分に入っているらしい。「それってすげぇタフじゃねぇーか! ・・・で、これからどうすんだよ」「樅の木荘まで歩こうと思って」
男性は停車してあるユーノス・ロードスターを指すと「乗れよ、送ってってやるからよ」。男性は言葉遣いは荒いが、見るからに好人物である。折角のご厚意に甘えさせて頂くことにした。車に乗り込むと早速にも男性はコンバーチブルのトップを開けてオープンカーでの快適なドライブとなった。
男性は諏訪在住でほぼ毎週山に行かれるとのこと。この日は阿弥陀岳南陵の青なぎを往復されたとのことだった。「安倍が死んだの知っているか?」「黒百合ヒュッテで知りました」「俺は安倍と同じ年でよ〜」安倍首相の歳は知らなかったが、後で享年67歳だったことを知る。
私は地図をよく見ていなかったのだが、舟山十字路から樅の木荘まではかなり遠かった。強い日差しが照りつけ舗装路歩きはかなり大変だっただろう。樅の木荘で男性に礼を言って車を降りると、肝心の茅野駅に向かうアルピコ交通のバス停が見当たらない。私も所有している地図では美濃戸口からの茅野に向かうバスはこの樅の木荘を通って茅野に向かうことになっているのだが、なんと数年前にバスの経路が変わり、原村の別荘地の北側の道路を通過するようになったらしい。慌てて美濃戸口からのバスの停留所とその通過時間を調べる。WiFiを使えることが出来るのが有難かった。
北に向かったところにある「小さな絵本美術館」まで歩けば、14時54分のバスがその前に通過することが判明する。ここまで送って頂いたお陰で十分に時間がある。ランチとセットで\1200とのことだったので、ランチも一緒にお願いすることにした。温泉は多くの口コミの通り、硫黄泉ではあるが湯あたりが柔らかく、泉質が非常に良い。湯上がりに食堂を訪れると、多くの人が訪れていた。
小さな絵本美術館へは直線距離では3kmほどだと思われるが、直線的にたどり着ける道がない。樅の木荘で教えて頂いた道はかなり遠回りだったので、GPSを頼りに別荘地の中を歩いてゆくことにする。別荘地の中を行き交う車は東京や埼玉のナンバーばかりだ。舗装路が続くものと思っていたが、八ヶ岳自然文化園の手前を曲がるとなんと森の中の小径となる。途中で川があるのだが、丸木橋がかかっていた。川では家族連れが遊んでいたが、子供達にとっても魅力的な想い出となることだろう。
小さな絵本美術館は期待通り、森の中の瀟洒な建物だった。みやこしあきこ原画展が開催されており、バスの時間まで、美しい絵本の原画を楽しむ。美術館の売店では多くの絵本が売られていたが、ビネッテ・シュレーダーの珍しいドイツ語の絵本だ平積みになっていた。ドイツ語は解らないのだが、彼女の絵本をかつて蒐集していたので購入することにした。価格は\3240だったが、おそらくは消費税が8%の時代のままなのだろう。
美術館前にはほぼ定刻通りに美濃戸口からのバスが到着する。バスに乗り込み後ろを振り返ると雲ひとつない蒼空の下に八ヶ岳から左手の蓼科山に至るまですっきりと稜線が見えていた。実に久しぶりの八ヶ岳山行は、美しい森と池、そして好展望の稜線歩きの魅力を満喫することが出来た二日間であった。
御小屋尾根ですれ違った同じザックの登山者です
コメント有難う御座いました。
投稿拝見しましたが、、、北横岳から入山、黒百合泊であの時間に御小屋尾根を下山されていたとはびっくりです、素晴らしい健脚ですね。
此方は阿弥陀岳手前の森林限界付近でバテ始め、赤岳にも行かずそのまま下山でした。
これからもご安全に。
こちらこそご丁寧にコメント有難うございました。
ご同行の彼女さん(奥様?)が「あら、同じザック!」と気がついて下さったお陰で思わず会話が弾むことになりました。hayato1971さんもそうだったようですが、私も同じザックの方とは初めてお遭いしました。お互い気に入って愛用しているようで嬉しかったです。おまけに似たようなオニヤンマ君をつけておられるのには驚きましたが、お手製と聞いて吃驚でした。
お会いした日は朝のうちは場所によっては肌寒いくらいで、涼しかったのお陰で快足で歩けたのだと思います。御小屋尾根は尾根の下部は緩いですが、この尾根を下から登ると不動清水のあたりから結構きつい登りが連続するのではないでしょうか?それに急に暑くなってきましたよね。私は不動清水を口にして生き返る思いがしました。
またどこかでお会い出来ることを楽しみにしております。
不動清水からの急登、、辛かったです、それまで計画のCTに対して1時間のアドバンテージを持っていましたが、休み休みで山頂着時点ではCT通りでした(笑)
因みに同行者は最近知り合った山友さんです、三連休の槍ヶ岳に備えての練習山行でした。残念ながら家内は山には登らないです、、
ご丁寧にもレス返頂き有難うございます。
野暮なことをお伺いして失礼いたしました💦
連休は信州では天気があまり良くないのではないかと思っていましたが、今回のように少しでも晴れ間に恵まれるといいですね。
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