子供が、荒井由実のひこうき雲という曲を聴かせてちょうだいというので、古いレコードを出してきたりしました。が、今時はダウンロードもあります。
ひこうき雲といえば先日読んだ「パクリ考」の新聞記事でユーミンは「ひこうき雲」が、プロコルハルムの「青い影」(whiter shade of pale)無くして生まれなかったと言っていたと書いていた新聞コラム記事を思い出しました。作家は何かから強い影響を受けて名作を生み出すもの。敬意を払って真似するつみかさねでしょう。いちいちパクリと責めたり、著作権とかいうのは嫌いです。
青い影が、バッハのG線上のアリアのオマージュだというのも有名な話。やはり辿れるところはバッハまでだけど、バッハだって名もなき民謡や宗教音楽に取材していると思います。
以前にもさだまさしの初期にショパンのノクターンそのものという曲を発見した話を書きました。上手い人ほど、そっくりじゃなく、でもいつかはわかるようにやってくれます。馴染みの楽曲の、作者が先人から受けた影響をある日突然発見するのが凄く楽しいのですが、音楽をあまり聞かない人に話しても「全然わかんない」と言われて寂しい思いをします。このおぼえがきもほぼ無反応の予感・・・。
ところで、中学の同級生で、一緒にいつも飛行機の写真集を見せあったりプラモデルを作っていた私の飛行機マニア仲間が、17歳の時、骨肉腫で死んでしまいました。早熟で魅力の強い少年で、YMOもガンダムも北杜夫も、彼に初めて教わりました。ひこうき雲の歌詞は彼を歌ったような話で、死後聴いて凄く驚きました。
G線は、山岳部の頃小樽の赤岩海岸でビレーしながら青い海とヨット部の白いヨットを見ていた時、口笛吹いていたやつがいて、それ以来海岸岩登りのテーマです。
青い影も同じ頃、卒論研究泊まり込みの頃、よくカセットかけてました。
レコードなどというものをまだ持っているのが凄いです!
自分のジャズボーカルの入口で好きだったこの「ラバース・コンチェルト」
https://www.youtube.com/watch?v=KahAPQ9sl6g
の原曲がバッハの「メヌエット」だと知った時は、「へぇ〜・・・」ってビックリした記憶があります。
https://www.youtube.com/watch?v=7eiWH7f3Lbg
でもこの曲も今ではバッハではなくペツォールトの作曲と修正されていますね。
これなんかもバッハがパクッたと言うよりレスペクトしてたんでしょうね。
こりゃ、オマージュでもパクリでもなくカバーの域だと思いますよ。
ひこうき雲、ベルベットイースター、いいですね。
ちょっと大人びた女子高生の妄想と現実とごちゃまぜな感じが好きでした。
青い影はリアルタイムでは聴いたことがないのですが私にはベトナム戦争のイメージがなぜか強いです。
パクリと強い影響、区別がむずかしいです。
最近はサンプリングというのがありますね。
自分の好きな曲がちょろっとサンプルされていて気が付くと自己満足でニヤニヤします。
私はクラッシクに疎く、基本洋楽かぶれですが音楽はいろんな景色に色をつけてくれるので好きです。
U2のSunday Bloody Sundayがずっと好きで北アイルランドのデリーを訪れ時はまず単純にその現場にいることに興奮、感動して、そして(その頃はまだ紛争のなごりがありました)現実にショックを受けました。
日記とちょっと内容がそれました。すみません。
前にもアイルランド関連でポーグスのお話ありましたね。アイルランドって音楽、様々な文化の宝庫ですね。オッと思うものは大抵、辺境にありますね。コミットメンツという映画も、バリバリR&B映画なのに、なぜか舞台はダブリンでしたね。もっと若いうちに、ゆっくり訪ねてみたかったところの一つです。
デリーの事件は1980年代でしたね。今だって物騒だけど、あの頃だって世界は結構物騒だったな、と思っています。少数派先住民は粘って粘って、勝ち抜ける場合もあるけど、消えていく場合もある。
how long must we sing this song?
の所が、ボブディランの「風に吹かれて」を思い起こしますね。
→訂正、1980年代でなくて1972年でした。いろいろ読んでみるとデリーって、ダブリンやベルファストとはまた違った事情の街なんですね。
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