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子どものときは、そりゃ楽しみでした。ごちそうと、プレゼント。若いときは、恋人と特別に過ごす時間という時代でしたが。今のクリスマス離れは、若者の恋愛離れと相関しているかもしれません。クリスマスは恋人と、ハロウィンは仲間と楽しむものという印象も関連するかも。
クリスマスに若者は恋人と過ごす、という固定概念の発祥は、1982年(だったかそのあたり)のアンアン特集号であり、それ以前は家族で楽しむものだった、という歴史考証があります。そうとすれば、私などストライクな世代です。この新しい価値概念が観光、飲食、贈り物産業に数十年影響を及ぼしたことになります。
でも、毎日ごちそうのようなもの食べて毎日欲しいものぽちぽち買っているポストバブル時代に、年に一度のクリスマスも正月も、値打ちが下がるってものかもしれません。電飾展示もやりすぎです。
でもウチには、クリスマスにしかやらない、いつもと違う料理があって、午後みんなで作ります。お祝い事は外注しないのがたいせつかもしれません。今年は単身赴任で参加してないですが。
yoneyamaさん、こんにちは
年寄りには高度経済成長期の1960年代のクリスマスはサラリーマンがキャバレーのホステスとどんちゃん騒ぎをする記憶があります。その後、いつしか、クリスマスは家族と一緒に楽しむものとなり、クリスマスイブの夜の繁華街はサラリーマンがクリスマスケーキを買って家路に急ぐ風景が報道された記憶もあります。恋人同士のクリスマスというのはバブル期のトレンディードラマの影響でしょうかね。12月25日をイエスの誕生日とする根拠は何もなく。ローマ時代にはやっていた太陽神を信仰するミトラ教が、冬至後の12月25日に太陽の復活を祝っていた祭日をキリスト教がパクったもので、そのため日本人が何かにつけてお祭りをするのもありですね。
家族時代の前にはキャバレー時代があったのですか!
トレンディードラマは、先のアンアン特集号の革命記事の後の話です。
やはりキリスト教以前からあった冬至のお祭りだと思います。日本ではもとよりキリストにお祈りする人はほとんどいなかったからケーキ&サンタ祭りなんですから構わないのですが、クリスマスイブも勤労感謝の日も大して変わらないという30代の言葉にはややショックでした。
確かに、子供心に映像なのか?サラリーマンが赤い帽子かぶって、赤い顔してどんちゃん騒ぎしている感、記憶にありますし、入社当時には、年配の方(上司)が”街行くだ〜”なんて口にしていたの、思い出します。
yoneちゃん、おはようございます。
まさに、その通りドンピシャ
わたしたち新幹線世代は、戦後も引きずることなく、経済的には激動の上り調子で若い時を過ごしたと思いますね〜バブルというキチガイじみたものも一応経験しましたね。そのあとの崩壊も・・・
私たちの若い時代、本当にむちゃくちゃだったと思います。
うちは、子供たちも大きいので、特に、クリスマスは、していません。今回は、私、遊びにいってましたもん
私の周囲では、ばぶったことも弾けたこともありませんでしたが、バブル趣味の人や現象は見たことがあります。全て通らなくてはならなかった道なのかも?
しかし、嬉しいクリスマスの郷愁は大切にとっておきたいものです。
yoneyamaさん、おはようございます。
まさにその通りですね!
安売りの台頭で、物の値打ちも下がって来ていますが、
こういった行事も値打ちが下がっている、というのは実感します。
ハロウィン→クリスマス→お正月、
と次から次からやって来ますし
(大半がそれに伴う消費産業の戦略なのですが。)
でも小さいお子さんがいるご家庭はやっぱり一大イベントとして
楽しみにしている事と思います。
私が子供の頃は我が家はケーキは年に数回、
クリスマスとお客様が買って来てくれた時くらいで、
クリスマスのプレゼントもありませんでした。
働く様になって、バブルの時代でしたが、
会社も忙しい時期なので、クリスマスの頃も常に残業だったので
世の中の幸せキラキラムードとは縁遠い地味な年末でした。
子供もいないし、年寄りだけなので。
子供の時に見た、老人がしていた大昔からの、もう起源の意味も全くわからなくなってきてしまった習わしとか、玄関の上にイワシの頭を飾るとか。
そういう風土の習わしのようなもの、なんだかようやく意味がわかってきたような気がします。先祖から伝わるその習わしをすることで、自分が死んだ後も次世代がその謎かけを受け継いでくれるとき、自分のことを思い出してくれるからかもしれません。
自分の子供がたとえいなくても、子供と過ごせる場があるといいですよね。
最近、「ハレとケ」の区別が無くなってきているなぁと時々、思います。まあ、自分だけの事かも知れませんが。
自分は、クリスマスと云えば白銀荘の冬合宿を思い出しますねぇ。大学の冬休みの日程の関係で、毎年、冬合宿の最終日がクリスマスでした。4日間のハードな日程をこなし、「やっと、明日は下山だ。」という夜に、安堵感、解放感を味わいつつ、余った食糧を全部使って作ったごちそうを大勢の仲間で平らげた、あの時の食卓の雰囲気はまさに幸せなものだったと思います。
そういえば、麻婆豆腐の隠し味に生姜を使うというのは、冬合宿の時にyoneyamaさんから教わったもので、今でもやってます。
ええ!そんなこと教えたっけ。本人も忘れてること人が覚えているって面白い。そうです。生姜は麻婆にもカレーにもすごく効きますね。
冬合宿といえば当時付き合っていた彼女の誕生日が23日で、結局大学6年間、一度も一緒じゃなかった。24日も当然十勝合宿。僕の誕生日も5月5日だから当然必ず春合宿中。彼女としっぽりやるより、やっぱり山の中は幸福なクリスマスだった。1988年の冬は例外で、噴火して降りてきちゃったね。すごく綺麗な火柱でした。
どんなにたくさん山に行っても、山登りは「ハレ」でありたいと思います。山登りが「ケ」になるのは登山ガイドみたいなものなのでしょうかね。でも登山ガイドにももちろんとっておきの「ハレ」山行はあるでしょう。
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