4年前の7月26日に黒部湖左岸の崖下で遭難救助したおじさんがその後傷を治し、お礼参りとのことで、富山県警を通じて連絡先を聞いて、わざわざ松本まで来てくれた。随分長くかかったけど頭から出血していた傷は治り、地元の浅草寺のお札とお守りを頂いた。葛飾柴又帝釈天近くの生まれとのこと。
18年年上で、65歳から山を始めて100名山に登り、さらに300を目指して赤牛岳の途上だったとのこと。事故は74歳のとき。若い頃からバイクであちこち旅をしていたと。
駅前でざるそばを食べながらお話を聞く。65歳から山を始めて100名山という急上昇のエネルギーがすごい。人生は様々だなと思う。
そのときの山行記録と、関連日記をプリントしてお渡しした。本人はヘリ救助の記憶のかけらが少しあるだけで、どんな状況の事故だったのかは憶えがなかったという。
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-1943649.html
https://www.yamareco.com/modules/diary/826-detail-191050
我々は天気が悪くて行先を変更しての帰り道だった。天気がよかったら多分見つけられず、救助もなかったかもしれなかった。世界は不確実なうごめきの中で進んでいて、自分の未来もわからない。
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