飴色玉ねぎ炒めを拵えてから、妻と連れ立って世話になる幼稚園へ出向いた。
職員室へと招かれて、お茶を頂き待機して待つこと一〇分で、焼蛤先生(仮称)のお迎えがきた。
夫婦で娘を挟んで手を繋ぎ、星と月の被り物をした女の子二人がその前後に手繋ぎし、その五人を担任の田辺先生が歌いながら先導して園児たちの待つ薄暗い室内へと導いた。
次女は皆の前で自己紹介をするよう差し向けられて、モジモジ。
お祝いの歌を皆が歌ってくれて、田辺センセからは劇のプレゼントを受ける。
その間、三人隣の女の子がシャァとお漏らしして焼ハマセンセが立ち回っている隙きに別の子どもたちも「センセー、オシッコ〜」が連呼されて危うく私が引率しそうになったがここは主賓としてグッと我慢した。
隣のプミポン君は私にやたらタッチしてくる子でmont-bellポケットをイジってみたり「オジサン、ホントにオトウサンなの?」とか、更に隣のウリ坊君は私のプライベートゾーンにチョップを繰り返す悪ガキで、流石の私も鳥打帽を被せて羽交い締めにして、、、、いやそこは我慢した。
請われて、次女「日高」の名の由来を皆の前で説明した。未就学児にする説明なので、却って難しい。
「昔、昔のそのむか〜し、オジさんね、北海道って所でお勉強もせずに山にばっか登っててね、そこに日高山脈っていうそれは大きなお山があってね、とってもいい匂いのするお山でね、オジさんそこが大好きでね、生まれた子とまたそのお山に出掛けてみたいなぁ、って思ってこの娘にヒダカって名前を付けたんよ。昆布とは関係ないんだよ〜。みんな、おじさんのお話したこと判ったかなぁ?」
というのを、洟垂れ坊主にではなく焼蛤先生に向けて話した。
職員室でお祝いのお皿とお手製の人形を受け取り、ピンクの先生方に拍手でもって見送られて娘の誕生日会は恙無く?終了した。
帰途、増水した長良川を見下ろして、この水と日高山脈の渓流とが繋がっていることを思ってみた。
日比野和美氏が子供に”穂高”と名付けたことを百山百渓で読みました。よほど山好きでないとこうはいきません。”日高”いいですね。
ひとの名前は夢であり、物語だと思います。
maasuke1様
ありがとうございます。物語、夢。
日比野氏次男は”越百”だったはずです。コスモノート!
そうですね。穂高さんは長男です。もういい歳になられたと思います。
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