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国後、択捉は国土地理院に戦前測量して作った地形図があるので、そのままヤマレコの地図でも見られます。もう標高が変わっていました。
以下引用ーー
択捉島:地形図間違い…岬の位置変更、最高峰も別の山に
毎日新聞 2014年08月12日 22時11分(最終更新 08月13日 02時45分)
択捉島の最高峰も、これまでは標高1587メートルの散布山(ちりっぷやま)とされていたが、南西部にある1629メートルの西単冠山(にしひとかっぷやま)と判明。散布山は5メートル低い1582メートルに、逆に西単冠山は63メートル高く修正された。
ーー
http://mainichi.jp/select/news/20140813k0000m040133000c.html
北海道と縁遠い人には耳慣れぬ山かもしれませんが、知床半島より大きな山脈がすぐ近くにあるのです。ヒトカップもチリップもアイヌ語地名の当て字で、ロシア語ではストカップとボグダン・フメルニツキーと呼んでいます。
添付地図はロシア製20万図(1994)。昔ロシア人にもらいました。
左:cmokan1634mがストカップ山です。もっと高いじゃないですか。
右:チリップ山のほうはボグダン・フメルニツキーと呼ばれています。1585m。標高、微妙に違います。
しかしきょうはこんなニュースもありました。喧嘩腰はやめてほしいです。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140813/plc14081313090008-n1.htm
北方4島・・・なかなか難しいですね。私が生きているうちに、いけるようになるのかな。
ないツさん
長生きしてください。
ヒトカップにぴくりと来ました。連合艦隊集結場所。きな臭くなったのはここ2世紀くらいでしょうか。シャケ・カニ・クマに関係ない話は人の責任の範囲ですね。山は見ています…
そうです。真珠湾の直前、連合艦隊はヒトカップ湾に集まったので、「敵はロシアか?」「アメリカとやるのか」と零戦乗りが話していたマンガありました。
18世紀、フランス革命と同じ年のクナシリメナシの戦いを描いた、船戸与一の「蝦夷地別件」という小説では、根室から国後択捉にかけてのこの広い海を、アイヌが丸木船を使って自由に行き来している様子が描かれています。ここはロシアでも日本でもなく、アイヌの土地だったんですよね、もう一人も住んでいませんが。
おヒマある際、お勧めの本です。
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