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ええっ!
ちょっと驚いた。
悪性リンパ腫のため、2016年3月15日午後0時44分、札幌市内の病院で死去したとのこと。67歳。
福居良は札幌を拠点として活躍したジャズピアニストで、中央区に1995年「Slow Boat」というライブハウスを開店し以降、ひがなバップを基調としたジャズピアノを伝道する日々を過ごされていた。
●1948年、日高管内平取町生まれ。確か父親が津軽三味線奏者だったはずで【福居天童】、御本人は18の歳からのアコーディオンを手始めに22歳(23?)からピアノを演奏し出すという遅咲きのピアニストだったが天分があったのだろう、1976年ファーストアルバム『Scenery』、翌年『Mellow Dream』を発表(早っ!)。82年に上京し、日本ジャズ創成期を担った松本"スリーピー"英彦(ts)氏と出会い揉まれ研鑚を積み、後に自己のトリオでライブハウスに出演し、腕を磨く。
86年に帰札し、以降は札幌ススキノのライブハウス「スローボート」を拠点に全国で活躍、とプロフィールにはある。
札幌在住時、酔くろうて深夜にテレビを付けると時たま見掛けるイガグリオジサンがこの人だった。1991年からHTB−TV「スクリーンHot情報」にレギュラー出演していたが、ニコニコニコニコしてる割にあまり喋ることもなく、ただニコニコしているオジサンだった。番組のエンディングで演奏したと記憶する。
在住時には気になる存在で、ジャズ好きならば聴きに行かなければならないとは思いつつ(歩いていける距離に住みながらも)、フリーター故にそのような身分でも無し。
【書いていて思い出した。一度お安い市民コンサートに潜り込んで演奏を聴いたことがあったが、ピアノ演奏の合間にアコーディオンを弾いたのは確かその時だった。】
レコード自体は入手していた。流石は御膝元とあってサイン入りのオリジナルを中古レコード専門店『DISC EVANS』(今もあるのかな?)で入手できた。今も大事に持っている。
ということでようやっとお店訪問できたのは何と1999年12月、私が札幌を去るにあたっての送迎会三次会で連れてもらった。3次会にしてファーストセットだったと記憶する。トリオフォーマットでのバピッシュな演奏を間近に聴いた。記念にと、今や准教授のHやNさんにCDまで買って貰い、サインをしてもらう段になって御本人と話をした。レコード持ってます、Hampton Hawesがフェイバリトピアニストです、10年10ヶ月暮らしたここ札幌を近日去るのです、その一つの想い出にと演奏を聴きに参りました、と伝えた。そうかいそうかいそうなのかい、ホーズがお好きか、ならばそんな貴方に一曲贈りましょう、と「Lover, Come Back To Me」を演奏して下さった(ワニのジャケットのディスクに入っている曲だ)。
岐阜に帰ってからも名古屋の「jazz inn Lovely」で演奏する度毎に奥さんの康子氏がライブの通知葉書を送って下さり、多少の交流もあった。
山岳部の先輩であるDick氏が住んだアパートの隣人が福居夫妻だった!という驚きの話もこの頃聞いた話だったと思う。
◆悪性リンパ腫;血液のがんで、リンパ系組織から発生する悪性腫瘍、とある。
師と仰いだバップの伝道師バリーハリス【barry harris】(1929年生)よりも早く逝くとは本人ですら思わなかったことだろう。
訃報を聞いたそのバリー氏が「Ryoのためにピアノを弾きたい」とアメリカより来日し、2016年6月1日の札幌公演を皮切りに大阪、東京とコンサートを行うそうだ。86歳!
さて文頭の記事掲載のディスク、16年振りの録音で昨年2015年1月25,26両日「スローボート」にて録音の遺作「A Letter from Slowboat」だが、そら買わねばと思って詳細を見てこれまたちょっと驚いた。
何と一曲目がHampton Hawesの演奏する中で私が最も好きな【Sonora】だったから。
『Hamp's Piano』ではなく『Spanish Steps』の方の【Sonora(waltzバージョン)】とは。
夜中に一人声を上げてしまった・・・・。
ソノーラの名演がまた一つ加わった。
素敵な音楽をありがとう。
ご冥福をお祈り致します。
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