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「山はもう止めだ」
これは私の発言ではなく、かつて一緒にクラッククライミングをした同輩の言動として聞いた。
アメリカで彼の同行の仲間がクラックルートをリードした際、グランドフォールしてショックで痙攣している姿を見て救援要請の最中に口から出た言葉だったという。
以前読んだ遭難報告書にもいくつかあったと記憶する。「山はもう止めだ」。
幸いにして力ある仲間ばかりに恵まれた私は、遭難らしい遭難とは殆ど無縁でこれまで30年近く登ってこられた。
だから上記のようなシーンに遭遇して「山はもう止めだ」と口にしたことはない。
あ、和田城志氏「剣沢幻視行」の出だしの立山遭難の項にもあったのを今思い出した。「山はもう止めだ」。
8/20日曜仏滅の郡上八幡で、12mの高さの新橋から若者が吉田川に飛び込む様を見ながら「よっしゃ、もう辞めよう」と考えた。
山ではない。会社を、である。
会社を辞めよう。グランドフォールしたわけでもないけれど。
その意を家内に伝えた8/29の早朝、同時刻に北朝鮮から弾道ミサイルが発射されて驚いた以上に何かの縁を思った。
家内「それはイイネ」と。
勤めてじき11年、林業は厳しくもありそれだけにまた楽しくもあった。
肉体的に、これ以上キツくアブナイ仕事を経験することはないだろう。
せっかく鍛えて憶えた技術も知識も暫くは封印だ。
これまで整えてきた社内の良好な雰囲気も失うことになる。
薪も他所で何とか調達していかなければならなくなる。
会計検査院を筆頭に林野庁から県庁はじめ役所の不寛容に、現場が対応できなくなりつつある。緩衝役潤滑剤の立場としての出先機関である農林事務所ですら、グレーゾーンを認めず白か黒かの選択を迫るようでは正直、立ち行かない。
方や事務員として林業事業体に身を置く立場では、会社側の言い分に無理があり過ぎる。
両者に挟まれ、擦り合わせることの困難さと不条理さをここ最近富に感じる。感じざるを得ない。厳しい。
一方、家庭においては不登校の息子に対して何かを働き掛けなければならない。
それ以前に、私自身が「身のある」対人関係を築いていかなくてはならない。
また、親父はじめ家内両親、姉、そして家族の将来を想う。
ここまで望外に、沢は茂木氏、家では岳父、山ではキヨシ、もといキヨっさと、オヤジ運には随分と恵まれた。感謝する他ない。
9/6これまた仏滅、社長に辞意を伝えて了承された。
止めて暫くはのんびりしよう。ちょっと、疲れた。
山積みになった片付け仕事もこの際に清算したい。
秋から冬に向かい、積雪期の長い縦走もイイな。
地球をもう一周してみようかと、飲みながらボンヤリ考えるのが今は楽しい。
息子と二人、バスでフンジュラブ峠を越えるなんて悪くない。
あと一月、会社はもう止めだ。
昨夜BS WOWWOWで「運命を分けたザイル」(2003年イギリス)を観ました。南米ペルーのシウラ・グランデでの壮絶な遭難再現ドラマでした。
宙吊りになった相方とを繋ぐロープを切る場面では、手にしたグラスの酒を口に運ぶのも忘れてしまう迫力がありました。金華山にしか登らない女房も、トイレに立つのも忘れてエンディングまで観続けました。
macchanには誰にも負けないロープ技術がある。
「運命を分けた隘路」のようなものが幾つもあったのを今となっては感じています。
社内に、また社会に。ありがとうございます。
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