三人の子を連れて電車に乗っていると、尾張一宮あたりで昨日観た松本清張原作『鬼畜』が生々しく思い出された。清張原作映画は他にも多くあり、傑作の誉れ高い「張込み」も「ゼロの焦点」「けものみち」も勿論興味を惹いたけれど、私にとってはコレを越える作品は無いように思われる。
気弱な父、緒形拳の心情も大いに理解できるしまた、連れ子である三人の子を全く養育しようともしないお梅、岩下志麻の虐待振り(眼力が素晴らしい!)にも共感してしまう自分が居る。見て見ぬふりの蟹江敬三も自分に見えるしまた、置き去りにした小川真由美の気持ちにも理解が及ぶ。酷く非情な登場人物たちどれもが自分に重なってしまう。
長女を東京タワーに置き去りにしてきた晩、緒形に岩下が激しく乗り掛かり性交するシーンは何事かを象徴しており強烈だった。
帰宅すると次女はしきりに、いつもは喧嘩ばかりの姉ちゃん不在を嘆く。
二人の子が家内在所へ移り、我が家は三人家族となっていつものオサンドンをする。家内は今朝同様に、夕刻また仕事に出ていった。
作るべき晩食も三人分、また洗濯物も皿洗いも三人分で済むこの楽さ加減を知る。学費、養育費、・・・・。
だからといってもう、後戻りはできないのである。金を稼ぐ能力の低い私や緒形拳には、過ぎた世界であると思う。
できない後戻りをした結果が「鬼畜」に成り果てたというのがこの映画なのだろう。後戻り。誰しも鬼畜生、いや犬畜生の心を隅に秘めている、などと言う気はない。
私に後戻りはできない。
次女と名古屋見物し、谷口けい氏の「太陽のかけら」買って飯食って、帰途についた。
明日は「砂の器」を観るつもりでいる。
コメントを編集
いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する