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2019年03月27日 20:02林業全体に公開

80

 薪を貰いに出掛けた。「溜まったでな、取りに来いや。」
 林業の親方、キヨッサと会うのは私が請けた伐採仕事の手伝いをお願いして以来の事なので秋以来であった。相変わらず元気そうだった。

 大恩ある方なので簡単には書き切れないけれど、チョこっとづつでも書き付けておきたい。
 私が35の頃に林業事業体(森林組合ではない)に入社して一年程経った頃だったと思うが、架線、クレーン操作、荷掛け、搬出、造材、積み込み、植栽、地拵え、と一通り経験した上で「これが出来なきゃ始まらない、けれど一番奥深く習得が難しい」『伐倒』を、社長に願い出て当時も外注扱いだった元山師のキヨッさに付けてもらって、習った。当時70前だったはずだ。外注なので、たった一人でヨキ(斧)を担ぎ、矢、チェーンソーと簡素な牽引道具で七尺程度のスギヒノキを皆伐現場でジャンジャン伐倒してゆくその姿が如何にも格好良かった。初見はよく喋るただのマキバオー似の田舎のオッちゃんにしか見えなかったのだったが。
 キヨッさは、この地方の山の人の例に漏れず、兎に角よく喋る人だった。無口な私なぞ最初は随分と戸惑ったものだった。「弟子取るのは、初めてやぁ。まぁ、言うことちゃんと聞けや。」
 社内に居た人達のチェーンソー扱いがほぼ我流の範疇で行われてきた結果、怪我や事故が実に多かったのに対し、そこへいくと山仕事としてこの地方で伝統的に受け継がれてきたモノを習得して身に付けているキヨッさの技術は本物だった。高圧的なところは全くなく、よく喋るだけにこちらの質問に対して十全に答えてくれた。この地方のこの歳にしては珍しく高校を出ており、私(40期)の先輩(10期)に当たっていたのは単なる偶然であった(次男も同じ高校で41期)。理系アタマで、几帳面に日記を付け続けているようで過去データも記憶良く、それでなくとも手帳を繰ればサッと出てくる、そんな方だった。

 私はと言えば、勘や運動神経は悪いほうでもなかったので遅い方でもなかったとは思うが、何せ習い始めが30代半ばとあって、キヨッさ世代の16の年の頃から習うのに比べたら「砂に水が沁み込むように」とはいかなかった。頭の出来もキヨッさほどの明晰さはない。
 随分と山に登り込んでいた時期に従事したので「体力にだけは自信あり」とこの世界に入ったものの、この「山のヒト」には太刀打ちできなかった。山場の悪いところでも兎に角、歩きが速い。
 私も60後半であれ位まで歩けていられようか?

 薪を貰い受けて別れ際「キヨッさ、幾つになった?」と問えば「ワシももうシチジュウハチ(78)や」と。
 「俺が習ってから10年経つ計算やね。」「ほう、まーへーそーもなるか(もうそんなにも経つか)」「身体に気ィ付けてこれからもやってくんせぇ。また来るワ」
 そういって手を振ると「80までは頑張るでな、ワシャ」とお言葉あり。昨日も聞いたような科白だ。

 俺も80まで現役で頑張ろう、そう思った。あと30年以上ある。
 これでは生涯現役、とは言わないのか。
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