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吉村昭ものとしては大学一年時に読んだ「羆嵐」以来かもしれない(「羆嵐」は北海道の原野に張ったテントで読む本ではなかった)。
積雪やそれに因る雪崩の恐怖に怯えつつも、ホースで掛けた黒部川の冷水もすぐさま蒸発してしまう岩盤の高温、高湿度と劣悪な労働環境、熱い岩盤の穿掘孔に差し込むダイナマイトの自然発火の恐怖に抗えるのは高給によるのだが、監督する技術者としての藤平にとっては隧道貫通の単純な欲望に支えられたものと書かれる。そして貫通の瞬間には背骨を熱いものがつらぬいた、とある(P.187)。
黒部峡谷下ノ廊下という当時の日本に於ける極めつけの秘境に、戦時下の電力需要に応えるべく積雪をも押して遂行される危険極まりない作業が続けられた(岩質故なのか、落盤事故の話は出てこない)。
自然環境に抗い、労災をも乗り越えて業務を遂行して「鑿先をとる」ことや隧道を貫通させることに熱狂する中で、人夫と技師という階層が生む不信から不穏な空気が充満してゆく終盤のくだりが如何にも不気味であった。自然も怖ろしいが、それ以上に怖いのは人間の間に横たわる不信感であるというのは今も昔も変わらないことを伝えている。なお本工事には多くの朝鮮人労働者が関わった歴史があったはずだが、文中その点には触れられていない。「不穏な空気」にも大いに作用する事柄と思われるのだが。
私が以前勤めた林業事業体は、21世紀にして機械化が進んでおらずにマンパワーに頼った過酷な労働環境であったため、精神異常をきたしたとしか思えない同僚が二人も居た。それ故にこの不穏当な空気が多少なり理解できる気がする。
何にしても、熱帯夜に読む本ではない。何せ暑い、いや熱いのである。165度の岩盤が想像できない。ホウ雪崩の威力が想像を越えている。
餓鬼谷へのアクセスで欅平から歩いた水平道に、かような歴史が刻まれていたとは不勉強にも知らなかった。血の滲みた道だったのだ。
舞台となった阿曽原周辺は未だ歩いたことは無い。本を回想しながら遠からず歩いてみたいし、「漂流」も読んでみたい。
macchan90さん、こんにちわ。
昨年だったか、20年ぶりくらいに
突然この本が読みたくなって、
本棚の奥を探すのがめんどくさいので、
新たに買って読みなおしました。
ついでに、黒部の太陽もみたくなって、
dvdを借りてきて。。。
戦前の工事だから無理難題の突貫工事と
思いきや、意外と安全に配慮しているところが、
年を取って見直してみると意外でした。
だから不穏な空気が醸成されるっ。てところも。
羆嵐、海の鼠、ひかりごけと、、この高熱隧道は
吉村昭作品の中では個人的なベスト4です。(*´▽`*)
ヤマネさん、こんにちは。暑いですね。
黒部というと破砕帯絡みの「黒部の太陽」なのかもしれませんが、「高熱隧道」もかなりの難工事で、過酷さはこちらの方が上かもしれないですね。
「不穏な空気の熟成」は今のコロナ禍を暗示するかのような、かなり不気味なラストでした。
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