その、移動の最中にすれ違った東より来た旅行者から星野道夫の「旅をする木」を貰い受けたのだと思う。私の持っていた本「どくとるマンボウ航海記」と交換して(照洋丸に乗船したばかりのことだったので)。インドだったか、パキスタンだったか。ユーラシアを漂う旅行者の間で、この手の文庫本の交換は旅の楽しみの一つでもあった。
旅先で読んだその本は、特段私の中に印象を残さなかった。それよりも、帰国して30年近く経った今の方がこの本の価値を感じている。昨年末に拙宅のトイレに置かれたこの本(家内の物)を手にして再読した。また、藤原さんがごく最近読ませてくれた記事「星野道夫という詩人」に書かれている部分は、私が再読前に唯一印象に残っていた項のことが引用されていた(P.120「もうひとつの時間」)。
https://akiofujiawra.hatenablog.com/entry/2023/01/16/053000
実際、これは素晴らしい本だ。自然相手に活動をする人には何がしか琴線に触れること請け合いの文章群である。自分だけのお気に入りの場所を、感情過多に陥ることなく適切な熱で描き切っている「赤い絶壁の入り江」。出来事の配置よく実に上手く展開させて物語る「海流」、「トーテムポールを捜して」。この作家にしか書けない文章だと感じた。
服部文祥氏の文章にも星野道夫の文が引用されることが度々あるが「カリブーのスープ」のP.187だとか、P.100の「白夜」を読んで、これのことだったかと知った。
私にとっては大先輩にあたる「坂本直行さんのこと」が殊のほか印象に残った。最近本棚を整理していた際に、頂戴した本に添えてあった手紙を偶然にも読み返したばかりの朝比奈先生が登場していたことを、再読して認識した次第で自らを恥じた。広尾又吉の行は文祥さんならずともイイ。好きなことをして生きているからこその無欲恬淡、だ。
以下、印象に残った点を列記する。
P.69;雑誌「北の山脈」を愛読していた、と!!! あんなマイナーな雑誌を!
P.191;新田次郎著「アラスカ物語」のフランク安田が登場する。
P.175;「寒いことが、人の気持ちを暖めるんだ。離れていることが、人と人とを近づけるんだ。」
P.176;「人間の風景の面白さとは、私たちの人生がある共通する一点で同じ土俵に立っているからだろう。一点とは、たった一度の人生をより良く生きたいという願いであり、面白さとは、そこから分かれてゆく人間の生き方の無限の多様性である。」
P.112;「(つい先ほどまで触れていた野生のクマの感触を思い出して)雪の道をたどりながら、叫びだしたくなるような幸福感に満たされていた。」
「旅をする木」に一本の線を書き足して、この本に旅をさせる話を聞いたことがある。「旅をする『木』」を「旅をする『本』」にして。人から、ヒトへ。今、そんな本が南極大陸にあるという。ミッチーも“本”望だらう、きっと。
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