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あまり学校にも行かなかった息子が市主催の成人式「二十歳のつどい」に出席する、という。へっ?参加するんや? 以前から思っていたが、息子は私とは性格が違う。この日に合わせてスーツも仕立てた。
因みに当時の私は北海道に居たので戻ってはこなかったし、当日は日高山脈の十勝幌尻岳の山頂に居た。成人式に出席するなんていう発想自体が当時の私には無かった。
長男が高校卒業と同等の資格を取ったのが二年前の春で、この二年は好きに暮らせと言い伝えたその通りに、働きもせず本読みしてブラブラ暮らしたようだ。私なんぞは30までロクに働きもせで好きに暮らしたから二年何て大したことはない。昨年末に新聞配達の仕事を決めて超早起きの生活を自らに課したようだ。何でも金を稼ぐ意味と、その金の価値を考えてみたいのだと。ふ〜ん。
ヒトが有利だ得だと言うから、何の考えもなく大学に進んだり就職するより、自分で考え判断し自らの意志で(それがたとえ風来坊でも)道を選んでくれればそれでいい。もう成人なのだから。世間の押しつけで人生を選択してばかりではいつまで経っても成人できない。
ただ金を稼いで生活が立ってしまうと、考えも何も無い中抜けのままとりあえず人生が成立してしまうところに豊かな日本社会の怖さがある。立派なガタイして社会的地位もカネもあるのに、いざ一人で山に登ってみたら、自力で戻ってこられず火すら熾せず人を頼って(スマホという飛び道具使って)辛うじて、、、と。登山は子供か大人かの一つの指標になるのかもしれない。
親はいつまでも自分の息子に指図するものではない、と思う。妙な入れ知恵をせず、自分で選び取るのを我慢強く見守る。そうすれば本人に後悔もなかろう。たとい洋画家・長谷川利行のようになっても、だ。
お前ならもう、大丈夫だろう。あれだけ料理が上手いのだから、造るとなったらイグルーだって上手く組むに違いない。
我々の世代は与えられたタスクを要領よくこなすことを求められた時代だった。そのように自分の時間を切り売りしてする仕事もいいけれど、自分で仕事を創出して自分の裁量で無理のない分量の仕事をこなして生活を立てていくのがお前の性には合っていると思うヨ(これを伝えたら、それこそ余計な世話である)。
今日は偶然にも長女の誕生日でもあった。世間の言う成人の年を迎えたのだけれど、あなたはもうちっと今を自覚的に生きたほうが良いと思うよ。夜型生活から脱するのがまず第一歩。でないと自分で選んだ春からの道はこのままでは大変に、、、、険しい(余計な世話だから言わんよ)。
まずは二人に、おめでとう。
まずはめでたい。息子さんよりおやじの緊張感が漂ってきますネ。
栃木出の家内にそればかり言われマス。
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