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とはいえ実のところ、私は昨年末にその情報を得ていた。今後、現場を担っていく私には事務所の上役から、また内偵からその手の情報は流れてくるのだ。
私の五つ上の59歳で、30年以上を林業に従事した。
が、技術が稚拙に過ぎた。草刈りと切り捨て間伐だけでここまで来てしまった。これは、習った指導者に依るのだろう、随分と性格のヒネたインチキな人だったと彼方此方から聞いた。まぁ、それはいい。
体力がなければ登山が始まらないように、林業は木を伐れなければ始まりようもない。木が伐れないから林業にすらなっていなかった。林業の体を成していなかった。だから、危険な伐倒作業や搬出作業のそのほとんどを、私(と、現在指導中のアヤちゃん)が担ってきた。自らの技術研鑽なく、ヒトを頼り過ぎた。危険作業の分担も無く、そりゃ私が6年間で三度、全治三ヶ月の受傷もする訳だ。
実はこの班長、日本にテレマークスキーが導入された初期からその世界で技術を研鑽した人で、シベリヤ鉄道に乗って発祥の地ノルウェーへ単身スキーに出掛けた話を山中仕事の合間に聞いたことがある。私も知る古〜い岳人や北海道のテレマーカーの話でひとくさり盛り上がったこともある。関東に就職した際には天下のS山岳会にも所属して、昔の「岩と雪」に登場する有名クライマーHM、ND両氏等々の面白裏話なんぞも聞かせてもらった。沢にも登ったので私のこともあらかじめ知ってくれていた。
聴くのはジャズ!でコーヒー好きと、私との共通項の多い方だった。レイ・ブライアントや山中千尋の音楽の話をしたものだった。手持ちのCDを貸して、ジャック・ロンドンの本を借りて読んだこともあった。
が、結局のところ心を通わす仲にはならなかった。
これは班長にとっての卒業だったのだろう、林業界からの。
体力の不安、親の介護、林業指導員として育てた子分からの裏切り、仕事に対する自らの不甲斐なさ等、退職の理由は幾つもあったと想像する(誰にも何も語らなかった)。
還暦を迎えても今の時代、まだまだこれからが長い。猫のようにひっそりと消えていくわけでもなかろう。まだ、やり直しもきく。
仕事に関しては言いたいことも多くあったがもう、過ぎた話だ。
別れ際「これまで大変お世話になりました」と脱帽して頭を下げられた。あれですべてを不問にしたい。
達者でやってくんせぇ。
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