甲府市千塚に住んで4年になります。加牟那塚古墳という丸い立派な古墳があり、この辺りは地名が示す通り、6世紀後半の古墳がいくつもあります。北側の天狗山の上にも巨大な積石塚があり、裏山探索で見つけたときに驚きました。高句麗が滅亡したときに朝鮮半島から逃れてきた一族が千曲川を遡りこの甲府盆地北西部に定住し、古墳を作るまでを、フィクションとして書いた土着ローカル古代叙事詩です。発掘や古文書でわかっている事実をつなぎ合わせ、身近な山や川や地形の由来も織り込んで美しい物語になっています。
何年か住んで、山を見て川を見て、こうではないかな、なぜかな、と思っていたことが繋がり、とても理解が進みました。当時あったと伝えられる甲府盆地南部の湖の存在、その対岸の御坂にある銚子塚など、ヤマト政権の影響を受けた別の小国、ヤマトタケルと名乗るヤマト軍の複数の遠征者たち、湖畔の風土病、荒川流路の変遷、信州諏訪族との関係、塩部や塩澤寺の製塩の由来、後発渡来人のヤマト政権に対する立場など、発掘の成果や地名解が盛り込まれていてとても面白いです。巻末の注釈が、フィクションの骨組みを説明してくれます。4年前に古本屋で買い求めました。今読んでさらによくわかります。
巻末には、今は無くなった周辺の古墳の場所が記されています。当時古老に聞いて回ったそうです。35年前は田畑だったところも、更に宅地化が進んでしまっています。もしかしたら住んでいる人は知らないかもしれません。
備仲臣道
1980年3月初版発行
1990年再発行
新山梨社 (ほぼ自費出版かも)
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