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江戸時代の町割り図は集成もありますが、近代はなかなか。維新直後の堀が全て残っている地図から始まり明治大正昭和と堀がどんどん埋められていく様がわかります。
明治45年の大火で消失した赤い印の書き込まれた地図も、見たかった一枚。餌差町で丁稚していたうちの曾祖父さんが、この大火をきっかけに安原町で紺屋を始めたと聞いたんで。
昭和大戦期直前の陸軍歩兵50連隊のある時代も見どころ満載です。
昭和37年〜45年の市街地図もナミダもの。懐かしのハヤシヤデパートが、生安寺を壊して出来たこと、開智学校の移転など。そもそも江戸時代の寺は、城下町の縁を固める存在、だったのに、縁の外にできた鉄道駅からの繁華街が後ろから攻めてきて繁華街になってしまい、寺を移転させたということだろう。ハヤシヤは80年台にパルコになった。
城下町の外の、誰も住まなかったやや問題物件の土地に、明治になって学校、病院、駅、軍隊が作られ、周辺近郊の島状に点在していた集落がどんどん縁を広げてくっついていく様がわかる。
A2版なので小さい字もストレスなし。住宅地図好きなおふくろさんに持っていってやろう。
いま、NHKFMでかかっている1967年のナンバー特集はいいです。11時までの延長特番です。
yoneyamaさん、こんにちは〜
古地図は楽しいですね〜
私も大好きです。
20k円とは豪華な地図ですね〜
地方都市だと部数の関係で高価にもなりますね〜
私は東京が故郷なので、人文社の”東京散歩シリーズ”の古地図帳を愛用しています。
ご存知かも知れませんが、”江戸東京散歩”、”明治大正東京散歩”、”戦前昭和東京散歩”、”昭和30年代東京散歩”の4分冊で、一冊2千5百円平均です。
生地の港区麻布界隈の江戸の地図や、戦前昭和の地図など見ているだけで楽しいですね〜
残念にも、随分と町名が変わってしまっています〜
生地の町名も、なくなりました。
区画の整理などの事情は解りますが、地名を残した上で整理できる筈で、そこが故郷ではない役人のすることは、訳が解りません〜
とても残念です〜ren
東京はたくさん出ていますよね。探求人口も多いですから。明治以降の日本人て、ある時間にいた人口ではなく、全て死んだ人たちも合わせて、何人ぐらいになるんだろうと思います。計算する方法、あるのだろうか。その一人ひとりに自分の町の記憶があるんだなあと思います。
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