朝やっている安曇野の戦中ドラマで、陽子先生もきょうこちゃんもナカムラ先生も胸に名前と住所と生年月日を書いたのを縫い付けていました。いつ遺体になっても身元が分かる様にです。長野縣南安曇郡堀金とか有明とか、南安曇郡の昔からの地名でした。ナカムラ先生は明治35年生まれなら43歳の予備役招集か!等・・。
数年前の町村大合併で町村名が消え、「安曇野市」となったそうですが、僕はそういうの、違和感です。合併して役場を減らすのはかまわないけれど、地名を変えてはいけないと思います。
合併して新しい名前を付けてしまうのも困ります。より広い範囲を指す旧国名や旧藩名をひらがなか何かにして、いち市町村の名前に使うのも反則だと思います。現代の感覚では人によっては野暮ったくてちょっと恥ずかしいかもしれないような地名もあるかもしれませんが、地名には由来があり、ご先祖以来の意味と絆があると思います。
故郷の名前は、そこを離れた出身者のものでもあります。卒業した学校が、名前を変えたり、学部名を変えたりしたら、在校生よりも圧倒的に多い卒業生は自分の過去をなくすような寂しい気持ちを味わうのではないでしょうか。
しかし、きょうの竹槍きょうこちゃんには泣きました。
こんばんわ。同感です。
私も卒業した看護学校が卒業後名前が変わりました。なので、看護大学に編入するための書類とか
いろいろな国家試験、資格試験、就職試験で卒業証明を取り寄せるときに大変でした。最終学歴は海外の大学になるので、今後なにか資格をとる時は、この学校に書類をとることになると思います。
それにちょっと寂しいです。
今、住んでるところもまだ一郡一町ですが、そのうち統合とか、市になったら名前が変わるようです。
私の町の名前は有名ではないし、漢字も難しいけど、変わってほしくないですね。
生まれた町に比べたらきっと愛情がなくなると思います。
maron9393さんこんにちは
廃校になるなら仕方ないけど、名前変えるのは嫌ですよね。会社や政党(ビジネスやポリシー)と、一緒にしちゃってますよ。
ころころ名前を変えていると、正体不明の、誰にも愛されないものになってしまいます。
ビジネスだって、ぼくは老舗が大好きです。政党は、老舗が全然ありませんね。
きょうは朝、結構な地震があって出動したので、おひさま見損ねました。
こんにちわ。
私の生まれた村も合併で、名前は残っていますが
頭に〇〇市が付いて、ちょっとくすぐったい感じです。
どこか遠くに行ってしまったような。
小学校はとうの昔に統合で
違う場所に移っているので
跡地に行くと、ここに通っていたんだっけ〜っ?って
これまた変な感じです。
高校は同じ場所ですが老朽化で
素晴らしくデラックスな校舎になったとか。
見に行ってみたことはありませんが
私の思いでは昔のおんぼろ木造校舎と共に、です。
竹槍きょうこちゃん、私も泣きました。
今朝のお見舞いシーン再会も泣きました。
朝7:30からのBSを見てから出勤です。
sakusakuさん
小中校が木造校舎だった時代って、1970年台までの60年ほどだったのかな。その最後に当たって幸運といえば幸運な世代かもしれません。100年経っても渋くなる一方のような校舎だといいんですけどね。
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