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そのなかに出てくるのが、「ホクチダケ」です。
ホクチとは、「火口」のことで、マッチがなかった時代に、火打ち石から火を受けたり、火起こし器で摩擦熱で火をおこすときに使う、燃えやすい繊維質のもの。アイヌは、キノコを乾燥させ、繊維をほぐして、火口に使いました。その材料となったのが、ホクチダケでした。
でも、知里氏が調査した1950年前後には、ホクチダケというものが何というキノコなのか、ずばり定まってはいなかったようです。同じように用いられる数種のキノコが、その名前で呼ばれ、使われてきた可能性もあった。
知里氏は、「ホクチダケ」の説明で、樺の木に生えるキノコを火を受けるのに使ったという話を紹介しています。
また、「エブリコ」というキノコの項でも、宮部金吾さん(ミヤベイワナの分類者)の説を紹介して、カラマツやエゾマツにつくサルノコシカケが、火起こしに使われたと、書いています。(樺太と屈斜路湖地方)
近年のきのこ図鑑では、この「ホクチダケ」とは、サルノコシカケ科(現在ではタコウキン科と改称)のシロカイメンタケのことではないか、という説が有力になっています。
シロカイメンタケは、秋田のマタギも火口として用いてきたことも、この説の強みです。
そういう調査やいきさつがあったなかで、1991年にアイスマンが発見され、その持ち物が調べられて、話は一挙に国際的になりました。
アイスマンは、アルプスのイタリアとオーストラリアの国境の氷河が、温暖化で融けて、発見されたミイラです。
いまから5000年前のころ、クレバスに落ちるなどして、事故死し、氷漬けになっていたらしい。
そのアイスマンが所持していたのが、ツリガネタケを干し上げたものでした。彼は、ほぐして、綿のようにしたものを所持していました。火口として使ったことは、まちがいない。
当時の、野山での活動の必須装備です。
アイスマンは、キノコをもう一つもっていました。
それは、樺の木に生えるカンバタケ。やはりタコウキン科のキノコです。
こちらも、知里さんがホクチダケの説明で書いた内容と重なります。
ただし、アイスマンはカンバタケを、当時の常備薬として使うために持ち歩いていた、という説が、現在は国際的には通っています。
写真1枚目は、カンバタケで、アイスマンが薬として携行。。
写真2枚目は、マタギやアイヌが火口として使った、シロカイメンタケに類似のタコウキン科のキノコ。
写真3枚目は、ツリガネタケで、アイスマンが火口として携行したもの。
明治以前まで北海道や千島、樺太で自然とともに暮らしたアイヌ。
日本の東北のマタギたち。
そして、5000年も昔のアイスマン。
時代と地域を大きく超えて、同じようなきのこを、同じように生活と活動のなかに生かしていたのは、興味深いです。
常々思うのですが、マッチの無いころ、わずかな火花をどう焚き火にするのか、おおいに関心あるテーマです。
火花→火口→樺の皮→小枝という感じでしょうか。僕はせいぜい樺の皮以降です。前回山行では倒木のダケカンバからベリベリ剥がしてきました。数年分の焚きつけになります。
火打ち石というのも具体的に何岩と何岩が良いのだろうか。
yoneyamaさん、こんなページがありました。
http://www.ishikawa-maibun.or.jp/taiken/hiokosi/hiokosi_momigiri.htm
火きり棒や、火きり板がよく乾燥していなければいけない。火口だけでなく、こうした火起こしの道具を、携行しないと、火種はつくれませんね。
それでも雨の日などは困ったと思います。
さらに時代がすすむと、こんな事例が出ています。
http://miraikoro.3.pro.tok2.com/study/mekarauroko/edojidai_no_seikatsu01.htm
メノウ石と、鉄製の火打ち金をかちりとやり、火花をメノウ石とともに握りしめた火口で受ける。
慣れないと、とてもできそうにないですね。
でもこの方法だと、湿った条件でも、可能かな。
火口としては、サルノコシカケの仲間のキノコ、ぜんまいの綿などいといろ使われ、その火を移すときにカンバの皮、乾いた小枝を裂いたものなども、使われたと思います。
火口に通じる野草に、アザミの仲間のオヤマボクチ(雄山火口)があります。
これは、飯山地方などで蕎麦を打つときに、つなぎに使います。
蕎麦を栽培したころ、こんな体験もしたことがあります。
http://trace.kinokoyama.net/farmer/soba/soba-oyamabokuti2000.htm
火打ち石と火打ち金の話、長年の謎が解けました。慣れると一分以内とか。いやあ3900円セット買ってしまいそう。
家では和服、下着はふんどしと、江戸時代ファンなのですが、火打ち石の真実は初めて知りました。
ピッケルやアイゼンで岩をこすると出るあの火花。火花出すには石と金がいるわけですね。慣れれば火打ち金ではなく鍬やなんか使っていたそうですから、ピッケルでできるようになれば一流です。
火口という死語ともに、植物の名前には使わなくなった生活道具が残っていて楽しいです。
yoneyamaさんに言われて、私もさがして見て、びっくりしました。
なるほどねえ。さすがだねえ、昔の人は。という感じです。
そういえば、銭形平次のドラマで、家から捕り物に出撃するとき、平次のカミさんが、カチカチと火打石を鳴らしていましたね。
魔除けのおまじないかな。
マッチやライターと同じくらいに、ひと昔、ふた昔前までは、火打石は日常用品だったのでしょうね。
ツリガネタケは、サルノコシカケの仲間のなかでも、春までそのまま腐らずに、幹について残っているキノコです。
昔の人は、きのこや、葉っぱの火口も、旅程をかせぎながら、四季おりおりの素材を見つけ、ほぐしたり、乾かしたり、油紙でつつんだりしながら、歩いたのでしょうね。
先日、yoneyamaさんが紹介された江戸の長旅の本のことも思いだしました。
自然と深くつながりながらの、旅ですね。
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