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この小屋にすでに泊まったという尊敬すべき人は、ヤマレコにも何人かおられると思います。私は、五色ヶ原とセットで何度か計画したものの、強い雨が降るとアプローチがきびしくなる場所のため、ロッジ黒四から先は、まだ行けていない領域。そこにある小屋です。
ただし山小屋は、世代や管理者が代わると雰囲気も大きく変わる。
もしかしたら、憧れのままにしておいた方がいい小屋かもしれません。
現在の平（だいら）の小屋は、黒四ダム湖の上流側、針ノ木谷が合流する湖の西岸に位置しています。一帯は川幅が広がり「黒部平」と呼ばれてきました。五色ヶ原や赤牛岳への入山コースとして、また黒部上ノ廊下への入渓の起点として、使われています。
黒部川を横断するルートは、戦国時代末期の佐々成政の冬のザラ峠、針ノ木越えが示すように、歴史がある古道です。黒部平には古くから「籠の渡し」が架けられて、この渡しは古い山地図などにも記入されてきました。
平ノ小屋は、北アルプスでも有数の古い歴史をもつ小屋です。
明治以降は次の大きな時期に区分されます。
１）１８７１年（明治５年）ごろ、長野県の平（だいら）村の猟師、遠山品右衛門が、黒部川の河畔に掘立小屋を建てる。
小屋は、猟や釣りのほかに、信濃大町側からの立山信仰登山の客の泊まり場としても使われた。
１８９９年（明治３２年）、国有林の使用料を取り立てる制度に変わり、品右衛門は小屋の権利を放棄。
以後、小屋は荒れる。
２）１９０９年（明治４２年）、宇治長次郎がガイドする田部重治パーティーが平ノ小屋に泊まる。小屋の様子の記述はない。無人小屋の様子が伺われる。
この記録は、登山を目的にこの小屋が使われた、最初のもの。
３）１９１７年（大正６年）、富山・芦峅寺の志鷹弥三太郎（したか・やそたろう（明治２７年生まれ））が、黒部平のこれまでの小屋を補修して、平ノ小屋の管理を開始する。所有が営林管轄局から富山県に移ったのにともない、県の委託で管理。
平ノ小屋には大工が入って修繕と増築がされた。間口４・８ｍ、奥行き５・６ｍの平屋建て。
学生の登山者らが次第に増え始めた時期で、弥三太郎は、シーズンを通して小屋に入り、里で売るための岩魚釣りの傍ら、小屋を経営。妻、ミヨも夏季は小屋に入る。
ミヨは、１９２３年に五色ヶ原に富山県が建設した、初代・五色小屋の管理も始める。この五色小屋は、最初の２年間は、福松伝右衛門が管理し、そのあとを受け継ぐ。最近解体された五色ヶ原ヒュッテが、当時の小屋のあった場所か？
立山地域の山小屋建設は、同年１月の板倉勝宣の遭難死を受けたもので、剱沢小屋もこのときに建設された。
４）１９３０年代以後、日中戦争から太平洋戦争へとすすむ時期のため、立山を訪れる登山者は激減する。
弥三太郎は、年間を通して小屋に入る。
１９３７年の国立公園の制定にともない北アルプスは全域が狩猟禁止となり、小屋の経営と生活は困難した。
１９４４年、養子の長男（陸軍少尉）が戦死。
戦死の報は戦後に伝えられ、弥三太郎は小屋の経営の継続をあきらめる。５１歳。
５）１９４７年（昭和２２年）、観光登山の興隆をあてこんだ実業家が、平の小屋、五色小屋、剣沢小屋などを買い取り、「富山県観光協会」を設立。
しかし、戦後の困難な時期で、登山者はすぐには増えなかった。
６）１９４８年、経営難の観光協会が、立山一帯の山小屋の経営を請け負いに委託する。
芦峅寺の佐伯覚英が、請負でなく買い取って、平ノ小屋の経営に乗り出す。
覚英は、弥三太郎から、イワナ釣りの極意を学ぼうとしたが、「川へ行って覚えよ」と言われただけだった。
後にこの伝法は、覚英の２代目に引く継がれる。
７）１９５６年、黒四ダム工事が着工。元祖・平ノ小屋は、湖に沈む。小屋の前の河原かわ湧き出る温泉も、ともに沈んだ。
１９６３年に新・平ノ小屋が、１００ｍ高い位置のブナ林を切り開いた丘の上に、このブナ材も使って建てられた。
黒部川にかかっていた吊橋もダム湖のためになくなり、代わりに小型の渡し船が電力会社から提供され、針ノ木谷側との間に就役。小屋が運航することになった。
その後、覚英の２代目佐伯覚秀、３代目覚憲が、小屋を受け継ぎ、現在にいたる。
現在の五色ヶ原山荘の経営者らには、平ノ小屋の弥三太郎について、「この人は生来の天衣無縫、飄々とした仙人の様な人だった」という人物評が伝えられているそうです。
私が平ノ小屋を知ったのは、１９７１年、福島市の高校の２年の夏でした。山岳部が、針ノ木→黒部湖→五色ヶ原→剱岳の１週間の縦走に取り組みました。当時、私は野球部だったので参加はできず、この夏は１人で飯豊連峰に入りました。
当時は、針ノ木谷のルートも、いまよりずっと踏まれていた時期で、山の雑誌でもこのルートは人気コースとして紹介されていました。
いつか機会をみて、黒部平の現場に立って、弥三太郎の平ノ小屋の空気感だけでも味わってみたいです。
この記述は次の資料を参考にしました。
�顱法嵶�山とガイドたち――秘められた近代登山記録」（北日本新聞社、１９７３年）
�髻法屬錣�山旅五十年」（田部重治、平凡社ライブラリー、１９９６年）
�鵝法嵶�山・剱・黒部 マウンテン・ガイドブック・シリーズ」（朋文堂、１９５４年刊）
�堯法峭�部の弥三太郎――立山ガイドと釣り師の物語」（１９９１年、甲山五一）
��）「平の小屋物語――黒部の自然とイワナよ永遠に」（１９９２年、今西資博、この本の歴史部分は前掲の資料�颪覆匹�らの孫引きが多い）
tanigawa さん こんにちわ
平の小屋の歴史初めて知りました。
私がこの小屋を初めて利用したのは、1970年代の初めころでした。
当時の小屋の主、佐伯さんは怖い〜というイメージ、奥さんはなかなかの美人さんという記憶があります。
ここは佐々成政の埋蔵金を求めて何回も通いました。というのは冗談で、岩魚を求めてヌクイ谷、奥黒部をツリ歩きました。当時の赤ん坊が今の主人・・・時の経つのははやいものですね。
今度は五色ヶ原の途中にでも利用してみます。
treeappleさんにとっては、この一帯はホームゲレンデではないかとに思っていました。
１９７０年というと、覚英さんと、２代目の覚秀さんが小屋のいたころかなと思います。
私が野球部の県大会にいかなかったら、１９７１年夏には小屋にいっていたかもしれませんね。
五色ヶ原もまだ行っていないので、早い機会に訪問したいです。
tanigawaさん こんにちは
私も黒部が大好きで、行くだけでなくその歴史にも興味を持っています。tanigawaさんもすごくお詳しいようでうれしくなりますね。
志鷹弥三太郎は平の小屋の立志伝中の人物ですが、その評価が越中と信州でかなり異なっていて興味深いものがあります。
tanigawaさんも読まれた
「黒部の弥三太郎――立山ガイドと釣り師の物語」
の中での人物評はtanigawaさんも日記の中で書いておられる通りなんですが
信州の方の人物評では、晩年は御山谷の日電小屋で飯炊き人夫をしていたが、目が不自由であまり相手にされず最後は御山谷の日電小屋の放火の嫌疑までかけられていたようです。
「イワナII 黒部最後の職漁者」曽根原文平述より
どちらがホントはさておき、黒部川を巡って越中と信州の違いが出ていて面白いなと思いました。
sakura0725 さん、コメントいただきあがとうございます。
＞その評価が越中と信州でかなり異なっていて興味深いものがあります
弥三太郎は、一年の大半を信濃大町や松本でばくちをやってくらし、芦鞍寺に帰っても家族にさえ何をしていたか、言わなかったような生活をしていた人物だたったそうですね。
小屋を譲ってからは、ますます生活がひどくなっていったのかもしれませんね。
＞「イワナII 黒部最後の職漁者」
この本は知りませんでした。
出版元のサイトに、
＞「職漁の大ベテラン・遠山富士弥」
という人物からイワナ釣りを学んだとありますが、
「黒部の弥三太郎――立山ガイドと釣り師の物語」
では、富士弥はばくち打ち仲間で、釣りの腕前はぜんぜんだめだったように、書いています。
同一人物だとすると、見方や伝承のされ方で、１８０度別の人物像に描き出されていることになりますね。
このあたりが、昔話のおもしろいところですね。
イワナ釣りですが、これは人に教わって身につくものではないと思います。釣れる場所に行けばいいだけのことで、いないところではけっして釣れない。
イワナ釣りは、他の釣りに比べてもとても単純で、素朴で、名人とか言って神格化するほどのものかなあ、と思います。
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