第9章「寝技仙人現る」からして既に面白く読ませる。
そして第12章が「応援団瀧波」と!
漫画を手掛ける一丸氏のタッチによって、瀧波氏は柔らかな女性的雰囲気を持った美形ムサクルシ系男子として描かれている。
主人公増田や和泉唯信により原作小説でも氏はかなりの好漢として描かれているが実際は、、、、、、、好ましい漢(おとこ)だった。
私が平成元年1989年4月に入学して恵迪寮に入ってイギナリ強烈に印象として残ったのはやはりバンカラ応援団だった。憧れて入学しただけに、尚の事印象深かった。大体にして恵迪寮自体が強烈過ぎ!でしたが。
その時の団長が瀧波氏だったはずで、氏は1986年入学で当時所謂「4年目2年」又は「4の2」(4回生だが2留年して実際は2年生)で、水産学部移行による函館行きが半年後に控えていたと記憶する。よって、札幌では寮内で半年見掛けただけの人だった。激烈水産追コンもあったが、むさ苦しいだけの印象を残して。。。。
「3の2」で水産移行する私が、函館での引っ越し先を決めかねていた矢先に恵迪時代の同じく3の2で移行を決めた”粘土”という男(別称”倭寇”)に、恵迪寮から水産移行で流れてきた人間たちで借りて住んでいる猛烈一軒家があるので俺にも入れ、という。
北大山岳部流に慣れ親しんだ結果、濃厚味付けの「恵迪風味」に些かの抵抗があったものの、値段に負けて入ったその「酔族館」に、何と瀧波憲二氏が居た!
卒業を控えて(就職活動含め)既にムサクルシサを払拭し、元々の顔立ちの端正さが角刈りとマッチして、どちらかと言えば漫画中に登場の冷血金澤氏を少々柔和にした感じがその面立ちとして妥当で、入館に際しても歓迎頂いた。カンノヨウセイも無かった。
恵迪仕込みの大酒呑みの機会もここでは無く、同居の暴れん坊将軍、岐阜人・大泉氏と共にあちこち飲みに連れ歩いてもらった。援団話に艶話、函館という地を背景にユメやキボーの話もした(よく行った飲み屋はその名も「野武士」!)。
恵迪寮はじめ山岳部もそうだったが、北大の先輩方全般に威圧的なところなく、男らしい人がホント多かった。
飲み過ぎで吐いた数知れずだが、十全な介抱もあり飲んでてホント楽しかった思い出ばかりだ。
今、振り返ると良い時代だった。
幸いと言うべきか?小説で頻出する「木村」さんと飲んだ記憶は無いが、瀧波氏周辺でそんな機会も有ったかもしれない。
「木村」さんが多分あの方だったのだろうとボンヤリとは記憶に残っているのだが。
諸先輩方、どうもゴッツァンでした。
長い時間が経っちゃって漫画になるなんてねえ!木村も瀧波も惠迪寮で覚えています。増田さんは柔道場にしかいなかったみたいなので覚え無いです。
漫画は読んでないけど、本は読みました。カミさんも読んでます。面白かった。
野武士ってのは港町の方かな?函館にいた時、駅や西部地区の方に居りましたので、行かなかったです。
あれ読んで「何浪してでも北大柔道部へ入っちゃる!」と京大アメフト部のような話があるのと面白いんですが。
部報8号拝受しました。いいパイセンに恵まれて感謝しております。大事にします。いつか後輩に譲ります。
この本って、10数年前に松本市内の古書店で購入したものではないでしょうか?
恵迪の恵が惠でなくてスミマセン。
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