喫煙始めが定かでないが、大学探検部で覚えた習癖なので1989年秋ごろと記憶する。
となると、22年以上吸い続けたことになる。22年!
自身の身体は頑健でもなく、小柄でその肉体を上下左右の移動だけに特化した能力でこれまで登山行為をしてきた。
なので、煙草が身体には合っていないことを自覚しての22年だった。
酒を呑んではタバコ飲み、晴れれば晴れたで飲み、渓で一本、雪洞で一本、山での休憩ごとに飲み、、、。異国の地でも、船上生活でも、また日常の生活でも。
真っ黒でもないだろうけれど、未だにそこそこ黒いんだろう。「我が肺は黒である」
林業に従事して、仕事の過酷さとの相乗効果から喘息症状を発し、止むに止まれぬ流れで喫煙の悪癖を断ち切ることになった。
自制心無い性格の割に、すんなりと止められた自分を意外に思う。タバコ料金の値上げは関係ない、多分。2012.2.11以降、ただの一本も吸っていない。
振り返って、煙草を吸うとは私にとり一体どういった行為だったのか?
少ない小遣いから捻出してセブンスターを購入し、ニコチンを摂取して心の安定を得る?
健康上の有害性を認めた上で吸引するのは信仰心、儀式? 格好つけか。22年も。
物事の区切りを付ける、有用な道具の一つではあった。
喫煙を経験した上で初めて「喫煙は身体に悪いので止めた方が良い」と言えるのであって、経験ない人の言に説得力は無い。今の時代は受動喫煙の問題も取り沙汰されるので、一概にそうは言えないのかな。何につけ、経験して初めて分かることは多い。
加護ちゃんだって吸ってた。「タバタバ、あるか?」のジムシーも、ジムニーに乗ってた家内も吸ってた。成海璃子も、松たか子も?柴崎コウも小泉今日子も?えっ、黒木華も!横浜の姪っ子もっ!吸ってる?
中島らものように、酒煙草に始まり大麻から●●、LSDにアマニタパンセリナまで一通り経験してからの方がより説得力はあろう。しかしあそこまで徹底しなくてもよかったのに、逝去が悔やまれる。
近日、ちくまプリマーブックス「冒険登山のすすめ」を上梓予定【昨日発売予定日だったというのに注文本が届かな〜い】のyoneyama氏も私同様に喫煙経験ありの禁煙者で、山の焚火の前でだけは吸っていいという自己流ルールを設定している(いた?)。それを聞いて私もそれに則って吸ってみようかと考えたことがあったが、実践に移す勇気はなかった。再発へとあっけなく揺らいでしまいそうだったから。だったらそれでもええや〜ん、の声も聞こえてきそうですが、制約に縛られている事自体が好きな体質なのです。
酒は未だに止めていないので、学寮での呑み始めを1989年4月として勤続?27年半となる。肝臓さん、お疲れっす。二日休んだので、今日は呑もう。
高田渡の歌に「酒心」というのがある。
♪雨が降るといっては飲み 晴れれば晴れたで呑む 雪で一杯 紅葉で一杯 夏の夕立後は さわやかに一杯
♪春のお酒はたまらない 一分咲いたら ちょっとと一杯 二分咲いたら また一杯 三分咲いたら 本格的に呑む
♪散りゆく花に涙して 酒飲族はたまらない 酒飲族はたまらない と言った具合で 1年365日 呑む
〜歌は「生活の柄」へと続く。
振り返って、煙草を吸うとは私にとり一体どういった行為だったのか?
ご参考までに
http://news.livedoor.com/article/detail/9033809/
http://www.kaisernetwork.biz/2008/02/post_78.html
追:
不良自慢=愛を感じることができず、道をそれた者が無意識に甘えさせてくれる親を求めたのかも知れぬ。
カッコ良いものとしてやたら煽られていた。批判眼を持たぬ者、不安の大きな者が乗せられていただけかも知れぬ。
しかし、煙草・茶・珈琲など、判断を鈍らせることがない嗜好品を楽しむ時間を共有し群れの結束を固め問題解決に多少なりとも近づく時間などは存在した。
これも不安を紛らわせる時間を共有していただけかもしれぬが、こうして科学・文化が少し発展したような気もする。(Re:無用)
母親との関係はあるかもしれません。
私は世間でいうところの不良ではなかったが、高校3年から吸っています。一時期喫煙規制の厳しかったタンカーに乗船していた頃やめていましたが、また吸っています。
韓国や台湾へ出張の多かったころ、かの国では、たばこを勧めるのが客人への「おもてなし」と考える時代があった。それからまた吸っています。30年は吸っているでしょうか。
最近は沢筋を遡行しているとき、熊やケモノの気配を感じた時などに吸います。連中は鼻で生活しているから、ヒト以上に受動喫煙を嫌うようです。
いずれにしろ山の中での「他人の喫煙」は非常に気になります。勝手な言い分ですが。
山口瞳のエッセイに「酒飲みの自己弁護」というのがありましたが、「たばこ吸いの自己弁護」は最近ちょっとカッコ悪い。
maasuke1様
高3で吸うのは不良と言います。
私の場合、乗船中は酔いとあの重油の匂いで喫煙習慣が鈍化しました。
韓国へは行ったことがありませんが、台湾のあの煙草のもてなしは実に好いものですね。今日日の日本では暑苦しがられるホスピタリティかもしれませんが、あの南国では妙にシックリきます。黄色のパッケージの「長寿(Long Life)」が懐かしい。
当時(15年くらい前)どういうわけか台湾では日本の「峰」が、カッコイイ男のステータスのようになっていました。蛇足。
数えてみると面白いですね。
十六歳、1980年から1996年まで16年吸ってました。ヒマラヤの上部でタバコが切れて半月吸っていなかったので中毒は消えていたと思うのだけど、下山した時飢えて吸っていたら、尊敬する先輩に「みっともないね」と言われてきっかけになり、やめました。感謝しています。
山の焚き火では、サイトーがよくハマキを持ってきて勧めてくれます。これはカストロ気分でいいですよ。でも山を降りたら吸う気にならない。
まっちゃんは吸うと言わずに飲むというところが前々からいいね、と思っていました。
このジムシーの細目の顔、サイコーだよね。
上には上がいますよ。macchan。16こそ完璧に不良ですよ。
maasuke1さんに指摘されるまでもなく、16歳で吸うのは不良と言います。
「尊敬する先輩」が誰なのかは、次回会った際こっそり教えて下さい。
サイトーさんは今(下界)でも吸っているのかな?拙宅に遊びに来てくれた時は止めてましたが。
ジムシータバタバの話で盛り上がる人が、世には局所的に存在するのを知っています。
ジムシーのタバタバは、タバタバではなくタイタイであると指摘する無粋者がおります。
チベット人は、タマタマ、クチクチ(くれくれ)と言っていましたよ。
1980年代は高校生普通に吸っていましたよ。みんな忘れっぽいよ。日本も変わったものだよ。ジムシーだって、1977年の放送だよ、映画やテレビで、ちょいワルの高校生が吸っているシーンでても、作品にケチつける人はいなかったですね。ワルがりたい人の公認小道具でした。
先輩は、村口徳行さんです。撮影でエベレストに多分日本一登っている人ですよ。
今日日のテレビでも、喫煙シーンと言うのをまるで見掛けなくなりましたが少々不気味なものを感じます。
村口さん、流石に色んな方々と交差してますね。和田さん、澤田さん、そして加藤慶信君、、、。クーラカンリの中村進氏の後輩に当たる方でしたか。
あ、今「冒険登山のススメ」届きました。目次で「GPSはやめましょう」が目に飛び込んできた。
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