断片的にしか知らなかったヒトラーとチャプリンの運命的な関係を次々と明らかにしてくれるすごくおもしろい本でした。ヒトラーとチャプリンは同じちょび髭である上に、4日違いの同い年だった。ヒトラーが勃興したときすでにチャプリンは、人間愛と平和を訴えるテーマで貫かれた喜劇映画のスーパースターだった。丹念に両者の時系列を追うと、運命的な対峙がわかる。
両者ともに、20世紀のメディア、映像プロパガンダ時代の意味を深く知り、実践し大衆に支持されていた。チャプリンの信念は「大切なことは大真面目にではなく喜劇的に伝えてこそ広く受け入れられる」。 映画「独裁者」はそんな中、成すべくしてなされた、チャプリンが扮したヒトラーのパロディーだった。 ナチスはチャプリンをユダヤ人と決めつけ執拗に嘘で酷評し上映禁止にした。ナチの世界戦争開始と、映画「独裁者」の制作はほぼ同時進行。強制収容所やムッソリーニとの同盟、独ソ戦は脚本の方が先で現実が後追いしてくる。チャプリンの平和思想が、命をかけたものだったのだと、今はわかる。更にナチスに怖気づいていた米英仏政府が制作をずっと妨害したとは驚く。「独裁者」の撮影開始はポーランド侵攻の時、「最後の演説シーン」の撮影はパリ陥落のとき。誰もがビビってやめろという。孤立無援、命がけの喜劇、ただのお笑いじゃない。
チャプリンが「ヒトラーを大した役者だ、かなわない」と評している。チャプリンの、らしく聞こえる「でたらめドイツ語」、何時間もアドリブでしゃべり続けるという才能にも驚いた。これはなかなかできない。その解説も詳しくてとてもおもしろい。ゲーリングはヘリング(ニシン)、ゲッベルスはガーベイジ(ゴミ)。意味のないドイツ語は、ヒトラーの、内容のない演説の暗喩で、それを完璧にパロってこなす芸。これをやられて、ヒトラーの演説の神聖さが失われた。何度も脚本を練り、何度も撮り直し、監督、撮影、編集、役者、経営、全てこなす上に堅い信念だ。ふざけた恰好なのに、こんな超人だったのだ。
最後の演説の普遍性も、この本で深く理解した。映像カットバックによる当初の案を全部捨て、延々6分にも及ぶチャプリン「総統」の演説をカメラ目線のバストサイズで長回しして、なんの映像的工夫もなく、演説の力で真摯な訴えを見せる。舞台で叩き上げの実力があるからできる。対象的なレニ・リーフェンシュタール「意志の勝利」の映像理論が色褪せる、このラストだけが喜劇から脱却する大真面目な反戦の映像だ。
■図説 モノから学ぶナチ・ドイツ事典 ロジャー・ムーアハウス
ナチスの残した物体の数々の写真とその簡潔な説明で、まるで解説の確かな博物館の展示を見ているよう。大小の兵器はもちろん、今や世界標準の燃料缶や迷彩服の優れた機能デザイン。ゲシュタポの身分証明徽章やSSの制服、レジスタンスの書いたハガキ、ホロコーストの遺品やゲットー殲滅終了報告書。各種勲章、アフリカ軍団の帽子、メルツェデス・ベンツ、ニュルンベルク党大会の記念ビールジョッキ、ヒトラー人形、ユダヤの黄色いワッペン、囚人服、ルドルフ・ヘスのモモヒキ、エファ・ブラウンの口紅ケース、ヒトラーのヒゲブラシ、メッサーシュミットBf109、ユンカースJu87、タイガー戦車、Uボート、V2。子供の頃は夢中になった秀逸なデザインから戦時下大衆を惹きつけた子供だましまで。大衆の心を引っ掴むヒトラーの思想と虚構と犯した悲劇を改めて読み進む。どこからでも、いつまででも読める不思議な本です。
■劇画ヒットラー (ちくま文庫)水木 しげる
ヒトラーと周辺人物の関係などが詳しく描かれていて、どのように意気投合しどのように騙し合い、どのように粛清したかなど、微妙な機微がよくわかる。ただし周辺人物を概ね知った上、歴史事象を頭に入れた上でないとついていけない。漫画だから読みやすいという類いの本ではない。水木氏はここまで描き込もうとヒトラー研究したのだ。風景画などには水木エッセンスの不気味な砂状画法が似合っている。各章の悪魔的な扉絵も秀逸。やはりこの男は妖怪だった。ヒトラー周辺の話にズームインしているので、強制収容所や、前線戦闘場面などはほぼ無し。
■独裁者のブーツ: イラストは抵抗する ヨゼフ チャペック
チェコの作家、カレル・チャペックの兄ヨゼフは画家で、ナチスに覆われる1930年代に、画家兼新聞記者としてプラハの新聞リドヴェー・ノヴィニ誌(人民新聞)で連載した風刺画集。ヨゼフは1939年9月1日ポーランド侵攻の日に、ついにお縄になり強制収容所へ。終戦間際に病死した。チャプリンと同じく、笑いで権力の牙を抜く人。カレルは、その3ヶ月前に病死している。「ロボット」や「山椒魚戦争」のカレル・チャペックにこんな兄がいたのを初めて知った。後半に、二人の研究者たちによる解説が丁寧で、おもしろかった。
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今と同じく歴史の節目であった1945年世界戦争の年に、今の私と同じ年齢、56歳の人はどんな時代をどう育ったのかと、いろいろ考えていたら、チャップリンとヒトラーがいました。1889年生まれ。それでこのところヒマだし、本を読んでいます。メモ代わりです。
yoneyamaさん、こんにちわ。
チャプリンが命がけで独裁者を
撮ったというのは、割と有名な話で、
確か数年前にNHKが年末特番で
「映像の世紀」という超長い番組を
やっていて、そこにも
出てたんじゃないかな。
ヒトラーは短気で狂的だけど、
あれ、スターリンの話だったら、
ガチで暗殺されてたんだろうな。
古い映画、久々にもう一度
みてみたいと思いました。
ちなみに昨日は一色の
鰻屋さんに行ってました。( ̄∇ ̄)
いい話だから、有名な話なんでしょうねえ。知らなかったので感動しました。撮影日誌の細かい日付と、作っていく過程で没になったシーンや没になったセリフ、撮り直し、編集し直しのしつこさ、映像制作に関わる執念、外野の世俗的な妨害をハネる強い意志が、この本を読んでホトホトわかりました。一生をかけた仕事とキメてますね。
一色町って、なんかすごく久しぶりに聞いた地名です。すっかり忘れていたけど、20年前、そのへんの水運関連の町並みでドキュメンタリー撮ったこと、おぼろげに思い出してきた!
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