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2025年05月05日 18:25読書 書評全体に公開

【読書備忘】『チベット紀行』トランスヒマラヤを巡る

北海道大学山岳部OB、京都大学学士山岳会会員ほか、また南極越冬隊経験者らによる、2015年のチベット西端・アリへの自動車旅行の紀行。ラサから西へ往路はヤルツァンポ川沿いに、西端の拠点都市アリから東への復路はチャンタン高原の南縁をたどり、ラサへ戻るという総行程約3,500kmの往復およそ2週間の旅が記録されている。

メンバーは1960〜70年代に学生生活を送り、ヒマラヤやチベットに強い思い入れを持つ60〜70歳代の世代(2015年当時)。1960〜70年代のチベットは文化大革命で完全に立入禁止で、ヒマラヤは南側だけからだった。チベットは1980年代改革開放以降、外国人旅行者(特に日本登山隊)に対して徐々に開放されてきたが、その後尖閣諸島以降は日中間の冷え込みムードや北京政権の方針(チベット問題)により、再び閉鎖的な空気に包まれるようになった。だが、2015年当時は、制限がありながらもこれほどの広範な旅行が可能だった。変わりゆくチベットの貴重な「西域ルポ」と言える内容だ。

筆者(米山)は1991年と1996年に東チベットのナムチャバルワとチョモラーリ登山で訪れており、当時との比較の視点から本書を読んだ。2000年以降、中国政府はチベットの開発を加速させ、高速鉄道や自動車道路の整備を進めてきた。この結果2015年にはラサから西端のアリまで、自動車で7日間あれば到達できるようになっていた。1日あたり100〜500kmの走行が可能な道路網が整っていたということだ。スヴェン・ヘディンの時代なら半年かかっただろうとある。

また、漢族住民の流入が進み、北京や上海からの観光客が非常に多く訪れるようになっていたという印象とのこと。チベット高原の道路整備について、専門家である住吉氏が詳細に記述している記事が興味深い。

また、19世紀以降の英露日瑞のチベット探検史のダイジェストもよく整理されている。1980年のチョモランマ三国合同登山に参加した貫田氏や、1963年の北大ナラカンカール越境事件に関わった渡辺氏が、それぞれ当時の体験と事情を自ら触れている。

後半には、地質学や雪氷学を専門とする渡辺氏、在田氏によるチベット地質構造の概説が掲載されている。チベット高原がゴンドワナ大陸由来の三つの地質ブロックとその縫合帯によって形成されていること、ポタラ宮は三畳紀の石灰岩層にできたカルスト地形の上に建っていること、インダス川ーヤルツァンポ川の断層には、ユーラシア帯の下に沈み込むテーチス海の海洋プレートが突き進んだことで形成された貫入閃緑岩や花崗岩層が見られること、カイラス山の地質構造など、よくまとめられている。荒涼たる景観の自動車旅行とはいえ、こうした地質的読解力を持った眼があれば風景が意味を持つ。こうした研究者たちが長年取り組んだ研究のフィールドをようやくこの眼で見る旅なのだ。

刊行は旅から10年後の2025年だが、近年では珍しいチベット旅行記だ。ただし、10年のタイムラグがあるため、記述が2015年時点の情報なのか、2025年時点の視点を含んでいるのか判別しづらい点は残念だ。なにしろ、この間の中国およびチベットの変化のスピードは極めて速く、まして自分が知っている1990年代の状況とは、今やまったく異なるはずだ。

2024年のあとがきによれば、この旅行の翌年2016年以降、チベットは外国人に閉ざされたとある。久ぶりにして、当分出てこないであろうチベット旅行記となりそうだ。

いつの日か、チベットを自由に旅行したい。生きている間に叶うかはわからない。

編著:北大山の会チベット調査隊
発行 いりす(同時代社)
2025年2月刊
3500円
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コメント

おはようございます

数年前にチベット問題からチベット仏教に関心を寄せていた期間があり、こちらを拝読し、またチベットへの思いが蘇りました
私もチベットへは可能なら足を踏み入れてみたい国であります
願わくはダライ・ラマ14世ご存命中に帰省できる未来があれば…とも思います
2025/5/6 7:29
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445さん
チベット問題、チベット仏教から入ったのですね。ダライ・ラマ14世はうちのオヤジと同い年で1934年生まれ、今年はついに91歳ですね。元気とはいえそろそろかならず来るものをイメージしなくちゃなあ、ともう長いこと思っています。北京政府の姿勢は相変わらず鉄板ですが、歴史の変わり目って、イキナリ来ることも多かったと思います。
2025/5/6 12:21
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イグルスキー米山さん

始まりは兵庫県姫路にある書寫山圓教寺の僧侶の方が関西ローカル番組の生放送でチベット問題について抗議文を読み上げられたのを観たのがきっかけでした。
当時はチベットへの弾圧行為は一切報道されておらず、観て内容を聞いていても何を伝えてらっしゃるのか?私には全く理解すらできませんでしたが
僧侶の並々ならぬ覚悟を感じさせる気迫に、この人は何を命懸けで伝えようとされているんだろう…と調べたのが始まりでした。
深く知れば知るほどにこちらの心が軋み、無力感に苛まれ、同じ人間なのに…と嘆き悲しむしかできない状態で辛くなるばかりでしたので、ここ数年山歩きをしている内に意識が離れてしまっていました。
最新日記欄に「チベット」の文字を見つけお邪魔した次第です。
最近はダライ・ラマ猊下のことを祈念することすら忘れてしまっていたのでまた以前の様に思いを馳せて祈念しようと思います

ただ、今帰省されても悲しみでお身体に障られるかも…とも思うのでお幸せに過ごされることを祈念しようとも思います。

チベット人の純粋な心や文化、文字が失われないことも。
日本人の心も同様に…

こちらにめぐり合わせのあった事に深く感謝いたします

イキナリ変わり目が来ることも多かった…

そうですね。最近そのような兆しもあるように思います

大変救いになるお言葉でした
ありがとうございます😊
2025/5/6 21:28
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445さん
チベットわが祖国: ダライ・ラマ自叙伝 (中公文庫) 1988

がおすすめです。古い本なのでもう古書店か図書館ですが、ダライ・ラマ本人による自叙伝で、大戦中、密使としてラサを訪れた木村肥佐生氏の翻訳です。英語で読んでもとてもわかり易い本でしたよ。
(My land,my people)

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2025/5/7 11:31
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イグルスキー米山さん

ありがとうございます!
見つかりましたので、読んでみます!
2025/5/7 19:12
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