純粋に地震そのものの話です。東京に住んで31年、毎日こんなに余震と親密になる暮らしは初めてです。通勤の電車も震度5強で止まる可能性があるので、折りたたみ自転車を買って、職場にデポしておこうかと、ネットで物色中です。50キロの家路は遠すぎるので。
そんなことを考えさせられるくらい、いま東京近辺も、大きな余震が続いています。
本震がマグニチュード9でした。余震は一つ下がって、M8が来ると見た方がいいと気象庁は言っています。M7クラスは、日々、続いています。いずれも、ふつうならごくたまに、とか、3・11までは体験したことない、というレベルの大型地震です。
最近はだんだん余震の震源エリアが南下しているようで、やな感じ。
なにしろ本震で、東北地方はぐぐっと20メートル以上も東方向へ伸び進んでしまいました。その伸びすぎに追いついたり、修正したりするので、地震研究者らは、日本海側の県(青森、秋田、山形)が、力学的に不安定になっている、と話しています。
長野北部のうごめきも、そのあおりでしょうか。
南下はどうか。
3・11のM9のときの震源域は、南では茨城北部沖まででした。
その南、房総半島沖、相模沖・・・は、ばらばらにか、まとまってかわかりませんが、やがては来る。この震源域だと「新たな本震」というカテゴリーになります。
そして東京直下型も。
数ヶ所の連動だけはしないでほしい。このエリアはフィリピン海プレートも加わって三つ巴なので、押し合い、へし合いの構図が単純でないし・・・。
とにかく3・11で勢いをつけてズズっと動き過ぎたために、あちこちに動ききれなかった断片や、結果的に不安的な箇所が、残されてしまったらしい。本震から置いてきぼりを食った南関東も、同じ。
ここしばらくは、いつ、どこで、揺すられて立ち往生するかわからないので、備えだけはしておきたいと思います。
こんなことを身に迫って考えたのは、初めてです。
家の本棚の補強、パソコン関係の固定などはすでに取り組みだしています。無停電電源装置は、迷っています。
外出の場合。用意といっても、ごくささやかなものです。
通勤カバンには、LEDライト、携帯電話にはどこでも補充の充電ができる「専用充電バッテリー」、300ミリリットルのPETボトル、マスク、山用の超軽量ウィンドブレーカー。
職場には、替えソックスや下着、運動靴、タオル、甘いお菓子類。
帰宅用の地図も必要ですね。
折りたたみ自転車は軽量のもの(12キロ以下)を探しています。電車で運んできて、仕事場のロッカーわきに小さめに保管したいので。
同じルームの人のなかに、緊急地震速報を携帯で受信する人が2人居て、その電話が毎日2、3回は、ここのところ鳴っています。いいような、悪いような。
夏は大規模停電で帰宅の足がまたかき回されるかも。
しばらくは、余震・本震?と、親密なお付き合いが続きそうです。
早くこういう時期は、通り抜けて行ってほしい。余震がおちついてほしいです。
tanigawaさん、おはようございます。
余震が落ち着いてきて、昨夜はぐっすり寝ることができました。
この一週間ほどは余震なんだか予震なんだか訳の分からん地震がボコボコやって来て、気の休まる時がありませんでした。
って、書いている今も来ました。
茨城県と福島県の県境付近は地表に近いところが壊れまくっています。
Hi-NETの震央マップから現況を掲載しておきます。
http://www.hinet.bosai.go.jp/hypomap/
我が家は震度6強、6弱、5強、5弱と襲われましたが、今のところ大きな被害を受けずに済んでいます。
でも、この先どうなんだろうと心配です。
dari88さん、図を見ると、赤色の浅い震源の地震が集中しているところと、黄色のやや深めの震源の地震があつまっているところと、分布が明瞭ですね。
浅いところは、北米プレートの南端に近く、今度の3・11の本震では、太平洋プレートの上にのって、東へ全体として伸び進んで、行きました。そのとき、取り残されたところが、いま動いているのかもしれませんね。
房総の東、さらに房総の先端部の南、ここらあたりは北米プレートの最先端で、全域が、3・11では取り残されたところです。
10日に茨城へ行きました。土浦あたりでは、3軒に1軒の割で民家の瓦屋根が被害を受けていて、水戸が近づくと瓦屋根は傷んでいない家が半分以下に。
たいへんな震災だったと感じました。
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