|
////////////////////////////////////////////////////////////////////
Ｈ 様
昨晩、登山から帰って、メールを拝読いたしました。
あのときのお二人のご家族の方からとは、文面にただ驚くばかりです。また、今度の大量遭難事件がトムラウシであっただけに、山の遭難がご家族の方々をふくめ多くの人に残す痛苦の思いを改めて考えさせられております。
Ｈさんのメールには「３０年目の節目」と書かれていましたが、１９７９年のトムラウシでのお父様、弟様の遭難からもう３０年もたったのですね。あのとき、７９年８月３日のことだったと思いますが、トムラウシ方面から北へと縦走してきた私たちのパーティーは、ハイ松と草原が続くのびやかな高根ヶ原で、お父さんと少年の二人パーティーとすれ違いました。そこは、人が二列になって歩ける草原も混じるところで、少年の方が１、２歩前に出て、並んで歩いてきたのを思い出します。パーティー同士で、それぞれが元気にあいさつを交わしあいました。少年はお父さんの肩くらいの背丈で、すらりとした体つきだったのを思い出します。お父さんは大きめのザックを背負い、山なれている感じでした。
私は下山後、大雪の隣にある武利岳の沢へ、そのまま別のメンバーとおち合って入山しました。お二人の行方不明・遭難を知ったのは、下山して札幌に帰ってからのことになります。
その後、発見された状況から、お二人はヒサゴ沼に泊まって、翌日トムラウシへ向かい、北沼の手前の雪渓に迷い込んで、滑落されたと知りました。Ｈさんは、私がお二人に会った最後の登山者かも知れないと書かれていますが、あるいは３日に泊まったヒサゴ沼避難小屋でお二人といっしょだった登山者がいた可能性も残ります。私たちが１日に泊まった北沼には他に２パーティー、２日に泊まった忠別小屋のサイトには他に１パーティーいました。
いずれにしても、当時のトムラウシは百名山ブームの前で、ほんとうに静かな山域でした。
お二人が事故に遭われたのは、おそらく８月４日の午前のことだったのではないかと思います。この日も行動可能な天候でしたから。滑落して大怪我をされたお父上のそばで、怪我が軽かった弟さんはしばらくのあいだ、動きまわり、さらに下方のガレ場で発見されたことも、当時のニュースで聞きました。
二人の思い出とともに、お母様とご一緒に過ごされてきた年月は私には想像することしかできませんが、御家族にとってほんとうにたいへんな出来事であり、年月だったことを推察いたします。私も、７０年代末の知床の３月の遭難で、友人だった山岳部のキャプテンらを失っております。いただいたメールで様々なことを思い出しました。
３０年も前の出来事について、メールを拝読してから、昨晩、ふいに思い立ったことがあります。「なぜ、２人とすれちがったときに、もう少し言葉を交わさなかったんだろう」ということです。
私は、人と出会うのが少ないこういう山域では、登山中に情報交換しあったりすることがよくあるのです。それに、あのルートで父子連れのパーティーに出会うのは、多いことではありませんから。
あのとき、双方の計画を言いあったり、またお二人がトムラウシに向かうことを聞いていれば、私たちはガスの中、北沼の手前の残雪とガレの茫漠とした一帯で３０分も迷い、視界が開ける一瞬を待っていたくらいでしたから、そのことをお二人に伝えることができたかもしれない。そんなことを、昨晩、ふいに思ってしまいました。
私たち自身も道を失い、迷いかけたことは、私の山のサイトに自分の体験・記録としては書いてきたことですが、お二人と話し合えばよかったのにと思ったのは、昨晩が初めてでした。Ｈさんがご家族の方だったので、私もあのときのことをいままでよりも深くふりかえることになったのだと思っております。
さて、今回、慰霊の登山をというＨさんのメールの要件にもかかわりますので、お伝えしておきたいことがあります。
本来、トムラウシから十勝のオプタテシケにかけての一帯は、日高の多くの山とも一部通じるところがあるのですが、自分自身の力、自分たちのパーティーの力のみで踏破しなければならない、そういう「自力」だけが試される数少ない日本の山の一つだと、私は思ってきました。十勝側から日帰りができるようになって条件は少し改善されました。しかし、人がいない、施設が無い、自前で踏破し生存しなければならないという根本は、変わっていないと感じてきました。
他の人の支援は受けられません。長い行程を、必要な装備や食糧を背負って歩ききる体力がいります。天候に恵まれなければ、１、２日、そこに留まる準備がいります。
１９７０年代に札幌西高の山岳部の顧問をしていた方が、トムラウシでのこんな体験を書いています。１９７９年の「部報」に載せた文章のようです。
「今年の遠征は本校としては久しぶりにクヮウンナイ川をやった。9年前、雨の中をぐしょぬれになりながら必死につききったナメは、今年は沢歩きの醍醐味を十分に味わわせてくれた。札幌近郊では決してみられない大きい沢とナメ。はじめて行って、あの天気に恵まれた皆はしあわせだろう。しかし、その翌日のガスと雨の中の尾根歩きは、 天候の急変による山のきびしさをおしえてくれた。われわれが、かろうじてわかる踏みあとをさがしながら歩いたロックガーデンの中の縦走路を、何日かあとにあの2人の父子が、やはり(たぶん)ガスの中で道に迷い、後に2人共も死体として発見されたのだった。現場は、われわれが縦走路にとりついたあたりから1�劼發呂覆譴討い覆ぁ△垢案鄲Δ療貅侈明齋未澄�
・・・『大雪山は天気がよければ、気楽な散歩の感じもするが、いったん天候が悪化すれば生死にかかわることになる』 とは、いつも事前のミーティングで参加者に話していることだが、どういうものかここ十年ばかり、雨にもガスにも出くわしていない。
しかし今度の遭難死事件はやはり、大雪山のおそろしさをまざまざと思い知らせてくれる結果になった。
去年の遠征で、トムラウシ南面の1800ｍ地点で2昼夜風雨にたたかれた経験をもつ2年生以上の部員は、あのあたりの天候悪化の時のおそろしさを身にしみて感じているだろう。大雪山で、ここ何年か絶えてなかった今度の悲惨な事故は、優秀な血液学者と、前途ある中学生の生命をうばった。このことからわれわれは何を教訓としたらいい？
歩道が完全に整備され、3時間も歩けば必ず山小屋があるという本州の北アルプスなどとはちがい、北海道の山、特に雪渓が残り、ロックガーデンが多い大雪山は、視界が悪くなると、その様相を一変する。岩の上にペンキをぬり、雪渓の上にベニガラをまけばコースを見失うこともないのだが、登山人口もさして多くなく、かつて遭難事故もほとんどなかったということで、コースとしての整備は表大雪の一部を除いておくれている。そんなところでガスにまかれたら、余程コースに自信がない限り、やたらに歩きまわらないことだ。テントを張って停滞するしかない。そのことさえ守っていたら、今度の事故は防げたのではないか。」
サイトは、こちらです。
http://www.sc-ltd.co.jp/chuta/torikumi/sounan.html
みずからの山岳部の教訓にするという目的で書かれている文章ですので、Ｈさんにとってはお気持ちを害される内容もあったかもしれません。お二人の事故原因も、当時の天候から言って悪天下ではなく、この山に多い濃い霧が悪さをした結果の道迷いと滑落だったように、私は判断しています。
ただ、この方が書かれているトムラウシにたいする認識は、大事だと思います。歳月は立って登山者は増えても、トムラウシという山の条件、本来の厳しさは変わっていないし、この方の書かれているルートの状況は、Ｈさんのお父様、弟様がたどられた当時と、現在とで、根本的には変わっていません。
「自力」で対応するというこの用意と条件があるのかどうか、このことが、私がお伝えしたいことの第一です。追悼登山とはいっても、登山に違いはありませんから。
そして、この「自力」のなかには、Ｈさんをふくむメンバーのみなさん、とくに、サポートしていただく登山経験がある方の、トムラウシという山への体験や認識も含まれます。
２つめに、Ｈさんのお母様は年配の方と存じます。登山の場合、パーティーの力量は全員の力の平均で決まるのではなく、一番体力、気力が劣る構成員の力が、そのパーティーの力になります。条件が悪くなったときに、この原則はもっともはっきりした姿を現します。
もしものことですが、動けなくなった１人を搬送するには、男性４人がかかりきりになります。
参加者全体が、この原則をよく知って、参加する必要があります。
アドバイスにはならないかもしれませんが、私の場合だったらトムラウシ山頂は難しいと判断して、次のようにします。
層雲峡の奥に林道を上がるクチャンベツという登山口があります。ここから２時間３０分ほどの登りで、沼の原湿原に出ることができます。沼の原からは眼前にトムラウシ山を大きく望め、お二人が滑落したワセダ沢付近の雪渓も、正面に望めます。また、白雲岳から高根ヶ原、忠別岳、五色岳とお二人がたどった縦走ルートも東側から間近に眺めることができます、沼の原から少し上がると五色ヶ原があり、とてつもなく大きなお花畑がトムラウシにむかって広がっています。
このルートはぬかるみ、湿地が多いので、汚れは覚悟して、晴天の日に日帰りということになります。お母様の体調と天候によっては、行ける可能性があります。
http://www.ne.jp/asahi/slowly-hike/daisetsuzan/02taisetudata/11tozanguchi/02kuchaunbetu.html
２００９年７月２１日
（写真は、カウンナイ川源頭から望むトムラウシへの稜線）
私のサイトは、こちら
http://trace.kinokoyama.net/
関連した日記「トムラウシ遭難。低体温症とツアー登山。２つの問題」は、
こちら
http://www.yamareco.com/modules/diary/990-detail-3691
トムラウシ山遭難。山岳ガイド協の中間報告にみる「低体温症」の実際
http://www.yamareco.com/modules/diary/990-detail-5521
はじめましてtanigawa様
tanigawaさんは恵迪寮だったんですね。
僕も80年代に住んでいました。まだ旧寮から運んできた汚い畳の上に寝ていましたよ。スポ愛、新聞会、援団部屋、クマ研などに住んでいました。
知床遭難の世代ですね。それ以降山岳部は10年近く、厳しい影響を受けました。でも山で何がやばいのかという最も大事なところはそれで身に付いたようなものです。
1979年トムラウシ遭難の遺族の手紙（の返信）、読ませていただきありがとうございます。79年8月といえば僕も中学3年で父と燕→奥穂高に登りました（恥ずかしながらヤマレコに記録があります。書いたのは90年ころですが。）。その中学生は僕と同じ、その後は山好きになったかもしれない。
この週末は母の80歳の誕生日で、故郷の松本に帰ってお祝いしてきました。息子の山登りを心配しながら、許してくれた母のありがたみがようやく分かるトシになってしまった。
しかし、今となっても自分が山で死んで母が泣く可能性はもちろん否定できません。だって山登りなんだから。その少し重ぐるしい緊張感が、出発前になくなることは今後もなさそうです。
yoneyamaさんへ
＞79年8月といえば僕も中学3年で父と燕→奥穂高に登りました（恥ずかしながらヤマレコに記録があります。書いたのは90年ころですが。）。その中学生は僕と同じ、その後は山好きになったかもしれない。
あのときは下山してしばらくして、大捜索活動のことをニュースで知りました。お二人の行程を見て、高根ヶ原で挨拶した２人だとわかり、びっくりしました。
中学生だった彼は、名前も山からとっていたようでした。山好きになったかどうかはわかりませんが、残されたご家族はこの３０年、つらい思いをされることもずいぶんあったように思います。
山岳部の知床の遭難は、入山・縦走開始後、二つ玉低気圧（ないし台湾坊主）が、知床沖で猛烈に発達した条件下で起こりました。３人が亡くなったと記憶しています。ＨＫ君は最上級生だったので、１、２年生らを守って、テントがつぶれないよう夜通し雪かきをやっているなかで、やはり低体温症だったと思いますが、意識を失ってしまいました。
リーダーを欠いたパーティーからも、動けないメンバーが出て、下界に救援要請に走って、救助隊が入りました。
彼は、北海道中を各地へヒッチハイクしながら山を登り歩くような、ひとなつこい男でした。
地形からテント場の選定を誤ったこと、早い段階でいったんひく判断が遅れたかもしれないこと、あそこは入山してしまうと、なかなか厳しすぎる場所ですが、悔いがあったと思います。
yoneyamaさんのお母様はめでたい大台ですね。どうぞ、このまま大事にされてください。登山は、慣れや楽観視して気をぬくと、楽しみが減じるし、いけませんね。緊張感は、ほどよくあった方がいいですよね。
＞tanigawaさんは恵迪寮だったんですね。
yoneyamaさんより１０年ほど前ですが、木造の山小屋のような寮の暮らしをしてました。学内には、ＡＡＣＨ、山スキー部、ワンゲル、探検部などを筆頭にいろんな山のグループ・会が１０幾つもありました。
私は、寮の山の会と、学部の教職員・院生でつくる会に所属していました。後者の会も、７０年代後半にマッキンリーで遭難事故を起こしました。南米に海外遠征に出たまま、現地で地元の女性に留め置かれて、帰国も復学もしない男もいましたよ。
コメントを編集
いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する