「五日市憲法」と皇后美智子さんの言葉

　奥多摩登山の基点の１つに、あきる野市五日市の町があります。江戸から明治の時代、家々のエネルギー源がまだ炭や薪だったころ、五日市は周囲数里の山里で生産された木炭と、川を使って運ばれる木材とを集積し、江戸・東京の街へと送り出す、ちょっとした産業拠点でした。
　先週、そのあきる野市で憲法９条を考える集いが開かれ、カミさんと参加してきました。
　そこで紹介されたのが、明治も早い時期に五日市の有志らが知恵を集めて作りあげた「五日市憲法」でした。
　大日本帝国憲法（１８８９年）より８年も早く、江戸・東京のこんな外れの地で、戦後の「日本国憲法」と同等の民権・自由・平和の思想を盛り込んだ庶民版の憲法案がまとめられていたのです。

　実は、現皇后の美智子さんも、五日市を訪れてこの憲法草案を見、こう感想を綴っています。２０１３年秋の言葉。
　「今年は憲法をめぐり例年に増して盛んな論議が取り交わされた。・・・かつて、あきる野市の五日市を訪れたとき郷土館で見せていただいた『五日市憲法草案』のことを、しきりに思い出しておりました。 明治憲法の公布に先立ち、地域の小学校教員、地主や農民が、寄合い、討議を重ねて書き上げた民間の憲法草案で、基本的人権の尊重や教育の自由の保障、及び教育を受ける義務、法の下の平等、さらに言論の自由、信教の自由など２０４条が書かれており、地方自治権等についても記されています。 当時、これに類する民間に憲法草案が、日本各地の少なくとも４０箇所で作られてきたと聞きましたが、近代日本の黎明期に生きた人々の、政治参加への強い意欲や、自国の未来にかけた熱い願いに触れ、深い感銘を覚えたことでした。 長い鎖国を経た１９世紀の日本で、市井の人々の間にすでに育っていた民権意識を記録するものとして世界でも珍しい文化遺産ではないかと思います。」

　この言葉には、世界と日本の人権・自由・平和の希求のなかで、戦後の日本国憲法が生まれるべくして生み出されたことも、視野におさめられています。

　最近、少し話題になりましたが、現在の天皇・明仁さんと、美智子さんの、憲法と戦争をめぐる発言が、静かにではありますが、注目されています。

◇2013年12月18日　明仁氏　80歳の誕生日に際して
　「80年の道のりを振り返って，やはり最も印象に残っているのは先の戦争のことです。・・・終戦を迎えたのは小学校の最後の年でした。
　この戦争による日本人の犠牲者は約310万人と言われています。前途に様々な夢を持って生きていた多くの人々が，若くして命を失ったことを思うと，本当に痛ましい限りです。
　戦後，連合国軍の占領下にあった日本は，平和と民主主義を守るべき大切なものとして日本国憲法を作り，様々な改革を行って，今日の日本を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し，かつ，改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し，深い感謝の気持ちを抱いています。」

◇2014年10月20日　美智子さん　８０歳の誕生日に
　「世界のいさかいの多くが何らかの報復という形をとって繰り返しおこなわれてきたなかで、我が国の遺族会が、一貫して平和で戦争のない世界を願って、活動を続けてきたことを尊く思っています。・・いま平和の恩恵に与かっている私たち皆が、絶えず平和を志向し、国内外を問わず争いや苦しみの芽となるものを摘み続ける努力を重ねてゆくことが大切ではないかと思います。」

◇2015年4月8日　明仁氏、戦没者の慰霊に向けて激戦地パラオに出発する際に。
　「終戦の前年には、これらの地域で激しい戦闘が行われ、幾つもの島で日本軍が玉砕しました。この度、訪れるペリリュー島もその一つで、この戦いにおいて日本軍は約1万人、米軍は約1700人の戦死者を出しています。太平洋に浮かぶ美しい島々で、このような悲しい歴史があったことを、私どもは決して忘れてはならないと思います。」

　気にかかるのは、ご夫妻のこれらの自然な心情をこめた言葉にたいして、一部の雑誌で、安倍首相のブレーンの改憲側の学者らが「憲法に踏み込むと批判を受ける」「抑制を」などと批判を行っていることです。戦争の過ちを二度と繰り返さないというのは、ご夫妻の憲法に即した当たり前の言葉です。これとは反対に、憲法や非戦を口にすることを批判する人の方こそ、憲法の座標からだいぶ外れているのではないでしょうか。

　日中戦争に始まる１５年戦争では、若者が山へ登ることを禁止され、大学・社会人山岳会も次々と解散させられて、戦地へ逝きました。　　海外で戦死した日本兵の6割以上が、餓死でした。自衛隊のイラク派兵では現地に行った自衛隊員のうち５４人が、帰国後に自殺しています。　　私は、自衛隊員の若者も含めて、若い人たちを戦争に行かせることだけは、なんとしてもくいとめたいと思います。　　　美智子さんも「世界のいさかいの多くが何らかの報復という形をとって繰り返しおこなわれてきた」と見通しているではないですか。　戦争には行かない。行かせない。山に登り続けることができる日本の社会でありつづけてほしいと思います。