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2012年05月22日 22:21山の安全全体に公開

検証 白馬岳 低体温症 遭難 3)持参した保温衣料はなぜ使われなかったのか?

 ここまで見てきてどうしても不可解なのは、6人は全員が軽ダウンジャケットをザックに用意していながら、なぜ、それを着込むことができないまま、低体温症にすすんだのか? ということです。

 「日経」5月9日付夕刊は、こう伝えていました。
 見出しは、「防寒具は持参 身守れず」。
 4個のザックは、記事に写真があります。

 「遭対協によると、7日現場から回収されたリュックは4個で、容量はいずれも60リットル程度。全てに薄いダウンジャケットが入っていた。現場にはツェルトと呼ばれる簡易テントが残っていた。回収した山岳関係者は「全然軽装じゃない」と言い切った。」

 ここには、低体温症の遭難に特徴的な状況が、はっきりと現れています。
 なぜ、用意した装備を使うことなく、亡くなっていったのか?

 9人が亡くなった2009年のトムラウシ遭難では、その調査報告書に次のような記述があります。

 「生還者のコメントを見ると、自主的にフリースやダウンのジャケットを着たり、レスキューシートを身に着けた人が何人かいる。このような人では、それをしなかった人よりも体温の低下を防ぐことができ、生死を分ける要因となったことも考えられる。」

 このトムラウシの遭難の場合は、過度な軽量化によって、出発時に小屋で着込もうにも、その用意のない参加者が多かった点で、今回とは異なる状況がありました。

 一方、8人が亡くなった1989年10月の立山遭難では、現場の発見者が次のように証言しています。

 「8人は翌朝、発見。男女1人ずつは発見時に息が あり、男性は「救助隊の方ですか?」としゃべった。
 死亡したうち他の6人のザックにはセーターがあったが、いずれも使われていなかった。」

 この立山遭難は、ザックの防寒装備が役立てられなかったという点で、今回の白馬岳と共通点があります。

 以下、この問題を検討しながら、低体温症の進行の独特の様相を考えていきます。

*このシリーズの前回までのスレッドは、下記をごらんください。

資料から検証 白馬岳の低体温症遭難1)当日の目撃者の証言
http://www.yamareco.com/modules/diary/990-detail-34876

検証 白馬岳低体温症遭難2)カロリー収支の角度から装備と行動食を見る
http://www.yamareco.com/modules/diary/990-detail-35253
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コメント

体感温度の問題。保温性能と濡れの有無とが、むしろ影響大
 本論に入る前に、幾つか基本データと情報を掲げておきます。
 まず、低体温症の角度から見た「体感温度」について、書いておきます。

 登山者の体の熱の奪われ方には、大きく分けて、
「乾性寒冷」(冬山)と、「湿性寒冷」(3季の風雨)とがあります。
 風速が1m増すごとに1度ずつ体感温度が下がる、という「算出法」でいえば、冬山では、「体感温度マイナス30度」は、ごく普通の条件。
 それよりも「体感温度」がはるかに高い春や秋山などで、低体温症の遭難事故が起こるのか、数字のうえでの疑問が出るところです。

 トムラウシ遭難調査報告書で、調査チームの医師は、「乾性寒冷」よりも「湿性寒冷」の方が、実は熱を奪われやすいと述べています。
 これは、水の気化熱が1ccあたり約350カロリーもあることから、濡れた衣類と体からは大量の熱が逃げていくため。

 さらに
「風が強ければ、体温の下がる速度は加速度的で、低体温症の悪化が早い。」、
「体温の放射を防ぐには、乾いた衣服を重ね着して、肌との間に空気層をつくることが重要。」
としています。
 また、この報告書では、従来言われてきた「体感温度」は、裸の人体の条件でのもので、保温衣料を用いることで大きく条件は緩和されるとしています。

 低体温症の危険がありうる条件では、保温用の衣類をタイムリーに用いることが、死活的になってきます。自分は、この衣類で保温するということで、しっかり用意し、臨機に使う。

 この際に、セーターやフリースとともに、肌に接する下着がかなり肝心であることを強調したいです。

 またゴアテックスなどの雨具や冬用ジャケットなどの防水性能をしっかり確認して、濡れに備えることが必要になると思います。

 下着については、私の下記の日記に。
低体温症の対策) 予防的なウエア、装備
http://www.yamareco.com/modules/diary/990-detail-3787 
2012/5/23 12:58
3つの遭難の、気象条件と行動―立山の場合
 検討する前提として、まず低体温症による3つの遭難の、気象条件と経過を掲げておきます。

 白馬岳については、このシリーズの1)目撃者の証言から、のスレッド末尾に、天候の推移と行動経過を記しています。

/////////////////////////////

○1989年10月8日 立山・真砂岳
 遭難場所の真砂岳付近では、風速10メートル、気温はマイナス10度。猛吹雪。
 10人パーティー。8人死亡、2人救助。
 40歳から60歳代。
 一行のほとんどは、冬山経験はなかった。 

 室堂出発時、天気は快晴。気温はマイナス6度。風はほとんど無し。
 冬型の気圧配置となり、一ノ越から雪が降りだす。
 全員が雨具を着用。

 12時ごろ、雄山山頂で1人が足を痙攣。風雪。

 14時ごろ、富士の折立手前で追い抜いた2人組の登山者が、このパーティーを目撃する。男性1人が抱えられ、女性2人が立っていられずに座りだしたりする。
 パーティーは2つに分かれる。

 16時ごろ、真砂岳付近で、10人がいったん合流。
 風速10メートル、気温はマイナス10度。猛吹雪。

 男性2人が内蔵助山荘へ救助へ向かうが、視界がなく雪で道わからず、剣御前小屋へ向かい、途中の別山付近でビバーク。翌朝、登山客に発見される。

 8人は翌朝、発見。
 男女1人ずつは発見時に息があった。
 他の6人のザックにはセーターがあり、使われていなかった。
 付近には、コンロや食糧が散らばっていた。
2012/5/23 13:01
3つの遭難の、気象条件と行動―トムラウシ山の場合
○2009年7月16日 トムラウシ山
    (データは、同遭難事故調査報告書による)

 ツアー登山。
 一行はガイド・スタッフ3人、メンバー15人の計18人。
 ガイド1人をふくむ9人が低体温症で死亡。
 自力下山は5人。

 前日に低気圧が通過して、北海道東方で発達。
 16日の山の天候は気温6℃、風速20m/secだった。(新得警察署 遭難対策本部)

 入山3日目、5時30分、ヒサゴ沼避難小屋出発。
 雨は出発時、弱くなった。
 6時10分、稜線のヒサゴ沼分岐。
 風強まる。ガイドが耐風姿勢を教え、風の弱まる瞬間を狙って前進するほどに。

 8時30分、大岩を上がるロックガーデン。
 男性客M(66歳)さんが、しばしば座り込むようになる。
まっすぐに立って歩けない風になる。

「札幌管区気象台の高層観測によると、16日9 時の1900m 付近の気象は、気温が8.5℃と急下降し、風速も19m/secを記録している。
また、風向は西北西に変化している。12時の天気図では、従来の低気圧の隣にもう一つ小さな低気圧が発生して、この低気圧の発達が大雪山の天気回復を遅らせたことも考えられる。」

 北沼周辺で亡くなった人の内2〜3名は、北沼以前(ロックガーデン周辺)から発症していたと思われる徴候があった。

 10時00分ごろ、北沼渡渉点。 
 渡渉後、動けない人が出て待機。
 女性客K(62 歳)さんが嘔吐し(何も出ない)、奇声を発していた。
 女性客J(68 歳)の意識が薄れる。

 行動の指示がないままでの強風下の待機。
 メンバーは小さな岩陰に三々五々座り込んでいたが、風に曝されていた。

 10時30分ごろ。
北沼分岐ですでに低体温症になった人たちが、待機から行動に移った。
 以後、パーティーはばらばらになる。
 リーダーA(61歳)は渡渉地点近くで、動けなくなる。(第一ビバーク地点)

 11時30分ごろ。
 ガイドB(32歳)とともに歩行不能な女性客3人と付き添いで男性客D(69 歳)人は、第二ビバーク地点でテントに収容。 

 ガイドC(38 歳)が引率して歩行可能と思われるメンバー10人の引率役で下山再開。

 13時30分、南沼キャンプ場。
 パーティーはばらばらになり、さらに行動不能のメンバーが出る。
 
 15時5分。
前トム平で、女性客G(64歳)が携帯電話で自宅を通じて、110番通報。

17日、
9人の遺体が収容。生存者が救助される。
 「多くの遺体が下腿に打撲痕があった(転倒したためだろう)。」

・・・・・・・・・・・・・・
2012/5/23 21:39
体温の低下と、症状の現れ
 もう1つ、低体温症による体温の低下と、症状の段階的な進展についての目安を上げておきます。


 「IKAR (国際山岳救助協議会)による低体温症の現場での治療勧告 1998, 2001編」によると、低体温症の症状は、体温の低下と症状の進行ごとに、次のように規定されています。
(一部訳文あり。http://www.sangakui.jp/medical/ikar/)

段階
HT1 35−32度。 震えあり。意識清明。
HT2 32−28度。 震えなし。意識障害。
HT3 28−24度。 意識なし。
HT4 24−15度。 生命兆候なし。
HT5 15度以下。  死亡。

 それから、トムラウシの遭難事故調査報告書でも、体温と症状を、次のように示しています。

36 ℃
 寒さを感じる。寒けがする。

35 ℃
 手の細かい動きができない。皮膚感覚が麻痺したようになる。しだいに震えが始まってくる。歩行が遅れがちになる。

35 〜 34 ℃
 歩行は遅く、よろめくようになる。筋力の低下を感じる。震えが激しくなる。
 口ごもるような会話になり、時に意味不明の言葉を発する。無関心な表情をする。眠そうにする。軽度の錯乱状態になることがある。判断力が鈍る。

 *山ではここまで。これ以前に回復処置を取らなければ死に至ることあり。
 * 34 ℃近くで判断力がなくなり、自分が低体温症
になっているかどうか、分からなくなっていること
が多い。この判断力の低下は致命的。


34 〜 32 ℃
 手が使えない。転倒するようになる。
 まっすぐに歩けない。感情がなくなる。
 しどろもどろな会話。意識が薄れる。
 歩けない。心房細動を起こす。

32 〜 30 ℃
 起立不能。思考ができない。錯乱状態になる。震えが止まる。筋肉が硬直する。不整脈が現れる。意識を失う。

30 〜 28 ℃
 半昏睡状態。瞳孔が大きくなる。脈が弱い。呼吸数が半減。筋肉の硬直が著しくなる。

28 〜 26 ℃
 昏睡状態。心臓が停止することが多い。

 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 以上のデータに、実際の遭難での経過にそくして、「6人がザックの防寒具を役立てられずに亡くなっていったのは、なぜなのか?」、私の見方を以下に述べてみます。
2012/5/23 22:21
低体温症の危険信号は、本人には自覚しにくいことも?
 「何故、ザックの中のダウンジャケットを生かすことができなかったのか?」

 それは、これまで言われてきたよりも早いピッチで、体温低下が進行し、危険認識や防衛本能などを麻痺させる次のフェイズに進んでいるからではないか?

 低体温症による遭難事故の経過を見ていて、こんなことを思っています。

 そう思う根拠は、単純なことです。
 体温低下は、低体温症の症状を一段一段、時間的余裕をもってゆっくり下がっていくわけではない。
 とくに薄い防備で強風にさらされた場合は、症状の各段階を短時間で駆け抜けてしまうからです。
 だから、自分や周囲が「危うい」と自覚できる瞬間は、実際にはしばしば見逃されてしまう。


 例えば、体温の低下が進みだしたとき、低体温症の危険を本人が察知できるのは、激しい寒さの感覚と猛烈な震えです。
 この猛烈な震えは、自分で低体温症におちいりかけていることに気づく、最初で、そして最後の関門になっています。
 ここを過ぎると、寒さの感覚や震えによる熱の産生という自己防衛反応はなくなる。

 救助にあたっても、
 「活発な震えは熱産生に最も重要な手段である。糖分を含む飲物でカロリーを補給し、震えを促進する(糖分を含む事は温かい飲料より重要)」(アラスカ州寒冷障害へのガイドライン2003(2005改訂))
http://www.sangakui.jp/medical/alaska/alaska02.html
 とされるほど、大事な指標になっています。

 ところが、その大切な局面で、保温が不備だったり、パーティーの事情があって行動を停止・あるいは制限するなどして、熱の産生が負けていると、体温の降下は、「激しい寒さの感覚と猛烈な震え」の体温水準を、短時間で通り過ぎて、より下がってしまう。

 トムラウシ山遭難事故では、15分当たりコア体温1度低下という、猛烈な体温低下も検証されています。

 その体温降下の途中の段階で、「激しい寒さの感覚と猛烈な震え」という段階は短時間で突破され、寒さを感じなくなり、危険に無関心になる無防備な段階にいたってしまう。
 こうして、登山者は、本人らは大丈夫だと思っているうちに、もはや自分一人では後戻りできない感覚や意識障害の段階に入って行ってしまう。

 つまり、低体温症の一連の症状の中には、
ここが、地獄の三丁目!
 という「震え」のフェイズが多くの場合にあるのですが、
 ところが、防寒が不備で気象条件が激烈なときは、そこを本人が自覚しないうちに通りすぎてしまうのではないか、ということです。

 「震え」のフェイズがかならずあるかといえば、これには個人差があります。ない場合もある。
 しかし1つのパーティーのなかで、1人にこの関門のスルーがあると、パーティーは行動不能になるメンバーを、次の段階でかかえることになる。

 また、同じ条件で行動してきたメンバーは、やはり体温低下の過程に入り込んでおり、ここからも行動不能が広がる条件が生まれてしまう。

 今回の白馬岳の6人パーティーの場合、少なくとも、11時に白馬大池を出発する前の、大池到達時点あたりまでは、体温低下は始まっていなかったと思われます。
 コースタイムからすでに2時間20分遅れですから、大池での長い休憩などがあれば、そこから体温低下が始まっていた可能性を残します。

 大きなカロリーの喪失は、天候急変で周辺の山岳にとりついていたヤマレコ・ユーザーらが撤退を開始した、12時前後から。
 13時30分、小蓮華岳の手前で、「1人が疲れた様子で、その人のザックを別の人が担いでいた」様子が目撃されています。
 この時刻が、パーティーのメンバーに「最初の関門」越えが始まった段階と思います。


○HT1 35−32度。 震えあり。意識清明。

○35 ℃
  手の細かい動きができない。皮膚感覚が麻
 痺したようになる。しだいに震えが始まって
 くる。歩行が遅れがちになる。


 しかし、「先生どうしましょうか?」という相談の結果は、さらなる前進でした。
 ここで、「震え」のフェイズの突破があったのかもしれません。症状はもっと進んでいた可能性があります。
 いずれにしても、低体温症のシグナルは見すごされました。

 白馬のパーティーは、さらに1キロほど登って、稜線の三国境の手前で行動を停止しています。
 ペースから見て、さらに1時間以上、吹きさらしの向かい風のなかを行動。
 この時点では、体温低下はメンバーにさらに広がり、複数の行動不可能者が出た可能性があります。

 ザックを開けてテントを取り出し、みんなにかぶせようと努めた、それだけの体力と危機の判断力とを残していたメンバーもいました。

 「周囲は踏み固められ、ツェルトをリュックから出して使おうとした形跡があった。」(「日経」5月9日付夕刊)

 しかし、稜線の吹きさらし、強風・吹雪のもと、体温低下が進むなかでは、それが最後の防衛行動だったのかもしれません。
2012/5/24 18:40
体温の急激な低下についてのデータ
◇体温の急激な低下のデータとしては、トムラウシの事故調査報告書に記述があります。

 「低体温症が始まると、前述したとおり、体温を上げるために「全身的な震え」が35 ℃台で始まるのが特徴的であるが、今回の症例ではこの症状期間が短く、一気に意識障害に移行した例もある。あまりにも早い体温の下降で人間の防御反応が抑制され、30 ℃以下に下がっていったと思われる。」
 
 「マイクル・ウォードは『高所医学』という本の中で、「低体温症になると2 時間以内に死を来すことがある」と述べている。この遭難事故でも、発症から死亡まで2 時間と思われる症例がある。条件が揃えば、人体の核心温が一気に下がり、死に至る温度の30 ℃以下に、急激に下がるのに2 時間とかからない、ということになる。
 なぜ急激な体温低下を来したのかは、体力、気象条件、服装を含めた装備、エネルギー源としての食料摂取などを、総合的に検討してみる必要がある。」
 
 「体温の下降は1 時間に約1 ℃の割合で下がった計算になるが、本人によるとストーンと下がるような状況で意識を失った、と証言している。」

 「小屋を出発した時の体温が37 ℃に近い温度だとして、心停止の温度が28 ℃以下だとすれば、体温が9 ℃下がるのに2 時間と要していなかったことになる。これは単純に計算すると15 分で1 ℃下がったことになり、この急激な下がり方であれば、「震え」で体温を上げることはとても間に合わないことになる。」


◇別の資料から

「震え(shivering)を唯一の機襪了愽犬箸垢戮でない。」(IKAR (国際山岳救助協議会)による低体温症の現場での治療勧告 1998, 2001編)
2012/5/24 21:40
RE: 検証 白馬岳 低体温症 遭難 3)持参した保温衣料はなぜ使われなかったのか?
 以下は、ヤマレコ日記であるにコメントしたものです。
 ここにも張り付けておきます。

//////////////////////////////////////

Gさん、予兆から軽度の低体温症の発症までを範囲とする「予防」の段階を超えて、登山者の備えや対応をテーマにすると、なかなか微妙な問題がありますね。
 以下、提起されている問題に即して、ちょっと長めになりますが、コメントします。

(1)
 中度より重い低体温症の現場での対応、搬送されて以後の医療の対応は、かなり基本的な処置の点で、医学的にも探究途上だったり、不一致の面があります。症状によってもかなり違う。そもそも、そこまでの問題になると、医師にも知識がない方が大勢です。

 具体的には、同じ中度の患者の場合でも、種々の検査をして症状とどこが危ういかをつかまないと、その処置が良く出ることもあれば、致命的になってしまうこともある。

 例えば、加温による心房細動の誘発があります。これは、どこまでが急加温かが、むずかしい。実際には、意識を失うまでに体温が下がった場合に、山という条件では、あらゆる加温措置が動員されても、まだ足りない場面が予想されます。

 逆に、低体温症の患者が低体温になることで、脳の活動を抑え、血液と酸素供給が少なくとも、命だけは守り、搬送後に的確な措置で蘇生する事例が幾つもあります。この場合は、穏やかな加温であっても、脳の活動を再開させてしまって、それによって脳が酸欠となり、死亡してしまう場合がある。
 雪崩に長時間埋まっていたり、低体温症にかかって体温が大きく低下した人を救護する場合は、脳を守るために、加温せず保温(保温材やシートなどによるラッピング)だけで搬送されることもあります。
 できるだけ早くその場から安全なエリア移送して、専門医師の処置を受けるしかありません。

 これは、救助隊なども、実際にルールとしているのではないかと思います。
 低体温症の場合、心臓も、低いレベルで活動を続けている場合がありますから、脈拍を短時間見ただけで、心臓マッサージをすることなども、医師の判断なしには避けたいところです。

 登山者が何ができるかは、中度以上(意識喪失以下)にまで進行してしまった低体温症では、他の怪我などにくらべて、むずかしい問題があります。

(2)
 その一方で、蘇生の手立てが限られる山の条件でも、患者の様子によっては、心房細動の危険を度外視して加温する場合も、判断としてはあります。多くは、そのことまで考えないで、とにかく必死で加温されて助かる例があります。
 実際に、トムラウシ山遭難では「第2ビバーク地点」で、助かった女性への処置がそうでした。彼女は、意識を喪失していました。男性の参加者が懸命の保温と加温の措置をとって助けました。
 新田次郎の「芙蓉の人」(基本は実話)では、富士山山頂の観測小屋から瀕死の容態で退却して、八合目の小屋に担ぎ込まれた男性主人公が、必死の加温と摩擦によって命をつないでいます。
 いずれの場合も、意識喪失とはいえ、まだ中度の症状の入り口あたりだったから、生還できたとも言えます。

(3)
 私たちとって大事なことは、意識喪失以下にまで進行した段階のことではなくて、やはり予防だと思います。
その一線にいたる前に予防する。
 低体温症では、1人でも症状が進んだら、パーティー全体の行動が困難になりますから。

 具体的には、震えの時期を通り越してしまう前に対応する。つまり、体温がさらに低下し、当人が保温に無関心になる、足がふらつきだすような段階の前に、震えの段階までに先手で手立てをとってしまう。
 震えの段階までに、着込み、カロリー補給、天候判断と退却などの対応を、すすめることです。

 その前提として、震えには個人差があり、進行速度にも個人差があることを、知る。これはリーダーと当人が、低体温症の独特の進行の怖さを認識していないと、手遅れもありえます。

 そして、予防の根本は、天候と行動のそもそもの判断、下着や濡れ対策、食糧計画など、出発時の用意と判断だと思います。

 
 私は、予防の上では、「低体温症」という言葉を要所でパーティー内で口にして、互いに注意し合い、観察し合うことも、大事なことだと思います。
 トムラウシの遭難では、出発時も行動中にも、遭難に至ってからも、誰一人、「低体温症」という言葉を発しなかったことが、生存者全員の聞き取りと証言から判明しています。
 言葉が発せられなかっただけでなく、ガイド1人を除いて、そもそも知らなかった。
 その気象条件で最大の脅威であったはずの対象が、最後までノーマークだったのです。(これも証言から)
 雪崩の危険個所や岩場などでは、パーティーは必ず相互に声をかけあいますが、低体温症については、意識的に努めないと、そこまでマークがいかない。ここにこの難題に特有の「穴」があります。
2012/6/16 23:08
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