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登山を続けてきた1人として、私が大事にしたいと思っているのは、自分、友人、そして多くの登山者の遭難や失敗の経験から、しっかり学ぶということです。今度の事故は、個人的にはもちろんですが、山登りをする多くの人に、衝撃的な印象を残しました。(私の日記・プロフィールへのこの9日間のアクセスは2800人に達しました。)
その点で残念なことは、私はこの件の最初の「日記・ブログ」から書いてきたことですが、最近はマスコミ関係者に登山の経験が十分な記者がめっきり減ったため、原因にかかわる具体的な調査・取材がまだ不十分なことです。
以前(1980年代ころまで)であれば、当時はまだ「疲労凍死」という原因が不十分な把握ではありましたが、生存者・死亡者のとくに服装を詳しく調べ、報道する記事がありました。とくに生死が分かれる遭難では「疲労凍死」の原因の一番のポイントとして、下着の問題が浮き彫りになりました。
つまり「疲労凍死」は原因ではなく結果の外見的な状態であり、体温を奪われることによる低体温症こそ、生死を分けた直接の原因であることが明確になってきたわけでした。
今回は、低体温症が直接の原因であることが早い段階から問題にされてきたにもかかわらず、ウエアを徹底的に調べた記事がありません。この件での報道は断片的で、なにより全体像がわかる比較検討の視点がありません。
ある死亡者の下着が濡れていたことを伝えた記事はありました。しかし、肝心のその素材は示されていないし、遭難報道で大事になポイントである全数調査、その点での生存者と死亡者の比較もありません。おそらく、実物を見せられても素材に思いが及ばない登山経験での取材になっているのではと思います。
とくに下着は、濡れた部位も今回は問題です。北沼があふれた沢渡渉がありましたし、下半身だけが濡れたのか、雨で袖口や首周りが濡れたのか、全体にわたって濡れたのか、その部位と個々人の雨具の関係など、どれも今後に生かす大事な注目点です。現行のゴアテックス雨具は、強い風雨にたいする性能そのものの見直し問題や、盲点もあるかもしれません。
その雨具も、素材(材質)、雨天用か、冬の着用も考慮したウエアかなど、きちんと調べて比較した報道はありません。軽装というが、実態が不明。
帽子と手袋も大事ですが、帽子の防水性や保温性にも全数調査的な報道はありません。
山岳雑誌等の今後の報道、また自分でも山に登る記者の今後の報道に期待しているところです。
低体温症に備える服装・装備は、特別なものではないと思います。
登山用品店では、夏場は「通気性」や「汗抜け」をメインに宣伝してきます。
ポイントはこれと区別して、下着などに非常用を用意し、状況に応じて着分けすることだと思います。
一方、山行中ずっと着るズボンとシャツは、天候や目的地に応じて選び、必要な場合は通気性より保温を考えた用意をします。
大雪・十勝連峰の夏は、北アなどの6月、9月など(盛夏を除く)の時期を想定した雨天・防寒対策で対応可能と思ってきました。現に北海道の登山者は、見かけ上、本州の登山者とあまり変わらない服装で登っています。晴天ではなおさらです。大事なのは、悪天候時の備えです。
まず雨具は、撥水機能が落ちていないゴアテックス素材等の防水透湿のもの(構造はラミネートされた布地のシングル縫製)が、この時期は普通に使われています。
問題は、寒いときにはこれだけでは不十分であり、アンダーウエアなどの対応がいることを、知って使うことがポイントと思います。
服装では、これも本州の対策と基本的に共通で、加えて非常用がいります。風雨の稜線をどうしても歩かねばならないとき、あるいは幕営などの朝晩の冷え込み対策に、薄手のポリプロピレン、あるいはアクリル素材の上下肌着(登山用品店にある冬用下着の薄手タイプ)を状況に応じて着用し、その上に寒いときは夏用の下着(素材はポリエステルが多く保温性が弱い、綿が入った素材は危険)、山シャツ、山ズボンを着用します。
この種の薄地の冬用肌着はとても小さくたため、軽量。非常用にじゃまになりません。断熱性が高く、濡れても体温を保持してくれ、濡れても乾きやすい。厚地のものは、夏は使えません。
本州の山ではこの薄地の冬用下着の用意があれば、夏は朝晩のフリースはいらないくらいです。フリースは、北海道では雨具を暖かく着る(ゴアテックスでも中が濡れ、寒い場合)ため、薄手でもあった方がいいと思います。
頭部は、帽子か頭をタオルで包むようにすると、雨具からの冷えこみから頭部を守れます。
うちのカミさんは防水性のある帽子と、手袋をセットで使っています。
スパッツは、夏のロングスパッツは、私はどうしても抵抗があり、過剰装備と思ってきました。あれは雪山用です。百名山ブーム以後に登山を始めた方が、なぜか夏の暑い時期にも、そして雪がまったくない山でも、使うようになりました。それまでは夏は持って行っても、短スパッツでした。ロングスパッツは、山靴の7割ほどを覆い、靴の通気性を著しく阻害します。昔は登山靴の防水性が悪い時代があり、残雪や雪山でそれを補う目的もあって、スパッツは使われたのです。通気性を悪くすれば、夏場は足の皮膚をふやけさせるし、豆の原因にもなるでしょう。ただ、今回の風雨と沢渡渉を見ると、枝沢を越えるたり、沢沿いルートの場合、短スパッツは携行したいと思いました。条件によって適切に適時に使用することで、足首からの濡れや風を遮断できます。
次に、非常用の装備。稜線に小屋が連なる山でなければ、以下の用意がいります。
パーティー人数分を収容するツエルト、テント等は必須。私の友人は、ツエルトと別に、ホームセンターで特大のポリ袋(透明で長さ120センチほど)を求めて、1枚常時携行しています。ツエルトやポリ袋は、体をつつんで荷造りベルトで固定して、風除けの行動にも使うそうです。ツエルトは、信じられないくらい小さな1人用もあり、日帰りでも低山でも持ち運ぶのをクセにしてしまうといいと思います。私は2人用をいつも携行しています。
それから、ガイド役の場合は、行き先に応じて、携行用の手もみカイロをもって行くと、非常時にもっとも有効に脇の下から保温することができますね。脇の保温は、行動不能におちいりだしたメンバーをツエルトに収容して保温する方法としてもっとも有効です。個人山行ではカイロまではちょっとできません。
いろいろ書きましたが、一番大事なことはこうした用意や装備の選定を通じての、低体温症にたいする警戒心だと思います。
(写真左は9月下旬のトムラウシ、右は8月の熊野岳)
(今回の遭難についてのニュース、検討は引き続き下記に追加の記述をしています。)
http://www.yamareco.com/modules/diary/990-detail-3691
トムラウシ山遭難。山岳ガイド協の中間報告にみる「低体温症」の実際
http://www.yamareco.com/modules/diary/990-detail-5521
具体的には、どのメーカーのどの商品? ということに、次になるわけですが、私は1つに絞って宣伝する立場にないのですが、しかし、山の装備は商品の経験を交流するのは普通のことなので、控えめな範囲で。
夏用(3シーズン)の、非常用防寒下着は、ヘリーハンセンのこれを使っています。
http://goldwinwebstore.jp/shop/ProductDetail.aspx?sku=HY98807_N_L&CD=S0900515&WKCD=S0900508-S0900509
ポロプロピレン(ポリ塩化ビニル)100%。購入は4年前でロングセラーもの。冬用の4分の1くらいの厚さしかなく、肌ざわりはドライです。通気性があり、真夏のアプローチなどでは死ぬほど暑いですが、稜線に出ればずっと着用可能。沢遡行や、真冬の低山でも使えます。
ICIとかゴールドウィンで以前、白いやや厚めのTシャツタイプを同素材で出していて、これも家族用に2着ありますが、これは夏には暑い。肌あたりもちくちくします。完全に非常用。それにくらべ、ヘリーハンセンのは着やすい。
タイツ(やはり超薄手)は、以前にノースフェイスが出していた同素材のグレーのものを、家族で2着、3シーズンに使っています。これも、履き心地が良いです。
形は、下記に似てます。これも同素材。
http://goldwinwebstore.jp/shop/ProductDetail.aspx?sku=HY93807_N_L&CD=S0900515&WKCD=S0900508-S0900509
カミさんは、タイツは下記と同じアクリル素材のもの(メーカーは別)を使っています。
http://www.greenlife.co.jp/item/under/mush-nukuitaitu-w.html
これらはいずれも、とても小さく収納できるのがミソで、その分、フリースなどを薄地にできます。
それから、ポリプロピレンは吸水性がゼロなので、すぐ乾くし、気温がほどほどなら絞って、ついで振り回し脱水をして、そのまま着ることができることです。
大事なことは、汗抜け、通気性をうたった夏用素材には、化学繊維という点は同じでも、断熱性・保温性にひどく劣るもの、保温とは逆の目的をもたせたものが多いことです。
中には、綿を混紡しているものもあります。
店によっては、区別が甘い場合や、そもそも夏の薄地の保温用は念頭にない場合もありえますので、素材をしっかり把握して入手するのが大切と思います。
そして、機能を良くおさえて、現場でそれぞれ着分けするのが大事と思います。
本格的な純冬用の下着は厚手ですので、店でふれればわかります。あれは、寒い山でしか使えません。羊毛を使った製品(メリノ・ウールなど)も、冬ないし秋・春はいいですが、夏にもつかうのは条件が限られそうです。他にないときに何かの用意にはいいですね。
夏や3シーズンに薄地の保温下着を現場で着分けする場合も、天候や条件を考えて、意識的に使うことになります。先日の南アではテントを張って夕刻を待って、着替え、翌日もそのままテントに下山するまで使いました。その分、フリースはカット。
使用頻度でいうと、夏は非常用ですが、風や雨の稜線では力を発揮します。春・秋は常用になります。
ネット上では、山用の保温下着として、ユニクロのヒートテックが注目されていますね。
「素材アクリル39%・ポリエステル33%・レーヨン20%・ポリウレタン8%」
素材的にはいいですし、このなかでポリウレタンは伸縮性があり、断熱性が高い。
問題は、登山用ではないので、山で汗をかく場合のドライ性能でしょうか。ヘリーハンセンのものは、ある程度快適です。
ヒートテックも着やすければ、目的地に応じてこの季節に使えるかもしれません。
なお、下着のことではないですが、今回の生存者のなかに雨具の下に軽羽毛服を着用した方がいたことから、テレビなどでこの角度の報道もされています。ちょっと違うんじゃないかなと思います。マスコミのみなさんには、今回の件についても、ウエア問題にしてももっと全貌をとりあげ、比較検討する態度がほしいと思います。ダウンジャケットは、みな持って北海道へ行くわけじゃないし、地元の定番でもない。吸水性もきわめて大きく、大雨のもとで着用するのは、是非論が出ると思います。うわっつらを見ずにこの方の服装全体をきちんと取材してほしいと思います。
「下着は化繊なら大丈夫」という取り上げ方もネットに出回っていますが、こういう状況でいいのかと思います。
(低体温症についての関心ですが、この日記もさっそくGoogleで40位台に掲示されました。今回の遭難は痛苦な出来事でしたが、登山者の多くが強い関心をもち、情報を求めていることは大事なことだと感じています。)
今日(8月3日)、夕方にカミさんいわく。
「登山家の野口さんが、今日見た美容室の女性週刊誌に書いていたよ。みんな上着やジャケットのことばかり言ってるし、登山者もそこだけ気を配るけど、ほんとに生死を分けるのは下着もなんだって。
ユニクロにだっていい下着があるって。」
おお、さすが! と思いました。
なんて週刊誌なのか? 誰か読まれた方はいませんか?
それにしても、ちゃんとした記事が出ない。
山の店も、新聞も、なかなか正確な情報が提供できない時代になりました。
今度の事故は、あまり期間をおかずに、また同類のケースで繰り返すのではないか、と危惧してます。
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