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2019年05月13日 11:08過去の記憶全体に公開

記憶の曖昧さ

記憶の曖昧さにはさまざまな局面で実感したこともある。山に行った記憶も例外ではない。ヤマレコで山行の記録を開始したのは2016年10月11日からで、以降継続して続けているつもりである。したがってコース・写真などそれなりの事実を示している。それ以前の記録は、取っていない・散逸してしまったなどが実態である。
2018年5月11日のこと大学時代の友人と久しぶりの山行を楽しんだ。当日の記録をヤマレコに記載するとともに、友人にヤマレコを紹介した。

日の出山・御岳山_御嶽駅から周回:2018年5月11日(金) [日帰り]
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-1460217.html

自宅を整理していく過程で印象的な山の姿の写真を見つけ、当時の思い出の一部が蘇った。山行をともにした友人に当時の記憶を確認するとともに、2018年7月15日に大学時代の登山_聖岳として以下の日記を公開した。
https://www.yamareco.com/modules/diary/238211-detail-168829

友人は2018年8月1日にヤマレコに登録、その後山行記録・日記などを公開している。彼が昔一緒に行った山の記録・思い出などを公開してくれることによって記録に加えて印象の違いなども確認でき非常に興味ふかい。

山行を計画する・山行に参加することは短期間とはいえある意味日常生活から逸脱する行為であり、個人的にはそれなりの調整努力も必要であったと思える。彼の日記の中から参加した行動を以下のように時系列で整理してみると、当時の心象風景も感じられる気がしている。

まだ一緒に行った山行はあるので、彼が印象を含め追加掲載してもらえたらと期待している。
また追記できることがあれば適宜ここでも確認していきたい。

<<京都滞在時代>>
妙高・杉野沢【山行記録】1969年12月〜1970年1月(大学1年)
参考日記記載日:2018年8月4日
https://www.yamareco.com/modules/diary/356744-detail-170005
 
氷ノ山スキー山行の思い出【山行記録】1970年3月初旬(大学1年)
参考日記記載日:2021年4月21日
https://www.yamareco.com/modules/diary/356744-detail-237307

北アルプス・表銀座【山行記録】1970年10月初旬(大学2年)
参考日記記載日:2019年9月29日
https://www.yamareco.com/modules/diary/356744-detail-194860

北アルプス・裏銀座【山行記録】1970年11月中旬(大学2年)
参考日記記載日:2018年8月26日
https://www.yamareco.com/modules/diary/356744-detail-171127

妙高・杉野沢【山行記録】1970年12月〜1971年1月(大学2年)
参考日記記載日:2018年8月4日(上記に含まれる)
https://www.yamareco.com/modules/diary/356744-detail-170005

白馬岳【山行記録】1971年3月23日〜3月25日(大学2年)
参考日記記載日:2019年12月20日
https://www.yamareco.com/modules/diary/356744-detail-200035

白山【山行記録】1971年10月16日〜10月19日(大学3年)
参考日記記載日:2019年4月25日
https://www.yamareco.com/modules/diary/356744-detail-184703

御嶽山【山行記録】1971年12月31日〜1972年1月2日(大学3年)
参考日記記載日:2018年10月3日
https://www.yamareco.com/modules/diary/356744-detail-173146
当時の記憶に鮮明な部分は1971年(昭和46年)12月31日『第22回NHK紅白歌合戦』を聴いていたことだった。今確認すると記憶にある曲はなかった。正月の実家には帰らなかったのだろうか、京都市内での夕食時におでん屋に入ると松茸などはあったが腹にたまるものがなくわびしい気がした。

甲斐駒ケ岳【山行記録】1972年4月1日〜4月5日(大学4年)
参考日記記載日:2019年5月10日
https://www.yamareco.com/modules/diary/356744-detail-185767

北アルプス燕岳・蝶が岳 1972年晩夏(大学4年)
クラスの友人と二人でツェルト山行・写真整理にて確認。その後50代の頃彼の職場近くの居酒屋で飲んだ記憶がある。最近でも車で大台ヶ原などに出かけているとのことだった。

北アルプス雲ノ平【山行記録】1972年10月23日〜10月27日(大学4年)
参考日記記載日:2020年2月17日
https://www.yamareco.com/modules/diary/356744-detail-203822
薬師から笠へと縦走

南アルプス聖岳【山行記録】1972年12月29日〜1973年1月3日(大学4年)
参考日記記載日:2018年8月17日
https://www.yamareco.com/modules/diary/356744-detail-170702

北海道旭岳【山行記録】1973年3月(大学4年)
参考日記記載日:2019年7月10日
https://www.yamareco.com/modules/diary/356744-detail-189833

乗鞍雪洞登山【山行記録】1975年3月6日〜3月9日(大学院3年)
山行日記記載日:2019年11月6日
https://www.yamareco.com/modules/diary/356744-detail-197271

尾瀬山スキー【山行記録】1977年3月(大学院5年)
参考日記記載日:2019年8月15日
https://www.yamareco.com/modules/diary/356744-detail-191954

奥秩父・滝川【山行記録】1978年8月(大学院6年)
参考日記記載日:2018年9月13日
https://www.yamareco.com/modules/diary/356744-detail-172064

立山【山行記録】1979年5月3日〜5月6日(機関研修員初年度)
参考日記記載日: 2021年6月9日
https://www.yamareco.com/modules/diary/356744-detail-241926
上記の記録にも記載しているように、この年の3月にはケーブルカーの運行が始まっていない立山の麓から剣御前小屋まで往復したようだ。研究者仲間からの依頼で観測機材を回収・持ち帰ったが、重い機材を担いでの帰路のスキー滑降はともかく、ケーブルカートンネルの長い階段を降りたことにはいささかうんざりしてしまった。

正月の火打山【山行記録】1979年12月29日〜1980年1月1日(機関研修員初年度)
参考日記記載日:2021年5月26日
https://www.yamareco.com/modules/diary/356744-detail-240717
長い京都での学生生活を含めた自由な(ある意味不安定な)時代は1980年4月1日に九州に就職したことによって終了した。

5月の立山には上記の1979年以前にも訪れたことがある。六甲学園の山小屋で1年前1978年?だろうか、数日山スキー三昧の日々を過ごしたことがあった。
学生時代の妙高・笹ヶ峰でスキーを身近にした体験はその後大学院時代にさらなる体験を加えることとなった。正月などには先輩との車利用の八ヶ岳、さらにはスキー旅行(長野・戸狩温泉)などを行った。もっともスキー旅行は彼が直前に風邪で寝込んでしまったため一人で行ったあるいは彼の参加を短縮した等であろうか、一人民宿で時間を潰すために平日のスキー講習会(講師は近くの野沢温泉スキー場から)に参加したところ参加者が一人で十分に斜滑降で登山靴の体重を載せることなどを十分叩き込まれその後上達したことが理解できた。
1980年正月のスキー合宿参加の1年前1979年正月も久々のスキー合宿開催に同行した気もする。営林署の小屋の屋根の雪下ろしに苦労した記憶がある。その後1980年3月以前に営林署の小屋ではなく山岳部の小屋を借りてさらに十分なスキー訓練を行う計画に参加した記憶もあった。山岳部の小屋に着く前に時間切れで雪洞ビバークを余儀なくされた。

<<九州滞在時代>>
1980年4月から研究職として勤務した。滞在地は大分県。一方職業が固定したことから国外出張での立場が明確になり、長期出張が可能になった。1980年10月から1981年1月・翌1981年10月から1982年2月・1984年11月から1986年3月・1991年11月から1993年3月の期間長期国外出張を行った。なお東京の実家は出張時などの利用することも多く、1989年に結婚し大分住まいになったのちも東京の実家と大分県にそれぞれ物品などを保管していた。以下に行ったことが懐かしい。
●屋久島:1987年の正月だろうか大晦日に大分から電車・フェリーで屋久島の民宿に泊まってことを覚えている。山頂到着前にすごい雨でツエルトビバーク、気楽に寝ていたらコッヘルが水に浮いていたことが印象に残っている
●九重山:大船山山頂直下でしばらく待機したが強風が止まず引き返した。前日は法華院山荘に泊まり温度が低い温泉に入った。引き返す時にたまたま一緒になった東京から実家に帰る途中の単独行の方を湯布院温泉駅まで車で送った記憶があります。
●祝子川周辺:大崩山に行った時周辺の景色・大規模な岩・綺麗な沢などに魅惑され複数回訪れた記憶があります。最後に訪れたのは、神戸から来た大学生を連れて行った時です。彼の登山経験を確認できない状況なので、大崩山山頂に行くことは途中で断念しました。ちょうど夏のお盆時期だったので帰路の沢沿いの広い大岩の上でそのまま寝てしまいました。
●祖母山:正月元旦を祖母山山頂で迎えようと祖母山避難小屋に泊まったことがある。翌日反対側の谷へと薮の中を下ったが不安になって引き返した。別途神原から日帰りで祖母山を往復したこともある。神原集落のほのぼのとした風景が記憶に残っているのはこの時であろう。新緑の季節だった気がしている。

<<東京滞在時代>>
奥秩父・金峰山:1997年10月18日〜1997年10月19日
会津駒ケ岳と田代山・帝釈山の思い出 〜50歳、天命未だ知らずして岳友とともに〜【山行記録】2000年8月10日〜2000年8月12日(都内勤務)
参考日記記載日:2021年12月9日
https://www.yamareco.com/modules/diary/356744-detail-256641
当時2000年11月から一年半の長期国外出張に備えて準備していた。たまたまの夏季休暇に友人を誘ったとの印象がある。
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コメント

RE: 記憶の曖昧さ
大学・大学院時代には自分で作業の優先順位と消費時間を選択できた。山に行っていたのもこの優先順位の一環に含まれていたのだと思う。例えば両親を連れて3人で山に行ったこともある。
1979年10月7日〜10月10日(大学院7年:研修員・日本学術振興会奨励研究員)
7日(日)出発、奥鬼怒・加仁湯泊、
翌8日(月)鬼怒沼往復・手白沢温泉泊、
9日(火)帰着:翌10日は体育の日・祝日

当時は一連の研究活動にも区切りが見えた時期でもあり、いい機会なので時々友人たちと山に行っていた様子の実家の両親を誘って簡単な山行を計画した。父親が61歳になったころのことだ。
以前母親は友人達と奥鬼怒に訪れ、日光沢温泉に宿泊したことがあるようだった。その後父親は自分の友人たちと一緒に手白沢温泉に行ったこともあったと母親が語っていたので気に入ったのだろうか。

結果的に就職したのは1980年4月のことであったが、直前まで国外での就職も視野に入れて行動していた。
2019/8/16 10:28
RE: 記憶の曖昧さ
僕の大学時代の山行の多くを供にした友人が山行の思い出を取りまとめた。彼は山域ごとに取りまとめていたが、大学時代や職場時代に機会を見つけて様々な地域の風景をそれなりに楽しんでいたのであろう。

昭和の山旅  〜回想の魅力、寄せる思い〜:2021年06月16日
https://www.yamareco.com/modules/diary/356744-detail-242480
2021/6/17 9:06
彼は50歳の時の山行もまとめている。【会津駒ケ岳と田代山・帝釈山の思い出】
上記記録(00/08/10-08/12)は以下の友人を含め3名で実行したものだ。
●99/08/14・日(49歳他同年齢友人1名)巻機山/着巻機駐車場着1710ツエルト泊・発0630巻機山山頂1210着1410巻機駐車場(徒歩計7.7時間)
以下の日記に引き続く行動であろう。
過去の山行記録-49歳の時
https://www.yamareco.com/modules/diary/238211-detail-208208
3名での山行は奥秩父・金峰山も思い出に残っている。彼に問い合わせると97/10/08-10/19であったようだ。47歳の時であろうか。
2021/12/17 12:13
プロフィール画像
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