気をつけて、と言われてもね。
夕張岳は、その東に位置する金山町からトナシベツ川沿いの林道を使ってアプローチします。この日は、朝方から芦別岳をピストンして、列車で金山へと移動してきたところ。夕暮れまで歩いて、林道沿いにテントで泊まりました。
http://trace.kinokoyama.net/hokkaido/asibetu-yuubari75.8.htm
翌朝、いよいよ小夕張岳の長い尾根から、夕張岳を目指しました。まる一日の長い縦走で、西側の山小屋を目指します。
のっけから、深いチジマザサの刈り分け道をジグザグに上がりました。
このコースは「試練坂」だの「熊ノ峰」だの「地獄峠」だのと「ものすごい通称で呼ばれる地点を楽しみながら本峰へ達する」なんてガイドブック(「北の山」)には書いてありました。1人で歩くには、もっと楽しめる名前をつけてほしい。
小夕張岳から3つめのピークの登りにさしかかったあたりで、予期していたことが起こりました。
登山道のところどころが真新しく掘り返されていました。ヒグマが山草の根を掘って食った跡でした。しかもこの掘り返したあとは、登山道の上にばかり続いていました。
少し行くと、こんどはまだそう古くない、ヒグマの糞が。私にとって初めて見るヒグマの排泄物は黒緑色でした。
「なんだ、これくらいの量なら、俺だって負けやしない。こいつは小さいクマだぜ!」
そう思って前へ進むと、こんどは前より短い糞がもう一本。前のは軟らかくてボタッと落ちた感じだったけれど、こんどのは固形に近い。
ちょっと不思議だなあ。なんで、間をあけて、落としていくんだろう?
また行くと、またもう一本の糞が………。土の掘り返しの跡もまだ続く。さらにまた1本。どれもみな、自分が出す通常サイズに匹敵する! うわあ、これは、たいへんな大物のヒグマだ。しかも、心なしか、上に登るほど、糞は真新しい!
怖いと思ったのは、掘り返しの跡を見つけた最初のときからでした。
が、もう今では、一刻も早く、ここから抜け出すことしか考えられませんでした。
不思議でもなんでもない。こいつは、他の生き物たちへの、威勢のいいデモンストレーションではないか!
背筋もゾクッとする。金山側からの縦走コースは、夕張岳の登山コースのなかでも、めったに人が通らないところであり、おまけにクマの数は多いと営林署でも聞いてきました。それが、今、目の前の現実の恐怖になったのです。
高校時代、野球部だった私は、「オーウェ!」と5秒ごとに大きな掛け声を出しました。いつの間にか、駆け足のようなペースで登っていました。
こんなところは、一時でも早く抜け出したい。
土を掘り返したあとと、糞とは、性懲りもなくいぜん20メートルくらいの間隔で現れます。小さなピークを越して下りにかかると、その間隔はさらに広がっています。笹原におおわれた鞍部でなんか、いまにもヒグマがチシマザサのやぶの中から「ダダーッ」と飛び出してくるような感じさえしました。
ついに最後のピークを越して、夕張岳本峰の真下までたどりつきました。
いつのまにかヒグマが掘り返した跡はなくなっていました。
見上げると、夕張岳の山頂には人の影も見えて、声も聞こえてきます。
ようやく、縦走コースの終点、吹き通しの分岐に達し、ここでやっと大休止をとりました。いつ傷めたのか、痛むくるぶしをかばって、夕張岳本峰の岩の頂(1668メートル)に着きました。
夕張岳の西側(夕張市側)の登山コースは、さすがに人がいました。この山の特産種、ユウバリソウの群落に出会い、ふもとの林道終点に建つ夕張ヒュッテに着いたのは午後6時近くで、この日の行動時間は13時間30分に達していました。
(画像は、ランドサット衛星画像と国土地理院数値地図からカシミール3Dで作成した、夕張岳東面の縦走ルート)
かなり怖い状況です。駆け上がったときはアドレナリン全開だったことでしょう。こちらまでウアオーと叫びたくなりますよ… このシリーズの最高傑作ですね。
tanigawaさんのクマ対策は今も鉈と笛ですか?
本当に、体か凍り付くようなお話ですね!
やっぱり幽霊よりなにより、私には現実の脅威が一番恐ろしいです!!
私だったら…ど、どうしていたか…
進むも退くも恐ろしいですね。
藪からクマ!
想像だけでも絶対に嫌ですね
kiyoshiさんへ
東北のフィールドは、静かな良い山が多いですが、やはりクマが身近にいて、気をぬけないですよね。
私は、札幌に住み始めて、まずヒグマの本物を見ておこうと円山動物園に山友達と出かけました。
その帰り道、みんな無口になりました。
2メートルほどの距離で、オリのなかにいたそいつは、体重300キロに届かない体でしたが、そばで見ると想像をはるかに超える大きさでした。
特に、ツメ。丸太の先に直径20センチほどのシャベルのような手のひらがあり、そこに大人の男性の親指を中指くらいに長くしたような大きさの、真黒のツメが並んでいました。
「ありゃ、あかんわ!」。関西出身の仲間の一言。
そいつが犬なみのスピードで走るというんですから、鉈一つで何ができるかという感じでした。
そういうわけで、夕張岳で最初に、「小ぶりの糞」を目の前にしたときは、小さくて、「なあんだ、まだ小さい奴だ!」と思ったわけでした。
komadoriさんへ
足をいつくじいたか、覚えていないくらいの勢いで必死で登ったのですから、恥ずかしいけれど、やっぱり正直、ものすごく怖かったのでしょうね。
あのヒグマは、あまり距離をおかないところで、悠然と私を見送ったか、寝ていたのかもしれません。
夕方にたどりついた夕張ヒュッテ(冷水ヒュッテ)は、当時、名物のおじさんがいて、スイカなどをふりまっていただいて歓待していただきました。
そのおじさん(当時、60歳くらい)は、ヒグマに対峙した後、そいつが山の斜面をシカが跳ぶような速さで、駆け上がって逃げるのを見たと話していました。
「そんなに敏捷なんですか?」
「そりゃあもう、ポーン、ポーンと跳ねていくんだからね」
小屋の屋根にかぶさる、黒い山影の頭上を見上げると、きれいな月がありました。
北海道の山を登り続ける以上、おつきあいを続けるしかない相手だけに、もっともっと勉強し体験を積まないといけないなあ、と思いつつ、話に聞き入りました。
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