【上高地〜親不知】夏の北アルプス縦走2017【9泊10日】
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TAKA-MAN
- GPS
- 224:00
- 距離
- 133km
- 登り
- 13,102m
- 下り
- 14,529m
アクセスを調べる
標高グラフを拡大コースタイム
- 山行
- 7:00
- 休憩
- 0:30
- 合計
- 7:30
- 山行
- 11:44
- 休憩
- 0:53
- 合計
- 12:37
- 山行
- 9:24
- 休憩
- 1:51
- 合計
- 11:15
- 山行
- 9:55
- 休憩
- 0:50
- 合計
- 10:45
- 山行
- 11:20
- 休憩
- 2:30
- 合計
- 13:50
- 山行
- 6:10
- 休憩
- 1:20
- 合計
- 7:30
- 山行
- 8:40
- 休憩
- 0:45
- 合計
- 9:25
- 山行
- 5:39
- 休憩
- 0:46
- 合計
- 6:25
- 山行
- 10:25
- 休憩
- 0:35
- 合計
- 11:00
| 天候 | 台風が接近する中のスタート |
|---|---|
| 過去天気図（気象庁） | 2017年08月の天気図 |
| アクセス |
利用交通機関：
バス
【秋田〜新宿】 夜行バス「KBライナー」 【新宿〜上高地】夜行バス「さわやか信州号」 【親不知〜秋田】京都から帰省する兄によるピックアップ |
| コース状況／ 危険箇所等 |
白馬岳〜雪倉岳間の斜面に残雪×2 アイゼンがなく朝で雪が凍っていた為、一箇所だけ高巻きした。 |
| その他周辺情報 | テント泊を基本とした9泊10日の縦走。 |
写真
拍手
地味に面倒くさいのが、10分程先にある「北穂高小屋」で受付して戻って来ねばならない所。
一日の内、たった10分間のゴールデンタイム…
この朝焼けを特等席で独り占めできる贅沢…
槍は周りから見る方がその存在感が際立つ。実にアイコニックだ。
中央に「北峰」、その先に「�喫�」、そこから「最低のコル」へと高度を下げる。
ここから求められるのは、「技術」ではなく「忍耐」だ。
ついにここまで来たか・・・と感慨が込み上げる。
トーチの光が鬼火の様に蠢く。超常現象を見ている気分だ。
装備
| 個人装備 |
長袖シャツ
Tシャツ
ズボン
靴下
グローブ
防寒着
雨具
ゲイター
日よけ帽子
着替え
靴
サンダル
ザック
ザックカバー
サブザック
行動食
非常食
調理用食材
調味料
飲料
ハイドレーション
ガスカートリッジ
コンロ
コッヘル
調理器具
ライター
地図（地形図）
コンパス
計画書
ヘッドランプ
筆記用具
ファーストエイドキット
日焼け止め
ロールペーパー
携帯
サングラス
タオル
ナイフ
カメラ
テント
テントマット
シェラフ
|
|---|---|
| 備考 | 検証の意味も込めて大量のサプリメント類(プロテイン・BCAA等)を持ち込む。 一眼レフを長期山行に初めて導入したが、序盤の岩稜帯ですこぶる邪魔だった。 |
感想
まずは計画の概要。
2017年8月3日から、北アルプスの玄関口ともいえる長野県の「上高地」(標高約1,500m)を始点に、穂高連峰、裏銀座、後立山連峰、栂海新道を通り、新潟県の「親不知」(海抜0m)を目指す。
総距離約132km、テント泊を基本とした9泊10日の縦走登山だ。
ワーキングホリデーをしていたニュージーランドでテント泊や、長期山行には慣れていたが、北アルプスは初めて。「どうせ行くなら、できる限り多くの山に登りたい！」という思いもあり、「焼岳」「槍ヶ岳」などルート上にあるサミットはできるだけ踏んでいく事にした。
本縦走は地元秋田からの遠征だ。夜行バスを乗り継ぎ、スタート地点の上高地を目指す。帰りは丁度帰省シーズンに重なった兄に、親不知でピックアップしてもらえる。
タイムリミットは10日間！
今回の山行では、30代に入ってから本格的に学び始めたワークアウトで得た知識を元に、一日の山行における消費カロリーや摂取カロリーを記録。栄養管理により己の身体がどう変化するかを「データとして残す」事をテーマの一つとした。その為に縦走に大量のサプリメントを持ち込むなど、かなり実験的な事もしている。
もう一つのテーマは「節約」。
縦走一週間前にサイフをなくした私は、この旅をできる限りお金を使わず遂行しようと、固く心に誓っていた。その為に、主な出費である「交通費」「宿泊費」「飲食費」の節約を心掛ける。「交通費」は上記の通り、夜行バスと帰省を利用する。「宿泊費」はテント泊をする事で解決。ここで特に重要なのが「飲食費」だ。飲食費は他の二つと違い、「工夫」と「忍耐」で大幅に減らす事ができるからだ。基本に山小屋で食事や水以外の買い物をしない「無補給」を目指す。事前に10日分の食糧を用意し、バックパックに詰めて持ち込む。しかし、主なトラックは2,000m級の稜線上。水場の少なさと、水に掛かるコストは想像以上。必要最低限の旅費しか持ち込まなかった為、高価な水に中々手が出ず、慢性的な水不足に苦しめられる事に…
【1日目】
5:20上高地バスターミナル→6:00上高地→8:00焼岳小屋→9:00焼岳北峰→10:10焼岳小屋→13:30西穂山荘テント場
所要時間約7時間30分
バスタ新宿南口より出発した「さわやか信州号」は、到着時間調整の為に八ヶ岳PAで2時間ほど停車し、5時20分「上高地バスターミナル」到着。
簡単に朝食をとり荷物の最終チェック。
広場の水場にて出発前の水補給。ぎゅうぎゅうにパッキングされたバックパック(65L)の空きスペースの都合上、最大積載量より少ない3L積み込む。
梓川左岸を30分弱歩き、「焼岳上高地側登山口」に到着。緩やかな斜度の登りをまずは焼岳小屋に向けて進む。ベースウェイト約13.5kg、食糧・水を含め20kg超のバックパックが肩に食い込むが、身体の調子はいい。逆にこの重みが長期山行の始まりを実感させ、気持ちが昂ぶってくる。
長梯子のエリアに差し掛かり、更に高度を上げる。標高1,495mの焼岳登山口をスタートし、この辺りで森林限界を突破する。
「焼岳小屋」に到着。脇の分岐路から「焼岳北峰」を目指す。岩肌から硫黄の臭いが漂う。ここが活火山である事を思い出させる。何より焼岳の別名は「硫黄岳」なのだ。
「焼岳北峰頂上」では、 期待した眺望は雲に阻まれ望めなかった。南峰は登攀禁止との事でここで折り返すのだが、折角だから休憩がてら天候の回復を暫し待つ。昼食はコンビニおにぎり。登山中に食べるおにぎりやサンドウィッチは格別だが、これ以降は暫くお預けだ。味わっていただく。
焼岳小屋分岐より本日の野営地「西穂山荘」を目指す。「焼岳小屋〜西穂山荘」間は、足場の緩い樹林帯をひたすら進む為、お世辞にも面白いとは言えない。「槍見台」など景観が開ける場所も無くはないが、午後に差し掛かり雲の降りてきたどんよりした空の下では現在地を確かめる程度にとどまる。
13時30分、西穂山荘到着。所要時間はおよそ7時間半。歩き足りない気もするが、まだ初日。そしてこの先は一筋縄ではいかない「穂高連峰」だ。計画通り余裕を持ってテント場にて本日の行程を終える。
夕食はインスタントラーメン。今回は荷物の量や経済的理由からアルファ米は持って来ていない。夜は主にラーメンになる予定だ。
19時過ぎると日が落ちて辺りは暗くなる。テント内でヘッドランプの明かりで読書をするが、今回は新品の電池に換えてきた為、予備はない。行程はまだまだ長い。肝心な時に切れてしまわないよう就寝する事に。込み合ってる事もあり、周りがやけに騒がしい。疲れもまだ少なく、中々寝付けない。
それでも残りの9日間の行程に思いを馳せつつ瞼を閉じる。
【2日目】
2017/08/04
3:40西穂山荘→4:47西穂独標→6:15西穂高岳→8:20天狗岳→9:10天狗のコル→10:50ジャンダルム→12:00奥穂高岳→12:38穂高岳山荘→13:32涸沢岳→15:47北穂分岐→16:07北穂高小屋→16:17北穂高小屋テント場
所要時間約12時間30分
標高2,400m近い「西穂山荘テント場」。
8月とはいえ、夜はテント内が冷える事を予期していたが、以外にもインサレーションを着ていると暑く、ジップシャツで寝袋にくるまっていた。そんな快適な夜であったが、気持ちが高揚しているのかどうも眠れない。30分、時には10分おきに目が覚めてしまう。そして一度目が覚めると中々寝付くことが出来ない。
今日の目的地は「北穂小屋テント場」だ。その為にも午前中にはジャンダルムや奥穂高岳を通過しておきたい。業を煮やし、出発準備をすべくテントを出る。19時過ぎに就寝したが、2〜3時間しか眠られなかった。
前日上高地で汲んできた水だが、初日の行程と食事、コーヒーなどで大分使ってしまった。そうなると山小屋で補給する事になるのだが、水代は"1L200円"と、ガソリンよりも高い。需要と供給の関係とはいえ、この高価な水を買う事に抵抗を覚え、500mlだけ補充。「2Lの携行水で一日賄えるのか？」という不安を抱きながら、2日目をスタートする。遥か前方には先行者のヘッドライトの光が小さく瞬く。
物の数分で森林限界を超える。
振り返ると、しんと張り詰めた宵闇の静寂の中に、星空と、それに照らされた峰々、そして雲海のシルエットが黒く浮かんでいる。気持ちが湧き立つ。
5時を回ると、東の空の厚く立ち込めた雲間から朝日が差し込んできた。周囲は次第に明るくなり、眼前にそびえる西穂高岳もその姿をくっきりと現す。
切り立ったピラミッドピーク、チャンピオンピークを経て「西穂高岳山頂」に到達。いよいよ崖登りの様相を呈してきた。日の出後に雲が立ち込めてきて、高度を上げると視界はガスに覆われる。そんな中、背中には20kg超のバックパック、脇にはスペースの都合上収納できない一眼レフを抱え、一般向けルート屈指の難易度を誇る岩稜帯に突入する。
逆層スラブに差し掛かり、鎖場の難易度が上がってくる。天狗岳の頂上に着いた頃、雲の奥に大物感漂うゴツいシルエットが現れる。「ジャンダルム」だ。
「天狗のコル」から1時間半でジャンダルムに到達。思いの外時間が掛かった。重い重量を担ぎ上げるのに、身体に疲労を貯めないようワンステップ毎にワンテンポ多く間をとっている為だろう。それに喉に強い渇きを感じる。気温はそこまで高くないが、節約しながら水を摂取しているせいで軽い脱水症状になっているのかもしれない。
黙々と岩場を這いずり回り、スタートから8時間強で奥穂高岳に登頂する。見立てでは7時間もあれば「穂高岳山荘」まで到達できると思っていたのだが…幸いな事に登山者による渋滞はなかったが、重いバックパックでの急峻な登り降りは想像以上に時間が掛かるのだと認識した。
12時38分、穂高岳山荘到着。
今日の目標は北穂高小屋だが、微妙な到着時刻になってしまった。次に向かうのに遅すぎるという事もないが、残り約2時間半まだまだ岩場・鎖場が続く行程をこなすには天気が怪しい。しかし全行程を鑑みると、2日目から2時間半の道のりを妥協してては先が思いやられる。悩んだ末に2Lだけ水を購入し、今日の宿営地を「北穂高山荘」に設定する。
2時間後、北穂高小屋テント場を眼下に見下ろす「北穂分岐」に到着した。 今日の山場を越えた事に胸を撫で下ろし、重たいバックパックを地面に置く。
穂高岳山荘から涸沢岳まで一気に駆け上がり、そこから鎖場を辿り一度高度を下げる。それからの登り返しが堪えた。この日の行動時間が12時間に近づき、肉体的な疲労と共に脱水症状にも苦しめられる。3,000m前後の標高を縦走している為、水場がないのは仕方ないのだが、ここまでの水不足は計算外だ。こういう所で経験値の低さが露呈してしまった。
受付を終え北穂高小屋テント場にて幕営準備を完了する。迷った末、小屋では水を500mlだけ購入した。翌日の「飛騨泣き」からの難所を考えると今晩は大好きなコーヒーはおろか、夕食の調理にすら余計な水は使えなさそうだ。
山登りにおいて暖かい飲み物やスープは決して必需品ではない…が、山行自体をワンランク優雅な物にする「精神安定剤的な役割」を持つ。それを制限されてしまうと一気に気持ちが荒んでくる。
目下最大の問題は水不足だ。残り7日間の道中や宿泊地で、確実に水を得られそうな所はそう多くない。「今日一日だけでなく、明日以降も水問題に悩まされるのか…」と肩を落とす。
余計な心配をしている時間を減らすには早く寝るしかない。しかし長時間行動による疲労とは裏腹に、頭はいつまでも覚醒している。12時間歩いて目的地に辿り着いた達成感よりも今後の不安が現実味を増してきているからだ。
明日も朝は早いだろう。だが、これから迎える夜は長そうだ・・・
【3日目】
4:45北穂高小屋テント場→5:15北穂高小屋→6:45長谷川ピーク→8:15南岳小屋→9:52中岳→10:38飛騨乗越→11:10槍ヶ岳 →12:20千丈乗越→13:30左俣乗越→14:23硫黄乗越→15:26樅沢岳→15:50双六小屋
所要時間約11時間
前日より遅い起床時間となった午前3時過ぎ。長く辛い夜を振り返りため息をつく。
眠りを妨げる原因となったのは渇きだ。ただでさえ浅いテントでの眠りの中、喉の渇きで一々目が覚めてしまう。昨晩は水不足でスープも食後の紅茶も飲めなかった。全身に水がいきわたっていない事を感じる。実感としては、一日の行動に必要な水分摂取量は最低4L。心身共に万全なコンディションを整えるのには、コーヒー紅茶などの分も含め5Lは欲しい。
朝食は2日目同様オーツクッキー。だが、今朝はコーヒーなしだ。これは精神的に辛い。かろうじて水を一口だけ飲む。
撤収に多少もたつき、日の出直前に出発。まずは目と鼻の先にある北穂高小屋すぐ裏手の北穂高岳(3,106m)の頂を踏む。 既に10名近い人がいる。大半は小屋の宿泊客だ。
5時50分、日の出の時間だ。北穂高岳からの眺望は素晴らしい。 「南アルプス」「穂高連峰」そしてこれから向かう「槍ヶ岳」と大自然のパノラマだ。そこに雲海、太陽、朝日のパーティクルが重層的なレイヤーを織り成し、芸術的な色合いを醸し出す。
本日のメインイベントは最初の「飛騨泣き」「大キレット」、そして「槍ヶ岳」。そこから西鎌尾根から「裏銀座縦走ルート」へと繋がっていく。まずは北穂高小屋から300m程標高を落とし、「A沢のコル」「長谷川ピーク」を通り「南岳」を目指す。
特に苦労する事なく大キレットを越える。長谷川ピーク以降は難しい箇所もなく、登りの大キレットはしっかりとした梯子のおかげで標高を稼ぎやすかった。しかし、時間が掛かった。とにかく時間が掛かったという印象だ。それは前日の穂高と同様、登りでスピードを出せないのと、極度の脱水症状の為だ。特に急登だと発汗が進み、余計水を食う。
8時15分、南小屋に着くとまずは水を買い求める。今補給しなければ槍ヶ岳に行くのさえしんどい。
南岳から中岳までの道は最高だった。青空の下、岩稜帯を抜け、歩きやすくなった足場を緩やかに槍へと伸びる道。気持ちのいい稜線歩きに足取りも軽くなる。
10時50分、開始からおよそ5時間半で収容人数650のモンスター小屋「槍ヶ岳山荘」に到着。既に各地より多くの登山客が到着しており、小屋の内外で談笑している。槍の頂上を目指す人々も見える。雲も晴れて、絶好のアタックチャンスだ。休憩なしのサブザックで山頂を目指す。槍の穂先自体は距離が短く、渋滞さえなければものの15分で登れる。特に重い荷物もないので身体がとても軽い。「ずっとこうならどんなに楽か！」
下りで少し待ちがあったが、槍へのアタックは30分程でスムーズに終わった。この場所、ロケーション自体は最高なのだが、雰囲気としては観光地のニオイが強すぎる。パッケージツアーのような団体客がどんどん集まってくる。余り長居せず、次の双六小屋へ出発する。
3日目ともなると、夏の北アルプスの気候の傾向が分かってきた。夜中晴れて星が出ていると、朝方は雲海と共に日の出が見られ、午前9時頃から雲が増えだし、午後はガスが掛かる。これまでのパターンだ。 この日もそのパターン通り、午後になり辺りはガスに覆われてしまった。
樅沢岳前後のアップダウンに苦しみながらも最後の力を振り絞り、「双六小屋」に到着。本日10時間半の行程を終えた。受付を済まし、水場の横でドサッとバックパックを下ろすと、ぐったりうなだれる。
槍ヶ岳からの道のりが想像以上に疲れた。たとえ何でもない道でも、重いバックパックを背負い一日中歩き続ける事が辛くなってきた。
双六小屋は水代が宿泊料金に含まれている。まずボトルに水を汲み、「プロテインパウダー」と「BCAA」を混ぜシェイクを作る。今回の縦走にはサプリメントの類を沢山持ってきた。疲労回復を促す為だ。ここまで大きな故障や不調はないが、まだまだ先は長い。
夕食はマルタイの「棒ラーメン」。生めんのような風味でコシのある麺に豚骨スープがよく合う。 日が落ちるまで読書したり、地図で翌日以降のルートをチェックした。
「疲れが溜まってきたし、どこかで行程の短い休息日を設ける事はできないだろうか？」そう思って地図を睨むのだが、日程と水補給の兼ね合いが問題となりそれを阻む。明日もノルマの烏帽子小屋まで10時間以上の行程は絶対にこなさねばならない。途中の「水晶小屋」「野口五郎岳小屋」にはテント場がない為だ。更に三俣山荘を越えると「船窪小屋」までの長い区間、水場がないという。
つまるところ、問題は「水」と「金」だ。
そして双六小屋で今後数日間の天気予報を見たが、雨の日がちらほらあった。台風の上陸の話も聞く。不安の種は尽きない・・・
【4日目】
4:15双六小屋テント場→5:50三俣峠→7:00三俣山荘→8:00鷲羽岳→8:40ワリモ岳→9:30水晶小屋→12:00野口五郎岳→12:30野口五郎小屋→14:50烏帽子小屋テント場
所要時間約10時間30分
3時30分、起床。就寝前も就寝時も十分な量の水分を摂取できたお陰で、この3日間では一番快適な睡眠をとる事ができた。
朝食と共にコーヒーとBCAA入りプロテインシェイクを飲む。そして水は最大積載量の4.6Lをバックパックに収める。3日間で多少食糧は減ったが、これでイーブン・・・いや、20kg超の重量が戻ってきた。
気合を入れて4日目をスタートする。
4時32分、分岐点が現れる。双六岳・三俣蓮華岳経由の「稜線ルート」と、時間短縮を狙った下の「巻き道ルート」。
正直、「物理的に可能ならばできるだけ頂上を目指したい」それが私の性分だ。しかし現実的な問題として、長い縦走、何処かしら削れる所を削る必要は出てくる。それが目的達成の成功率を上げる事に繋がる。名残惜しくはあったが、何かしら理由を付け、巻き道を行く事を自分自身に納得させる。
結果的にこれが大成功だった。
この巻き道、評判の良さは聞いていたが、とてもいい雰囲気をしている。一言で表すと「優しい」のだ。谷と山に挟まれ、道中には雪解けの沢もあり、先日の穂高連峰の稜線歩きと比べると、自然の中を歩いてる感じが強い。しかし、背の高い木に囲まれているわけでもなく、遠くには槍ヶ岳も見渡せる。
そしてコースそのものが優しい。歩きやすい足元、なだらかなアップダウンに、ちょっと腰を下ろして休憩したくなるような丘。適度なコースの長さ。1時間程で三俣峠の分岐に着いた。更に嬉しいのは、三俣峠から「三俣蓮華岳」が目と鼻の先な事だ。空身で行けば本当にあっという間だ。
三俣蓮華岳山頂には、息を飲む絶景が広がっていた。北アルプス中の峰々が360度、見渡す限りに埋め尽くされている。それもコントラストの強い濃紺の空と雲に朝一の強い日差しが差込み、周りの全てがギラギラと輝き、強い生命力を湛えている。朝から大自然にエネルギーを分けても貰う。
三俣山荘はビジターにも水道を無料で開放していた。水源が近いからできるのだろうが、今までこういう場所がなかったので驚いてしまった。ここから船窪小屋までの約20km、最後の無料給水ポイントだ。
昨晩から休養・滋養・水分を十分に摂り、今朝の巻き道と三俣蓮華で心のリフレッシュが出来たお陰で、「鷲羽岳」の登りは気力に満ち、1時間足らずで山頂に到達。
しかし、水晶小屋までの道のりは先程までの気力が何処かへ行ってしまい、足取りが重かった。水晶岳がテラスから見えるが、幕営予定地の「烏帽子小屋」はまだ遠い。天気がいい内に少しでも先に進む事に。
15時前、ようやく烏帽子小屋に辿り着く。
野口五郎小屋から三ツ岳を通りここまでの2時間が本当に長かった。ガスで視界が奪われ、延々と続く稜線歩きは単調になり、歩く気力を失いしばし座り込んでしまう事も。明らかに野口五郎小屋までの間にエネルギーを使い過ぎていた。
所要時間約10時間30分。本日も長く辛い戦いだった…
テント設営場所を確保しバックパックを置くと、地面にドサッと腰を下ろす。半日履き続けたブーツは異様な熱気を帯びている。分厚いウールソックスと足も同様だ。テントを張る前にすぐにでもそれを脱ぎたい。そしてしばらく生気が抜けたようにボーッとしてから、やるべき事を始めるのである。
「楽したい」
そんな思いから、夕食を取りながら何度も何度も日程を計算する。だが、まだ全日程の半分もきていない。休息日をとる余裕などないのだ。
いつもこの時間帯になると、種々の問題に頭を抱え、自己憐憫に陥る。折角、山に楽しみにきてるのに悪い傾向だ。
明日は早朝、烏帽子岳に登る。「そこで日の出を見たい！」という思いもあり、烏帽子小屋を幕営地に選んだのだ。キツいといわれる船窪岳も通る。そこで再び水をフル補充し、七倉、北葛、蓮華岳を越える。タフな日になりそうだ。今できる事は、体力回復に全力を努める事。
明朝、日の出を見られるよう好天を祈り、床に就く。
【5日目】
3:45烏帽子小屋テント場→4:30烏帽子岳→6:12南沢岳→7:25不動岳→9:05船窪第2ピーク→10:00船窪岳→10:55船窪水場→12:10七倉岳→13:38北葛岳→16:20蓮華岳→17:30針ノ木小屋
所要時間13時間45分
5日目の朝食はピーナッツバターの「SKIPPY」を塗った食パン。日本のピーナッツバターと違い甘くなく、ピーナッツ本来のソルティーさが特徴だ。水に余裕があるので、朝食のお供にカフェオレを飲む。
3時50分、まだ辺りは薄暗い。周りのテン泊者たちがちらほら起き始める中、月明かりの下、一番乗りで烏帽子小屋テント場を発つ。烏帽子岳直下でバックパックをデポして、烏帽子岳山頂を目指す。
15分でアッサリ登頂。時刻は4時30分。日の出まではまだ時間がある。花崗岩が連なる山頂で、特等席を見つけ、サーモスのコーヒーをすすりながら独り大地の目覚めを待つ・・・
4時58分。日の出時刻を過ぎ、地平線が赤みを帯び始める。雲に隠れて太陽はまだ見えない・・・
5時11分。紅に染まった太陽が顔を見せる。雲をかき消さんばかりの光の束を東の空から縦横無尽に解き放ち、己の存在を最大限に主張する。そのエネルギーは、空を染め、雲を染め、大地を染め、遥か彼方の花崗岩のオベリスクを染め上げる。
眩い光を身体一杯に受けたそれらは、各々の色でもって光を反射させる。
空は広く、雲は深く、大地は暖かく・・・生命の煌きだ。
2017年夏の縦走のベストモーメントとなった。
途中峻坂のアップダウンや痩せ尾根を通ったが、1時間掛からず、南沢岳、不動岳をクリアした。烏帽子小屋からここまで、予想以上のスピード登攀をこなしてきた。調子はすこぶるいい。不動岳山頂からはこれから進む道のりが一望できる。難所の船窪岳はすぐ近くに見える。気温が上がる前にサクッと突破したい。
…と思ったが、やはりというべきか、この区間はキツかった。不動岳からの下りは躍動感タップリで突き進み、船窪岳への距離をあっという間に詰めた…つもりでいた。しかし現実は、ガンガン距離を稼いでるつもりが、行けども行けども進んでいなかったのだ。登り切ったら即、ザレた斜面を滑り降り、下ったら即登り返し。しかも樹林帯の為、余計距離感が掴めない。ようやく船窪岳かと思ったら「船窪第2ピーク」。
そこからも同じ事の繰り返し。いや、むしろエスカレートする始末。崖っぷちに設置された鎖場をトラバースしたと思ったら、両サイド切り落ちたナイフリッジを登り、折角登ったと思ったら即、鬼のような急斜面をトラロープで急降下。やっとの事で船窪乗越を越え、水が尽きかけヘロヘロになりながら船窪小屋への登りを這い上がる。午前中だからまだ「面倒臭ぇわ！」で済んだものの、これを体力を使い切った午後、しかも水がない時にやると考えるとオソロシイ・・・
テン場から5分程下った所にある「船窪水場」で、まずはプロテインシェイクを飲んで一息つく。残り4時間歩くにはまだまだエネルギー補給が必要だ。次にスープを飲むべくお湯を沸かす。その最中に船窪小屋のスタッフの方々が水汲みにやって来た。周辺状況や山小屋生活について伺ったりと雑談を交わす。別れ際にチョコレートを頂いた。「ありがたい、大切に頂戴いたします！」
午後に入り、周囲には靄に覆われ始める。
13時38分、北葛岳通過。完全にガスった稜線上では、時より小雨が降り始めていた。ずっとバックパックに詰め込んでたせいで出し渋ってたレインウェア。雨脚が強まり、遂に使わざるを得ない状況となった。
北葛乗越、靄の向こうに突如壁が現れた。鎖場の連なる岩稜帯だ。この時点でスタートから10時間半以上経過している。気持ちは既に終盤。「ここを一頑張りすれば休める」 そう思っていた…
ホワイトアウトした蓮華岳の斜面を山頂へと登り続ける。視程は30m程。一つ登り終えると、これから登る壁のシルエットがうっすら見えてくる。
壊れた機械のように動き続ける。もう時間の感覚も荷物の重さも分からない。辛いかどうかすら関係ない。ただ足を前に出すだけだ。一歩ずつ。一つ過ぎればまた一つ影が出てくる。 果てのない道をひたすら登り続ける…
また地形が変化した。富士山を思い起こさせるようなザレ場だ。「いよいよ山頂が近いのだろうか？」 そう思った瞬間、突然物凄い勢いで上昇気流が背中に吹き付ける。身体を持っていかれそうになり踏ん張る。耐風姿勢でやり過ごし、吹き飛ばされないよう一歩一歩踏み進める。轟音と共に荒れ狂う暴風雨。「これは…普通じゃない！」
北葛岳から2時間半、遂に蓮華岳山頂が見えた。このタイムが早いのか遅いのか分からないが、とにかく長かった…
針ノ木小屋への道中も苦労した。視界が悪くルートマーカーがほとんどない為、道を見失ったのだ。時間に追われていた事も心理的に影響していたと思う。後日判明したが、この日の午後に台風が北アルプスを通過していたらしい。道理で七倉岳を過ぎた辺りから誰ともすれ違わなかった訳だ。皆早めに行動を切り上げていたのだろう。
振り続ける雨の中で一日を振り返る。
烏帽子岳で見た朝焼けが、遥か昔の事のように思い出される。色々あって、とにかく疲れた。調理器具を出す気力も沸かず、サラミとナッツで夕食を済ませる。
「あ、そういえば…」
船窪水場でもらったチョコの事を思い出す。一片取り出し、包みをはがす。
「大切に…頂戴します」
優しい甘さが心に染み入る。
【6日目】
5:00針ノ木小屋周辺→6:00針ノ木岳→7:30スバリ岳→9:15赤沢岳→9:55鳴沢岳→10:30新越山荘→11:18岩小屋沢岳→12:30種池山荘
所要時間7時間30分
テントのレインフライを叩く雨の音で目が覚める。
昨日から雨は降り続いている。止む気配はまるでない。覚悟を決める。最低限の食事を取り、絶対に濡らしたくない、寝袋、ウェア、速乾性タオル、一眼レフなどを防水サックやジップロックに入れ、防水措置を施す。
雨の中の撤収でテントが水没する。快適だった居住空間は失われた…
「針ノ木岳」でドデカいミスをやらかす。
ホワイトアウトして視界が利かない。誰とも会わず、景色を楽しむ事もなく淡々と進む縦走。いつしかそれは、ただ目的地への距離を詰める「作業」と化していた。その結果、ルートを誤り一度通過した針ノ木岳に戻るという、所謂「リングワンダリング」的な事をしてしまった。
30分前後の道のりを一往復半した事で、約1時間半分の「タイム」「水・食糧」「エネルギー」をロスしてしまった。
さらに受難は続く…「ズバリ岳山頂」直下、北側。崩れ落ちる岩の塊と共にガリーを滑り落ちる。山頂通過後、ものの5分で再びトラックを外れてしまったのだ。
そこは奈落の底に続くような砂礫帯。一歩踏み出せば、周りの石がどんどん流されていく。そんな事は、これまでの北アルプス縦走路では決してありえなかった。それに気づくまでに、奈落の底に20mは近づいてしまっていた。
登り返しは更に危険だ。足元は雪崩を起こし、下半身ごと持っていかれる。必死になって岩にしがみつくが、粒子がポロポロ欠けて、まるで雲を掴むようだ。
明らかに集中力を欠いている。
昨日の蓮華岳からの失態の連続に打ちのめされる。天気は回復の兆候もない。左手にあるはずの黒部ダムは靄に隠れて見えない。こうなると何処を歩こうが一緒だ。「さっさと目的地に着きたい」
「ズバリ岳」〜「赤沢岳」間はとにかく長く感じた。区間距離1.5kmとは思えなかった。新越山荘はスルーし、岩小屋沢岳を通過。相変わらず景色はゼロだが、今日はもう気にしない。種池山荘までは1時間半もあれば着くだろう。あとはただの我慢大会だ。
12時29分、「種池山荘テント場」を通り過ぎる。雨で水たまりや流れのできたキャンプグラウンドには、まだ一張りのテントもない。更に一分ほど進むと、小ぢんまりとした種池の横に本日の目的地があった。「種池山荘」…今日一日、結局誰とも会わなかった。
所要時間約7時間半。道を間違えて一時間以上ロスした事を考えると、大した距離ではない。だが距離以上に堪えた。心身、そして装備へのダメージが大きい。足元を見ると、レインパンツの右膝がぱっくり破れていた。おろしたて2日目のほぼ新品だ。ズバリ岳での登り返しでやったに違いない。水没したテントは、速乾タオルで拭き上げた。しかし、翌朝の撤収まで雨が振り続けたら今度こそ終わりだ。
だが、一日の最後に救いもあった。
山荘の自炊室で食事していると、宿泊客のご婦人方が3名やってきた。皆さん昨日からの悪天候で鹿島槍の登頂を断念し、山荘で停滞していたらしい。お互いこの状況に鬱憤が溜まっていたせいか、とても会話が盛り上がった。話は山や人生観にまで及んだ。しかもありがたい事に、山荘の売店で売られている「粕汁」をご馳走していただく。その上更に、真空パックを一つお土産にいただいてしまった。感謝の余り頭が下がる思いだ。
6日目…本縦走中、行動時間こそ一番短いものの、一番過酷な日となった。だが、苦しい時、人の暖かさに触れる事で次への活力を得る事がある。苦しいからこそ、人の暖かさに気づける事もあるのだ。
【7日目】
5:50種池山荘→6:25爺ヶ岳(南峰)→7:40冷池山荘→8:32布引岳→9:25鹿島槍ヶ岳→10:50キレット小屋→12:42北尾根ノ頭 →14:30五竜岳→15:15五竜山荘
所要時間約9時間30分
祈る気持ちでテントのフラップを開ける。
「やった…！」
雨が止んでいる。実際わずかに小雨が降っているが、テント撤収には影響ないレベルだ。辺りはガスに包まれているが、心の靄は晴れた。
朝食はピーナッツバターサンド。それにすっかりお馴染みとなったカフェオレ。夜中にテント外にクッカーを出しておいたら、丁度カフェオレが作れる位の水が溜まっていた。
テント撤収に取り掛かる。相変わらずの小雨だが、大きな苦労もなくテントの撤収を完了する。昨夜、私以外にもう一人だけ幕営していた方と、同タイミングで出発準備を終える。目的地が同じ「五竜岳」という事もあり、「一緒に行きますか？」となる。
5時50分、種池山荘の横を過ぎ最初のピーク「爺ヶ岳」に向かう。40分も経たず、爺ヶ岳南峰頂上(2,660m)を踏む。緩やかな傾斜としっかりした足元で楽に登れた。事前情報によると針ノ木岳からここまでは山岳景観の稜線歩きが楽しめたらしいが、見えないものは仕方ない。というより、天気さえよければ何処も素晴らしいのが北アルプスだ。「こういう日もある」と納得するしかない。「その為に10日間も歩くんだ」と割り切る事にする。
「冷池山荘」に到着。爺ヶ岳本峰、北峰は華麗にスルーし、スタートから1時間半でここまできた。コースタイムは2時間とあるから、まずまず順調と言える。その後、「布引山」「鹿島槍ヶ岳」と歩を進めるが、眺望もなかった為、正直ここら辺の事はあまり覚えていない(笑)
それよりも、本縦走初の即席パートナーとの会話を楽しんでいた。山好きとの山談義は実に有意義だ。相手が踏破した山や装備などの話をしてるだけで、あっという間に時間が過ぎる。
スタートから5時間で「キレット小屋」に到着。「八峰キレット」の細く切れ落ちた鞍部に建つ山小屋だ。鹿島槍ヶ岳北峰からここまでの下りは鎖場、梯子場がある急峻なもので、足場の不安定な痩せ尾根やバンドのトラバースもあった。ここでは外のベンチに座り小休憩を取った。
標高2,814mの五竜岳まで、300m近い登りの中で岩稜帯の登降が何度も何度も続く。それでなくとも鹿島槍ヶ岳から八峰キレットにかけて、アップダウンを繰り返し、身体に疲労は溜まっていた。少し登っては一呼吸置き、再び登り始める。これを数え切れないほど繰り返して高度を稼いでいく。じわりじわりと、重力に逆らうように。今みたく縦走後半に差し掛かった体力で、これが序盤の20kg超のバックパックだったらさぞ骨が折れた事だろう。
途中「G5」と書かれれたピークを通過。ここからも長い。1時間以上登り続けようやく五竜岳山頂と五竜山荘の分岐に辿り着いた。そこから前方の少し登った所に山頂標識が見える。バックパックを下ろし、我々は喜び勇んで駆け出す。山頂に辿り着いた。その時、驚くべき事が起こる。
それまで周囲を覆っていたガスがうねりを上げて消え去り、開けた視界の先に果てしなく広がる紺碧の大空と、一面に敷き詰められた雲海が現れた。
息を飲む光景だった。
雲海といっても、今まで見た事あるものとは違った。ボリューム感ある雲が一杯にひしめき合い、いくつもの塊を形成している。襞の入った隆起は、まるで岩肌のようであり、稜線のようでもある。城壁にも見えるし、そこに聳え建つ巨城にも見える。
分岐から降りる事30分、本日の幕営地「五竜山荘」に到着した。小屋のすぐ背後に見えるのは「白岳」。その奥には「唐松岳」が控えてるはずだが、ガスでその姿は確認できない。強風に苦戦しつつもテントの設営を終える。
18時30分、「その時」は唐突に訪れた。
夕食を済ませ寝る準備をしていた時、突如テント内が明るくなった。外に出ると言葉を失った。先程まで辺り一面を覆っていたガスが晴れ、謎に包まれていた「五竜岳」がその山容を露わにしていた。さらに驚いたのが、西の空で赤く輝く巨大な山群だ…
「立山連峰」である。 標高2,999m「剱岳」を始め、壮麗な山々の連なりが、西日を背に我々に対峙している。その劇的な登場に、全身が奮え総毛立つ。
先ほどまでとはうって変わり、辺り一面の空気が澄み渡っている。そんな空から真っ赤に燃える太陽が、一日の終わりを告げるべく西の空へと沈みゆく。それが立山連峰と重なった瞬間、太陽は溢れんばかりの光を放ち、一瞬にして空と大地を自身の色に染め上げる。視界がゆがみ、眼下の世界は光の中へ消えていった。空と地上が、青と赤がグラデーションとなり地平線で交じり合う。
「台風一過だ…」
日没後の西の空を見ながら、そう呟く。そこにあったのは。雨上がりの美しさだ。雨が強ければ強いほど、風が吹雪けば吹雪くほど、雨上がりの自然は強く輝く。
【8日目】
4:45五竜山荘→5:00白岳→6:54唐松岳→7:30不帰�曲�南峰→10:15天狗山荘→11:00鑓ヶ岳→12:20白馬岳頂上山荘
所要時間7時間20分
4時30分、テントを撤収する為、外に出る次第に明るくなりつつある空には、おぼろげに星が瞬いていた。五竜山荘背後の白岳で日の出を迎える。標高2,451mの頂からは、眼下に「遠見尾根」「八方尾根」が見晴らせ、その先には「白馬村」や「長野盆地」へ続いている。
南からきた低気圧は2日間に渡り北アルプスに留まり、のんびりと北上していった。その後を引き継いだのは、立山連峰に沈む夕焼けだ。夕焼けは星空、星空は朝日へとそのバトンを繋いでいく…穏やかな朝、いつもと変わる事無く訪れる「太陽の営み」。新たな一日が静かに幕開けた。
7時前、「唐松岳頂上」は沢山の観光客で埋め尽くされていた。みな贅沢な景色をバックに思い思いの写真を撮っている。空にはひつじ雲が広がる。山頂は多くの峰々に囲まれている。振り返ると「五竜岳」や「剱岳」。行く先には「不帰嶮」や「鑓ヶ岳」、「白馬岳」が見える。そして遂に、旅の終着点がその片鱗を見せた。「海だ…」
�曲�南峰までは比較的広い尾根を進む。この辺りから道が痩せて岩稜帯が始まる。視界には八方尾根。下りの時は宙に足を踏み出すような感覚になり、さながら空中散歩だ。北峰を過ぎると更に深く落ち込む。ここからが不帰嶮の核心部だ。鋭利な斜度の壁を鎖場を使いながら急降下を繰り返す。手掛かり足掛かりをしっかり確認しながらテンポよく降りていく。
8時、最低のコルに到着。天狗の大下りを見上げる。「ここを登り切ったら休憩だ！」と自らを鼓舞し、目の前のガレた急登に挑む。
1時間掛かってこの激坂を越える。スタートからまだ3時間だが、疲労が色濃く、中々パワーを出せなかった。上部の鎖場が設置された一枚岩は気合で乗り切った。
見晴らしのいい稜線の小高い峰の上で休憩を取る。ここ数日ずっとしまいっぱなしだった一眼レフで辺りを何枚か撮る。五竜山荘を過ぎたあたりから、栂海新道から日本海に抜ける登山者をちらほら見かけるようになった。序盤だと私の大きなバックパックを見て「何処まで行くんですか？」と聞かれ、「親不知」と返してもピンとこない人が多かったが、ここまでくると大抵通じた。
「天狗の頭」「天狗山荘」を通過。気持ちのいい稜線歩きだった。この日は縦走も終盤に差し掛かり、バッテリーにも余裕があった為、iPhoneで音楽を楽しみながら歩いていた。
こみ上げる感情に胸が詰まる。様々な思いが去来する中、「鑓ヶ岳」稜線上で一人立ち尽くし、眼下を見下ろす。この年の3月の終わり、私は「白馬村」からこの山を見ていた。その時山頂は雪に覆われ、春の訪れを待ちわびているかのようだった…あの時は、今自分が見ている山のどれが「唐松岳」で、どれが「鑓ヶ岳」で、どれが「白馬岳」なのか全然分からなかった。名前さえ知らなかった。ただ一つ、自らの心に決めていた… 「この夏、俺はあそこにいる」
その事を思い出して目頭が熱くなる。
スタートから7時間経過した12時、幕営地に向けて最後の登りに気力を振り絞る。既に体力は尽きていた。脇腹が引き攣るように痛み出し、額には脂汗が滲む…水はもう尽きているので、バックパックの重量は今縦走において最も軽くなっているハズだった。だが一歩踏み出すごとに、食いしばった歯の隙間から荒い息が漏れ、肉体は悲鳴を上げる。全身が火照り、毛穴から汗が噴出する。それでも歩みを止める事ができなかった。一歩一歩、着実に足を前に繰り出す。何故ならこの瞬間を心から楽しんでいるからだ。
12時20分、本日の幕営地「白馬山荘頂上宿舎」のテント場に到着。まだお昼時だが、これ以上先に進む気は毛頭ない。設営数は100張で、本縦走で利用した中では最大規模だった。だが、何より嬉しいのは水が無料な事だ。翌日には1,000m以上標高を下げ樹林帯に入る。水場を見つけるのはそう難しくはないだろう。ここでしっかり補給し「栂海新道」を乗り切りたい。
テントの周りには、バックパックに収めていた物が乱雑に広げられていた。この3日間、ずっと湿り気を帯びていた装備類一式を乾かす為だ。天気はというと、例によって夏の北アルプスらしく、既に太陽は隠れ周囲はガスで覆われている。とはいえ、暖かい光が地上に降り注ぎ気温は高く、生乾きの濡れ物を乾かすには十分だった。
3時間たっぷり読書した。少し湿り気を帯びた文庫本をパタンと閉じる。「いよいよだ…」
そう、いよいよなのだ。いよいよ明日、北アルプスと日本海を繋ぐ「栂海新道」に突入する。海抜0mは目の前に迫っている。
夏の北アルプス縦走、残された時間はあと2日…
【9日目】
5:00白馬岳頂上宿舎→5:20白馬岳→5:37三国境→6:54雪倉岳避難小屋→7:34雪倉岳→10:28朝日岳分岐→13:15黒岩平→13:55黒岩山→14:53さわがに山→15:52犬ヶ岳→16:00栂海山荘
所要時間11時間
早朝の「白馬岳頂上宿舎テント場」。朝靄が濃く立ち込めたキャンプグラウンドにひしめき合ったテント群。その内外にぼんやり浮かぶトーチの光。それが鬼火のように蠢いている。異様な光景だった。
朝食はしっかり食べた。出発前にプロテインシェイクを飲む。水がふんだんに使えた為、就寝間にも一杯摂取していた。更に食後のコーヒーを飲み、ボトルに粉飴とBCAA入りスポーツドリンクを作る。サーモスにも水を満タンに入れた。バックパックは重量感を取り戻したが、それでも残り2日分を残すだけとなった食糧事情も手伝い、さほど負担にはならない。強風の中、テント撤収を終える。
5時20分、「白馬岳頂上」到達。後立山連峰最高峰、標高2,932mのこの地点には団体客がよく目に付く。途中、日本最大の山岳宿舎「白馬山荘」を通過したが、そこから登山者が一気に増えた。
「三国境」を通過。白馬岳山頂から白馬山荘の宿泊客をどんどん追い越しここまできた。高度を下げるにつれ、ガスが晴れてくる。景観に伴い、植生も変わってきたように感じる。辺りには様々な花が咲き乱れる。黄色い花弁が風に棚引く。山間に雲海が少しだけその姿を覗かせる。曙光が優しく降り注ぎ、表情は淡く幻想的だ。
雪渓のトラバースに行き当たる。気温の低い朝だが、表面に足を蹴り込む事はできそうだ。ブーツの側面を使い、キックステップで通過した。しかし少し先の二箇所目は厳しそうだった。距離が長く傾斜も急だ。その上表面はカチカチに凍っている。今回の縦走にはアイゼンを持ってきていない。トレッキングポールもないからバランスを取るのも難しい。手前の斜面から高巻きする事に。
これが中々の急登で骨が折れた。ルート外を直登している為、非常に登り辛い。転げ落ちないよう慎重に一歩一歩踏み出し、10分程掛けて登り切った。目を凝らし、進行方向を見渡す。雪渓は途切れていて迂回できそうだった。ホッとため息をつく。これで行き止まりならシャレにならない。下り斜面上の雪渓を、安全そうな箇所を見極めトラバースする。その先もトラックが雪渓で隠れている場所があったが、丁寧にルートをスキャンして問題なく通過。
丘を越え、開けた場所に出てくる。前方に待ち構えるのは「雪倉岳」だ。取り付きには避難小屋も見えた。中を覗いてみる。誰もいない屋内は静かで整然としていた。
雪倉岳山頂をめがけ黙々と登る。雲が流れ、時折その頂きが露わになる。尾根越しの東の空には、真っ青な空とコントラストの強い雲による雲海が見える。
雪倉岳を超えると、展望が開ける。後立山連峰の最北端「朝日岳」は雲に隠れてまだ見えないが。また違うエリアに足を踏み入れた事を感じる。斜面をジグザグと向きを変ながら、足早に下って行く。道がワイルドになってきた。路面には草が生い茂り、折れた枝や葉で埋め尽くされている。
9時50分、朝日岳稜線上。喘ぎながら荷を下ろし、そのまま座り込む。うなだれた額から汗が地面に落ちる。完全にオーバーヒートしていた。朝日岳の取り付きからここまで200m以上、樹林帯を抜けて登ってきた。道は狭く景観はない。気温と共に体温が急上昇し、気力は萎え、それまで懸命に職務を全うしていた肉体は萎靡沈滞する。稜線上だが風は抜けず、辺りはジリジリと暑い。気分転換に景色を見たくても、樹林帯を登っている間にガスが濃くなり、周囲の風景を隠してしまった。上の方は雲が遮り見通すことはできない。「我慢の登り」がダラダラと続く。
朝日岳からは基本下りの連続だった。「吹上のコル」「照葉ノ池」を過ぎ、「長栂山」でわずかに登るが、そこから一気に標高を落とし「アヤメ平」を抜ける。3時間近く掛けて、ようやくここまできた。道中、脚の筋細胞を破壊する長い下りと泥で滑る足場に辟易し、所々で休憩を挟む。すれ違う登山者たちは一様に、汗水垂らし歯を食いしばり登っている。
「黒岩平」の沢のほとりで休む。800m程標高を下げた事でそれまでと比べ蒸し暑さを感じる。シャツを脱ぎ、上半身裸になり水浴びをする。沢の水は冷たいが、汚れた身体を清めるには最高だ。栂海新道に入ってからは、「親不知〜上高地」の私とは逆ルートを目論む縦走者を何人かお見かけした。情報交換をし、互いの健闘を祈る。
最早どれだけ標高が低くとも、頂上までの登り数十mが苦しかった。強烈な下りに足が悲鳴を上げている。「黒岩山」を登り終えたが、それは次の下りが待ち受けている事を意味する。この辺りの山頂は「サミット感」はない。細く小高い丘陵を通過している感じだ。小雨が降り始める。折角乾かした装備をここで濡らしたくはない。下りは駆け足で突破し先を急ぐ。足の裏の靴擦れが酷く痛むが、何よりも早く小屋で休みたかった。
15時58分、遂に安息の地に辿り着いた。「栂海山荘」は今まで泊まってきたような営業小屋ではなく、個人所有の無人避難小屋だ。小さなテント場が併設されているが、この雨だ。最後だけは小屋泊をする事にした。所要時間約11時間…本当に長く厳しい試煉だった。
「最後の晩餐」は北海道ラーメンと種池山荘でいただいた粕汁。粕汁は有終の美を飾る為に食べずにいた「とっておき」。野沢菜とサーモンの旨味がスープに溶け込み、染み入った。身体がポカポカと温まる。
ここまで食糧計画は上手く運んでいた。6日目から3晩寒い夜が続き、血糖値を上げる為に夜中に非常食のピーナッツとレーズンを食べ切ってしまった。しかし、基本的に計画通りだったし、持ち込んだ食糧の量は適切だったと思う。
前半は水不足や金の心配、中盤は台風…毎晩、不安の種は尽きなかった。今日一日だって散々にやられた。暑さに苦しみ、腹は引き攣り、足は靴擦れでボロボロだ。明日もまだ長い行程が残っている。天候の不安もある。だが、意識的にプロテインでタンパク質を摂取してきたお陰か筋肉痛や大きな不調はない。ここまできたら、どんな一日になろうとも「あとはやるだけ」だ。
【10日目】
7:00栂海山荘→8:10菊石山→9:45 白鳥小屋→12:00坂田峠→12:20尻高山→13:05入道山→13:50親不知
所要時間約7時間
5時30分、起床。
この10日間で最も遅い寝起きだ。雨がトタン屋根を打つ音が聞こえる。 目標は、兄がピックアップしてくれる17時までに縦走の終着点「親不知」に辿り着く事だ。コースタイムは8時間。逆算すると9時に出発しても間に合う。のんびりとコーヒーを飲みながら朝食を済ませ、出発準備をする。雨脚は依然として弱まる気配がない。レインウェアを着込み、午前7時、日本海を目指し最終行程へと踏み出す。
菊石山通過。開始から1時間、まだレインウェア内はある程度の秩序を保っている。足も身体も調子は良い。下りはいつも通り駆け足で、トラロープでのクライムダウンもスピードは落ちない。雨で緩んだ路面に何度かスリップしたが、順調に距離を稼いでいく。
しかし、2時間を過ぎるとインナーまで水没していってしまう。湿気やウェアの隙間から水が進入するだけでなく、レインパンツはザックリと裂けている。どうする事もできないまま、トレッキングパンツ内のiPhoneまでビショ濡れになってしまった。
9時45分、序盤の乾いた状態のアドバンテージも使い切り、身体中グズグスになってウンザリしてきた頃、最初のチェックポイント「白鳥小屋」に到着。中には宿泊客が二人いた。
お二方共この雨の中での行動を渋り、天気の回復を願い待機してるのであった。最後のティーブレイクを取る。クッカーとストーブを取り出し、お湯を沸かす。その間、バスタオルで濡れた身体や装備を拭き上げる。茶を飲みながら雑談をする。
白鳥小屋を発ってからも、相変わらず雨に打たれながら、ジリジリ高度を下げていった。 道中「シキワリの水場」を通過。雨のせいで喉の渇きは少ないが、身体中が火照っている。清流で顔を洗う。
ここまで4時間以上、降り続く雨と立ち込める靄によって景観など無いに等しい。たが、そんな事関係ない。ただ、ゴールへの距離を詰めるだけだ。雨の日の山歩きは楽しいものではない。だがここに至るまでの長き道のりが、このシチュエーション楽しいものに変えていった。これも一種のクライマーズハイなのだろう。
木の幹にもたれ、根にしがみ付く。枝葉にまみれ、ボロボロのグローブからは泥水が滴る。身体を踏ん張る度に全身の筋肉と関節が軋む…残り少ない行動食を胃袋に放り込み、ひたすらに目的地へと突き進む。
靴底から強い衝撃が脚に伝わる。10日振りに踏んだアスファルトの路面。「坂田峠」…栂海新道上に二箇所ある車道の一つ。「天空の旅」の終わりを感じさせる。
13時05分、「入道山」通過。標高415m、これが本縦走のラストピークだ。雨脚が弱まる。靄が薄くなってきた。雲の下に出たのだろう。
そして、ついに待ちわびた光景が…海だ。
樹林の間から少しだけその姿を覗かせた日本海。登場は決して壮大なものではなかった。それでも胸の鼓動は高鳴る。
車の通る音が聞こえる。登山道を抜け一歩道路を跨げば、否応無く引き戻されるであろう現実感。だが、それに覚える少しばかりの安堵感。国道8号線の脇の小径をたどる。側に流れる水で、労いの意味も込めてブーツとゲイターを洗う。コンクリート壁に手を当て、短いステップを降りる。目指していたゴールがそこにあった。
「アルプスと日本海をつなぐ栂海新道登山口」
2017年8月12日、午後1時50分。「夏の北アルプス縦走2017」踏破！！
荷を下ろせる場所を探し、辺りを見回す。「親不知観光ホテル」、登山客用駐車場、公衆トイレ、幹線道路、トンネル…目の前を車やトラックが風切り音をあげて行き交う。
ホテル裏手の展望台で荷を下す。着替えを済ましパッキングを終え兄の到着を待つ。外では雨が再び降り始めていた。10日間の激戦を経て海抜0mはもう目前。そこに至る手前で武装解除してしまった我が身を見返す。「まぁ、いっか…」
今までにない程時間を掛けて準備してきた北アルプス縦走・・・やりたかった事は、まさにこれだった。もう十分に満足だ。
秋田への道中、まず最初に立ち寄ったのは「銭湯」。汗を流し、泥と垢をゴシゴシ落とす。湯気の立ち昇る露天風呂に肩まで浸かり、身体を目一杯伸ばすと、とろけそうになる。長きに渡る縦走が遂に終わった事を、身体の芯から実感し、改めて心の底から思う。
「やってよかった」…と。
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